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March 2004

2004.03.31

携帯縦画像の行方

カメラ付き携帯が普通になったせいかWEB上でも縦撮りの写真をみることが多い。事実ここでのせているのも最近の一眼で撮ったもの以外のほとんどは携帯で撮影してるので縦写真になりやすい。なんとなく画像は横長という意識が染み付いていたワケだが、携帯の普及が状況をかえていくのかもしれない。
このまま縦画像が増えていくと社会にどんな変化がおきるだろうか? ちょっといいかげんに検証してみよう。

●TVが縦型に
ワイドTVが普及しきった頃に新規需要を開拓したい家電各社がこぞって唐突に縦型TVを発表。回転させて縦横兼用となる過渡期を経ていつのまにか縦型TVが主流の座を勝ち取る。縦型TVと携帯画面との連動が普通となり、写真もムービーもダウンロード映画も携帯から無線で縦型TVに映して楽しむ時代に。

●縦シュー人気復活
縦型TVの普及に伴い、かつてゲーセンを席巻した縦型シューティングの時代が再び訪れる。ネットRPGだ、3Dフィールドだと騒ぎ疲れた人々にシンプルな伝説の2Dシューティング達が脳天直撃。

●立ちポーズ流行
縦型TVによりTVドラマも縦長となり、自然と画面に全身が映される機会が増えていく。芸能人を起点として人は立ちポーズにこだわりを持つようになる。そして人気の『ブランド立ちポーズ』が世界的に流行することになる。
ここで注目すべきはジョジョ立ちカトキ立ちの存在だろう。
携帯の普及率は爆発的。そう、近い将来人類総人口の5割がジョジョ立ちやカトキ立ちする日がやってくるのだった。

……んー、我ながらありえね~。

2004.03.29

犬撮物語『動く犬』

日曜は天気が良かったので購入して以来なかなか室内以外の撮影機会がなかったNikon D70をぶら下げ、犬を連れて公園へ。残念ながらよく行く公園では桜はまだ1分咲き。冷たい海風のせいで遅れるのかな。花見からモードを切り替え、Disk Dogさんの記事で動態撮影の話が出ていたのを読んでいたので、この機会に動く犬の撮影にチャレンジ!

●滑り落ち犬

koha-suberi.jpg

単純にD70の秒3コマ撮影を活かして小さな滑り台から滑り落ちる小春を撮ってみた。アングル変えながらの連続撮影なのでAFの調整時間で少し遅くなってるかもしれないけど、大体こんな感じ。
秒3コマだとこういう一瞬の出来事は4コママンガ的なタイミングになっちゃいますね。その点、D2Hとかはやはり凄そうです。

●駆け寄り犬

kakeyori3.jpg

DiskDogさんの教えに従い、AF-C(シャッター半押し状態でもフォーカスを合わせ続ける)モードにして撮影してみた。イメージモードの『スポーツ』だと自動でAF-Cになってくれるが、フォーカスが犬以外のところへ反応してしまうことがあるようなので結局Aモード(絞り優先)でAF-Cに設定してやってみた。あんまり考えなしに絞りは結構開放近くで撮ってしまったがもっと絞った方がピントはさらに合いやすかったのかもしれない。目の前まで近づくとさすがにAFもつらそうだ。いや、俺が避けてるからフォーカスポイントが外れてしまうのかもしれないけど。上につけてる写真はトリミングしたもの。

●駆け抜け犬

nagasi2.jpg

折角天気がいいので少し欲張って試してみようといわゆる「流し撮り」にも挑戦してみた。Sモード(シャッター速度優先)にして速度をかえつつ試してみたのだが、これが難しい…。結果としてほぼ惨敗。
まず犬に脇を走らせるのが難しい(いやホント)。すぐ駆け寄って来ちゃうので、同居人に遠くで呼んでもらってなんとか走ってる横から撮影することが出来た。
カメラの設定もシャッター速度が速すぎると背景が流れる感じになりにくいし、遅すぎると動いてる犬がブレてしまう。その場の明るさ、犬との距離や走る速度、背景との距離差などでシャッタースピードを調整しないとうまくいかないのかもしれない。何よりなかなか被写体をフレーム内のバッチリな位置に収めきれない我が腕の未熟さよ…とほほ。そんなに足速い犬じゃないのに。ちゃんと中心に捉え続けきれてないからフォーカスもズレてたりしてしょぼしょぼでした。感覚がつかめるまでは練習するしかないなぁ。楽しいけど。

しかし、こんな感じで試し撮りしてると512MBのフラッシュメモリなんてあっという間に消えてしまう…。RAWじゃなくてJPEG/FINE(512MBのCFで実質180枚前後入る)にしていてもコレ。撮影直後に明らかにいらないのは消してるつもりなのだが、それでも気がつけば残りわずかになっていたりする。銀塩だったらこんなミスショットだらけのS/N比悪い撮影なんて現像代怖くて出来ません。ホントにデジカメで良かった…。やっぱもう一枚512MB買うかなぁ。それとも1GBのMD、さらには禿鷹って4GB-MDという最終手段も…。うーん、かといって予算はないので指くわえてるしかないのだった。南無。

2004.03.28

blog名を変えるなら

土曜の花見は1分咲き。寒かった…。今日はぐっと暖かくなってなんとなく気分もいい。
早いものでこのページも気がつけばエントリが100記事になった。あと6記事で疑似週刊2年経過することになる…ってそんな換算はもういいか。ついでにちょっぴり模様替えもしてみた。
元々はココログ利用テストのつもりで始めたこのページ、当初の予想に反して3ヶ月を経てまだ存続更新されている。こんなに続けるなんて思ってなかったのでページの名称も同居人のパクりで適当につけたものだ。勿論、ページの方向性や目標などなかったのでページ名にたいした意味などない。つけ加えていえば今でも方向性などない。その時思いついたものを思いついたままに書いてるだけ。

ちょっと前にボインコンプレックスさんの記事でblogタイトルの変更の話が出ていた。なるほど、確かに日本語の名称の方がわかりやすく、見る人へのアピールに長ける気はする。
実際にやると面倒そうなので今更うちの名称を変更したりはしないだろうが、もしもページ名を変更するならばどういう名前にし、どういうページにするだろうか。いくつか考えてみた。

■毒にも薬にも…
このページの記事の特徴でいったらコレかな。まんま毒にも薬にもならないものばかりなので。
と思ったらココログルで調べると既にこのページ名のサイトがあるみたいだ。

■ジロー's Style
俺の敬愛する某知人のお父さんのスタイルを学び、充実した人生を生きるためのページである。マイペースで飄々としていて、家族にさんざん言われたりするけれども決して心底嫌われてるわけではなくて、ギャンブル好きで何故か妙に犬に好かれて…。
そんな人生を送るために必要なことを模索していく哲学的ページ。
このままだと単純にジローという人のページのように見えちゃうか。そうすると「ジロー化計画」とかになるのかなぁ。「ヤプーズ計画」みたいでちょっといいかも。いやどっちかというと「日本インド化計画」か。じゃ間をとって(?)「日本ジロー化計画」にしよう。
ただしblogを開いてる時点でそれが「非ジロー的」であるという自己矛盾を抱えるのが難点だ。

■俺と胴長犬と福岡と…
パ、パクりはいかん!しかも比較してえらくゴロ悪っ。
(ごめんなさいごめんなさい)

■O型呑気系
だからパクりはやめろって>俺。
元ネタのB型悪魔系さんのところはインパクトのあるこのタイトルだけでなく、書かれてるエピソードが濃い&読み応え十分なのでオススメっす。

■mits異常なラブ
ふと思い出したかつてのニフティ会議室時代のネタ。「三つ以上並ぶ」を変換したら"mits"を辞書登録してたのが優先されてしまい、「mits異常なラブ」と変換されたという話を聞いたことがある。そこから拝借。
自分ちの犬に異常なくらいハァハァしてるページになりそだなぁ…。

意識的に考えるとなかなか思い浮かばないもんだ。
そんなわけでこれからもmits*depotなまま、ペースはちょっと落ちるだろうけどボチボチ続けていけるといいなぁ。

2004.03.27

オススメ『バカ姉弟』

ちょっと前に「バカ姉弟」の3巻が出ていたのだが、先週ようやく読むことが出来た。この作品も今要チェックの一冊だろう。

安達哲といえば俺の思春期に『ホワイトアルバム』や『キラキラ!』で切なくさせてくれた作者だが、その後『さくらの唄』や『お天気お姉さん』『幸せのひこうき雲』と爆発していった。『キラキラ!』の後半あたりから片鱗はあったものの、その後のブレイクぶりはスゴい。特に『さくらの唄』は読んだ当時かなりキた。誤魔化しなく描かれる暗い現実、そして残酷な人そのものの姿、
内なる暗闇。それは強烈な傷を刻むように読んだ者に跡を残していく。いろんな意味でドキドキしながら読んだ本だった。
今回はメインの対象じゃないのですが、夢見る世の男子は覚悟を決めて是非とも読んでくださいまし。女性からはどういう作品に見えるんでしょうね、これ。

さて、そんな作品群に軽いトラウマになりかけつつも「この人から目離しちゃいけん!」と思っていたら、いつのまにか当の本人はさらりとこの『バカ姉弟』に辿り着いていた。

この本の魅力を何と言えばいいのだろう。
オールカラーで綴られる、とある姉弟の日常とそれをとりまく人々の姿を綴ったものである。これだけじゃワケわかりませんが、そういう話なのである。
二人についてわかる情報は実はかなり少ない。親が不在にすることが多く普段ほとんど姉弟二人で暮らしていること。家は結構な資産家らしいこと。基本的な情報はこれくらい。逆にいえばそれ以外の情報は不要なのかもしれない。そこにバカ姉弟がいて、二人に触れ合う人がいる。それだけで話は成立するのだ。

このマンガの魅力は非常に説明しにくい。「おねい」はかわいいし、つい含み笑いをしてしまうような癒し系マンガでもあるがそれだけではない何かを感じさせる。作者が作者なだけに、これは実は巧妙にしかけられたマインドコントロールなのではないかとさえ疑ってしまう。

ときどき見せる「おねい」の「ただものでなさ加減」には『お天気お姉さん』の仲代桂子のエッセンスが流れているのかもしれない。ともに周りに流されないその存在そのものが物語となる。この作品でも最後にとんでもない展開になったりしたら…なんて思ったが、バカ姉弟はそのくらいでは動じない存在感だなぁ。
バカ姉弟は普遍なる存在であり、変わることはない。その慎重さと礼儀正しさで変えようとするものを逆に虜にし、迫る悪意も世間の圧力も飲み込んでしまうことだろう。読んだ人はきっといつのまにかこの不思議な姉弟のご近所さんとなり、何故かしら気になる存在になっているはずだ。

バカ姉弟 (1)
安達 哲

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2004.03.26

ハブラシを巡る闘い

夜も0時を過ぎると食事や風呂も終え、マターリと過ごす時間となる。大抵は犬と遊んでるか、本を読んでいたり、WEBに接続して楽しんでいる。そんな時間がしばらく過ぎ、そろそろ寝なきゃな、というタイミングになると俺と同居人の間で静かにある闘いが始まる。

どちらがハブラシを持ってくるか。

どちらともなく「そろそろ寝なきゃ」の言葉が紡ぎだされ、お互い微かに緊張が走る(ような気がする)。

(さて、どう出る?)

軽く探りをいれながら、お互いに自分が今まだ何かやってる最中であることや、既に眠くて動けないことをさりげなくアピールする。どちらが先に動くか、言葉に出すか…それが闘いだ。

昔スピリッツで読んだ4コマ漫画(中崎タツヤの『じみへん』かな?)で、帰宅する時間のバス車内で「誰が最初に降車ボタンを鳴らすか」で乗客たちによる静かな闘いが繰り広げられる、というネタがあった。最初にボタンを押した者の負けだ、という脅迫意識が乗客にのしかかる中、バスは何度も何度も往復を続け、ついに一人が敗北の降車ボタンを押す。その「敗北者」は「今日娘が誕生日で…」と涙ながらに語るのだ。
なんだかその車内の雰囲気がわかる気がして大好きだったので覚えているのだが、ハブラシを巡る攻防もなんとなくそれに近い。

そして今夜も静かに闘いのゴングは鳴らされるのだ。

…でもまぁ、かなり暖かくなってきたので前ほどはシビアな闘いではなくなった気はするな。冬は暖かい部屋を出て洗面所まで取りに行くのヤだもんなぁ。

2004.03.25

魁!マンガ週間

しばらく買いそびれていたマンガと他のページで見たオススメマンガを買い揃えたりしたので、先週はなんだかマンガ週間だった。購入マンガを同居人担当分も含めてざっと挙げると以下の通り。

『王国の鍵(4)』紫堂恭子
『万祝(2)』望月峯太郎
『バカ姉弟(3)』安達哲
『のためカンタービレ(8)』二ノ宮知子
『おるちゅばんエビちゅ(12)』伊藤理佐
『NANA-ナナ-(10)』矢沢あい
『首輪物語』山本貴嗣
『夢使い(6)』植芝理一
『よみきり・もの(6)』竹本泉
『空のむこう』遠藤淑子

さらに俺ブンさんの記事で紹介のあったものもついつい購入。

『ササメケ(1)~(4)』ゴツボ×リュウジ
『プラネテス(1)~(4)』幸村誠

ササメケの人は羽海野チカとどういう関係なんだろ。帯も書いてたし。絵の感じとかギャグの作風が結構似ている。「あれ、ハチクロの森田先輩出て来てる…」と思ったのは俺だけではないかも。
プラネテスは大好きだなぁ。これはまた別記事でちゃんと書こう。

他にも同居人が借りてきた
『DIVA(全巻)』小野弥夢
も加わって読みふける。いや~、やっぱこういう乗り越え成長モノはわかっていてもついハマって読んでしまう。
藤田和子『ライジング!』や槇村さとる『愛のアランフェス』『ダンシングジェネレーション/NY★バード』とか。
バレエものだといま一番気になってるのは山岸凉子『舞姫~テレプシコーラ』だ。なんであんなに淡々としてるのに面白いのだろう…。

BSマンガ夜話もまたセレクションが放送されたりして、読み返したい本、買ってみたい本が増えちゃうんだよなぁ。とりあげられたマンガがちょうど家にあるときはすぐ気になる部分を読み返せて凄い満足感。
こんなふうにささやかながら生涯一マンガ読みとして過ごしたいところですね。

2004.03.24

小春と弥七『マラソン』

小春と弥七は今日もいい子におるすばん。
さて、今日は何を話していることやら…。

ko-ya-2.jpg

小「そういえばQちゃん、落選したみたいね」
弥「オバケの?」
小「やっぱり何にも出来ないけど毛が3本なだけじゃオリンピックには出れな…ってノリツッコミしてる場合じゃないの! マラソンの高橋尚子さんの方だってば。そもそも生後6ヶ月にしてそのミョーに古い知識はどういうことよ?」
弥「……(ウルトラQでさらにボケようかメロリンQにいこうか迷っている)
小「あんた留守番中にスカパー見過ぎ!」
弥「だっておかーちゃんも刑事ヨロシクのためにTBSチャンネル狙ってるし…」
小「いいからスカパーから離れなさいってば」
弥「えと、なんの話だっけ」
小「だからマラソン。最近お父さんとお母さんと一緒にたまに走ってるでしょ、あんな感じ長~く走るのよ」
弥「えー、おかーちゃん走ってないよ、歩いてるだけじゃん」
小「あれでも走ってるつもりなのよ、本人は」
弥「でもずっと同じ速さで走るよりダッシュしたり歩いたりの方がボクは楽しいけどなぁ」
小「途中あちこちチェックしたいのよね、あたしも。気になるニオイが沢山あるんだから」
弥「それでおとーちゃんに踏まれたんだよね」
小「…あ、あれはお父さんの反射神経を試してたのよ。鈍ってなければいつも通り避けきれたはずだったの」
弥「それでハゲになっちゃったんだよね」
小「それはほら、あの……アタシもココ来てもう1年なワケェ~。んでぇ、ちょっとハクつけたいっていうか~」
弥「おねーちゃん、なんか別の人(犬?)になってるよ。それにハクとハゲは似ていて違うよ」
小「ともかく!Qちゃんは残念だけど決まっちゃったものは仕方ないし、他の人に頑張って欲しいところね」
弥「ドロンパとか、U子さんとかね」
小「だからそれは違うってば」

-------
んー、オチ全く考えつかず。考えなしにライブで書いてるからどう話が進むか不明ってあたりがO型か。でも気にせず更新。(いいんか、それで…いいのかバカ親だから)
実際はどっちかというと小春の方が天然ボケだと思うんだけど、なんとなく男ボケ、女ツッコミなイメージがあるんだよなぁ。

2004.03.23

ウイルス命名の改善案

次々に生み出されるコンピュータウイルス達。
ふと思うのだが、誰がどうやって命名してるのか知らないけどウイルス名って今みたいな呼び方じゃダメなんじゃないか? 最近だとNetsky,Baqle,Mydoomや、ちょっと前ならCodeRedと、人為的かつ迷惑なものなんだから、もっとみっともない名称にすればいいのに、と思うのだ。
 W32.友達不在
 W32.粗チン
 W32.毎日鳩に糞かけられる
とか呼ばれれば作ったほうもちょっとヘコむんじゃないだろうか。さらに新種出す度にどんどん酷くなっていって…。
もしクラッカー達の掲示板があったとして、みんなから「粗チン」製作者は…なんて反応あったらきっと嫌だろう。

以前、暴走族なんて呼ばずに珍走団と呼ぼうって話もどこかであったが、それと同じ路線である。本人達への効果はおいといて、周りが迷惑な対象に対するマイナス方向の共通イメージをもつことは無駄ではないだろう。


とか思ってたらタイミング良くこんな記事が…。CROSSBREEDさんの記事によると最近出回っているらしいWinnyターゲットのウイルスは通称W32.AntiWinny.kintama(仮)と一部で呼ばれているらしい。
これだよ、これ。以後こんな感じでお願いします。>見知らぬ命名者殿
しかし、恐ろしい動作をするウイルスだな、これ…。

こんな名称でも余計に喜ぶ趣向の作者はいるんだろうなぁ。

(追記)
ググって調べてみるとこんな記事があった。命名はいろいろのようですね。「お見通しだよ」という作者へのメッセージというのは確かに下品なだけのよりオトナな感じ。下品はやっぱダメですか…。

2004.03.22

NikonD70で一眼再入門

D70.jpg

昨日の記事でも触れたように結局さんざん悩んでいたNikonの一眼デジカメD70を購入してしまった。
正直なところD70ともう一つの有力候補CANONのEOS Kiss Digitalやスタイル的に一番気になるPENTAXの*istDも価格はじょじょに低下中ということもあり、ぎりぎりまで悩んでいた。結局は店頭で実際に触ってみて、そのレスポンスの良さに負け、購入決定。

ココログルでD70で検索して見つけたうなむの雑記帳さん、P!P!P!さんの記事を読んでD70から一眼デジカメを始める人も多いのになんとなくほっとしました。
D70から始める皆さん、使いこなせるように一緒に頑張りましょー。(面白い使い方あったら教えてくださいませ)

あいにく購入後天気が悪く、まともな撮影機会に恵まれていないのだが自宅にて犬撮影等を試していた。感想として「むちゃくちゃ楽しい」に尽きる。他機種を詳しく知らないのでD70だからこそどうだとか比較は出来ないが、とりあえず『一眼デジカメ』という存在自体が非常に楽しいものであることがわかった。
いや、これまでも一応銀塩一眼カメラは持ってたんだけど…。ちゃんと勉強してない上に撮影コストが気になるのといろいろ設定試してみようとしても撮影ペースが遅いので現像される頃にはどういう意図でどういうパラメータで試したものだったかなんてすっかり忘れている。結局何の勉強にも経験にもなっていなかった。
これに比べると一眼デジカメは天国だ。設定が画にどれだけ影響があったかは直後に確認出来る。しかもレスポンスが良いのでサクサク確認、サクサク削除。何十枚どころか何百枚オーダで試し撮りしてもコストはほとんとゼロだ。ブラケット撮影でホワイトバランス、露出を自動的に替えつつ連写すればさらに簡単に印象の違いを知ることができる。入門者こそ一眼デジカメを、というのは間違いないと思う。少々値は張るけど…。

すぐ忘れてしまいそうな自分のためにとりあえず試してみた室内犬撮影でのメモを書いておこう。これがほとんどゼロからの一眼再出発である。

・フラッシュはなるべく避ける
これは好みの問題でもあるのだろうけど、フラッシュなしの方が背景の具合や影の出来かたが柔らかく、自然な立体感が出る。なので室内でも極力内蔵フラッシュでの撮影は避けてみる。逆に日中での逆光撮影とかでの出番の方が多そうだ。
ちゃんとした機器の人はフラッシュの光を間接的に当てて柔らかにするのだろうけど、基本装備のみでは選択肢は少ない。

・ISOは躊躇なく上げる
うちは少々暗めの照明ということもあり、室内撮影は手ブレ、動きブレとの戦いだ。
動かないもの相手なら三脚が有効だろうが、うちのメインターゲットは落ち着きのない犬達…。三脚なんて調整してる間にそれが気になってすぐ動いてしまう。こういう状況では暗い室内でも手持ち撮影は避けられない。
この条件で内蔵フラッシュを避けるとなるとISO感度を上げるしかない。D70だとISO200~1600だが、画像のざらつきなどに躊躇せず一気にISO800~1600まで上げてしまう。少々の画のざらつきよりやノイズよりとにかく手ブレや動きブレを少なくする方が得策だと思う。

・ピントは目
これは基本みたいだけどピントは目に。とはいえ、動きまくるとなかなか難しい。それだけにちゃんと合うと嬉しい。構図によってはAFをシングルにして合わせ易いフォーカスを選択しておくと便利。

・Aモード基本で勉強
大抵の撮影はカメラ任せのAUTOや各シーン別AUTO、またはPモード(マルチプログラムオート)で問題ないと思う。ただせっかく一眼を買ったのだからいろいろ遊んでみたい。そこで一番画が変わる要素である(という気がする)絞り値について感触を得るためにAモード(絞り優先オート)を基本にしてみる。
Aモードでは撮影者が絞り値を設定し、他の要素をカメラにお任せすることになる。…なんてもっともらしいこと言いつつ実は途中までサブダイアルの存在に気づかず、Aモードで絞り値設定できなかった俺…。初期不良?とか思ってたのが余計に恥かしい。てかマニュアル読めよ>俺
と、それはともかく、絞り値(f値)を変えることで画に起きる変化を試して楽しんでみる。基本的にはポートレイトのように背景をボカしたいなら絞り値は開放(fを小さい値へ)し、細部まできっちりシャープに撮りたいなら絞り込む(fを大きい値へ)する。ただし絞り込むに従って明るさは落ちていくのでその分シャッタースピードが遅くなってしまう。暗めの室内では結構テキメンに遅くなるが、まぁ、細部まで撮影する時は動かない物体が対象だろうと思うのでそういうのには三脚使えばそんなに影響はないかな。
とにかくf値の違いで同じ場所から同じものを撮影しても全く違う印象で写る。これからこの感覚を覚えこんでいきたい。
被写界深度(ピントの合う範囲)がうんたら、のちゃんとした要素や説明は他のページや本でちゃんと勉強しよかな。

・WBで遊ぶ、光源設定
ホワイトバランスの設定で色の印象ががらりと変わってしまう。設定としてD70では8種類から選べるが、室内撮影では照明との相性かオートだとちょっと青が強いことがあった。とりあえずストロボなしで全種類、ストロボありで全種類を試して自分の好みの写り方を確認しておくのが先決みたいだ。
室内でも「晴天」や「晴天日陰」などとした方が温かみのある色になったりする。逆にクールな感じを出すなら「電球」や「蛍光灯」を使うのもいいかもしれない。

・WBで遊ぶ、露出補正
光源設定の他にも露出補正で映る明るさを調整できる。基本的にはちょびっと明るく、または暗くしてみるのだろうがそれだけで終わるのはもったいない。
例えば室内撮影だと背景としてあまり美しくない雑然としたものが多かったりする。(うちだけ?) ソファーの上の犬を撮るにも犬の毛が散乱してたりするとちょっと「いやーん」な感じだろう。
そこであえて露出を過度に上げて「背景を白く飛ばしてごまかす」という使い方もある。露出補正で+0.7~1.7とかまでサクっと補正値を上げて白めのソファーなどにいる犬を撮影すると…うちの犬が黒いのもあって、背景は白に染まってホワイトアウト。これならゴミはわかりにくい上に被写体を浮かび上がらせるような効果もあって一石二鳥だ。ただし、やはりシャッター速度が犠牲になりがちなので室内ではそこが辛いところだ。

・オートブラケティングでお手軽に
露出を替えて遊ぶことを覚えると、それをさらに手軽に試してみたくなる。そんなときに便利なのがこのオートブラケティング撮影だ。これと連写モードを組み合わせれば、シャッター押しつづけで標準、露出低め、露出高めと一気に3枚を撮影したりが出来る。
1枚ずつ設定を替える必要がないので、撮影後に3枚を見比べて気に入ったものを残せばいい。上下させる露出の幅も選択可能なので柔軟かつお手軽に違う設定の画を撮影出来る。そして何枚余分に撮ってもタダ!これが一番大きい。(セコい…)

・広角っていいなぁ
レンズはレンズキットの18mm~70mmを購入。銀塩換算で27mm~105mmとなるが、今まで持っていたカメラのレンズが35mm~だったのでこの広角側の違いは結構大きい。
室内撮影でも部屋の中全体をいれようとすると部屋の隅で壁を背にしても入らないことが多かった。27mm程度あると結構楽になる。これなら風景写真にも違いが出そうだ。

とりあえずはこんなところか。もう忘れてることが多いような気がするなぁ。他にも仕上げ設定やノイズ除去設定、測光モードなんてなど効果を確認してないのも多いし。焦らずゆっくり進めていこうと思う。
ちょっと触っただけでも一眼はとにかく遊べる(設定できる)幅が広い。それだけ奥深くもあり、楽しみでもあり、難物そうでもあり…。がんばろ。



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2004.03.21

あれこれいろいろな日

今日(もう昨日か)はなんだか色んなことが入り混じった日だった。
犬達を置いて街へ出かけ、狙っていたデジカメD70を結局購入してしまった。実際に店頭で起動&撮影レスポンスの良さを味わってしまうと…迷った挙句に決断。これでもう当分何も買えません。まじめに働くかぁ。
一眼デジカメはすぐに結果がわかるので勉強になりますね。銀塩だとこの設定でどうなるんだろう、ってのを知るのはかなり時間が経ってからなのでその頃には設定なんて忘れてしまう。(メモればいいという話もあり) デジカメだとどれだけ設定変えても、ブラケット撮影しまくってもタダってのが最高です、はい。

と、これだけなら気分良く終われたのだが、帰ってから最近サボっていた同居人のジョギングのお付き合い。犬の散歩も兼ねてるので各自1匹ずつ引き連れて走る。そして事件は起きた…。もうすっかり暗くなっているのでなるべく道沿いの明るい道を走るのだが、途中どうしても暗くなっているところがある。これまでも危ないと思ったことはあったのだが、今日ついにそうなってしまった。
走ってる俺の足元に連れていた小春が飛び込んできた。暗くて気づくのが遅れ、そのまま避けきれず踏んづけ…。滅多に痛みで声を出すことのない小春が「きゃいん!!」と鳴いた。
ジョギングも中断し家へ戻ると小春の額に痛々しい傷とハゲが出来ていた。かなり鬱入りつつも俺を怖がる様子はないのがせめてもの救いだ。ごめんね、小春。ちなみにハゲの様子はこちらを参照のコト。

てなわけで結局「犬を撮ることを大きな目的のひとつとしてデジカメ新調した日に犬を傷物にした馬鹿者」になってしまいました(涙) とほほほほ。家に帰ってすぐカメラのバッテリ充電させながらジョギング行ったのでハゲ前の写真撮れてねーし…。

追い討ちをかけるようにTVの緊急ニュースでテロップに流れたいかりや長介さんの逝去。途中から「ひょうきん族」に流れたものの、小さい頃「8時だよ」で育ち、「ドリフ大爆笑」を楽しみにしていた世代なので寂しい限りです。もうあの「ダメだこりゃ、次いってみよう」は聞けないのか。最近のドラマでもここ一番で魅せる役どころとして活躍されていただけに残念です。
心よりご冥福をお祈りします。

2004.03.19

小春と弥七『白い巨塔』

小春と弥七は今日もいい子におるすばん。
さて、今日は何を話していることやら…。

ko-ya-1.jpg

小「白い巨塔、終わっちゃった。もう里見先生に逢えないなんて…(涙)」
弥「おねーちゃん、里見先生好きだったもんね。来週まだスペシャルやるみたいだよ。総集編+エピローグやるのかな。でもやっぱりボクは財前先生の方が好きだったな~」
小「…あんた、貪欲なところ似てるものね。あたしのご褒美まですぐ取ろうとするし」
弥「オヤツを求めて何が悪い!
小「それ、似てないから」
弥「(しょぼーん)無念だ…
小「あんまり遊ぶと怒るからね」
弥「でもブラックジャックによろしく、とかこういうドラマが続いてるから大学病院行くのが嫌になる人多くなったりして」
小「それで良くなるきっかけになるのならいいじゃない。あたしは里見先生や財前先生と同じように情熱を持って医師という仕事に取り組んでる人は多いはずって信じてるもの」
弥「だといいけど…」
小「それに白い巨塔は医療について向き合うこと以上に人間について向き合ってるところが魅力だったんじゃないかしら」
弥「でも、おねーちゃん、でもボクたち犬だよ」
小「…そういえば犬ね」
弥「犬だったね」
小「でもあたし達だってお医者さんは人間だもの by相田みつを」
弥「おねーちゃん、なんかヘンなのついてるよ」
小「犬と人も寿命っていう病を抱えてることに変わりはないわ。長さの差はあれ、生まれてからの余命をどう過ごし、どう終わりたいのか、という視点もあるのよ。ポジティブともネガティブとも取れるけれど…」
弥「おねーちゃん、なんかかっこいい!」
小「…ってお父さんが言ってたわ。意味よくわかんないけど」
弥「パクりなのかよ」
小「でも、こうなると田宮二郎版も見てみたいわね。結構ストーリー違うところもあるっていうし」
弥「スカパーのフジでやるみたいだよ。チェック済みさ!」
小「…てれびっ子」
弥「今ペット人気なんだし、どうせなら犬版も作ってくれるといいのに」
小「どんなのよ、それ」
弥「長い巨胴…とか」
小「……」

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もしかしてこれシリーズ化してしまうのか?

2004.03.18

バビル2世と貧乏性

**ボインコンプレックス**さんの記事を見ていて、俺の行動の一番根本にあるものもやはり『貧乏性』だろうと思っていたので、つい反応。
貧乏性…これまでの自分の記事の中でも何度となく頻出しているキーワードだろう。

貧乏性だから250円コースで使えるココログをマメに更新する。
貧乏性だからしかも6月まで無料なんだからと機能的にまず必要ないココログプロへプラン変更してみる。(そしておそらく6月にベーシックへ戻す…)
貧乏性だからスタバでコーヒー豆買うときちょっと悩んでるフリして店員さんから本日のコーヒーの試飲を勧められるのを密かに待ってしまう。
貧乏性だから小銭を貯めてル・メナージュ(お気に入りフレンチ料理店)へ気合をいれて食べにいく。
貧乏性だから旅行などのちょっとしたイベントでは少々お金をかけてもいいやと思う。
貧乏性だからフラれた要因を次に活かさなきゃもったいないと思う。
貧乏性だから「せっかくだから赤の扉を開こう」と思う(違)

一見、金や労力を使っているように見えるものの気持ち的には実際にかかる額や労力以上の楽しみを貪ろうとするところが貧乏性である。バイキングでモト取るために食べきれない位の量を皿に盛ってしまうようなものだ。

俺がこんな貧乏性となった原点は何だろうと振り返ってみる。もちろん家がそんなに裕福でなかったのも大きいだろう。だが、同じ環境で育った姉弟であっても性格は異なる。俺だけ個別に影響を受けた何かがあったはずだ。そこで思いあたったのは『バビル2世』(マンガの方)なのである。

バビル2世といえばアニメ化もされた横山光輝氏のSF作品だ。超能力を持った少年と宿敵であるヨミとの超常者同士の熾烈な戦い。超能力というエッセンスも含め、幼い頃ひきこまれずにはいられなかった。
ヨミに限らず、主人公と超能力者同志の対決は何度もあるのだが、その勝利パターンは大抵の場合、

ビビビビビ!を先に出しまくった方の負け。

であった。主人公は最初、敵から苦しめられて何度もビビビビビ!を受けるのだが、それを耐え抜き、最後に相手も疲れが出たところで逆転のビビビビビ!にて勝つのだ。(作中の話についてはなんせ子供の頃読んで以降、読み返したことがないので嘘言ってるかもしれない)

それが幼い俺の中で

パワーを先に使い過ぎると負けるんだ、最後にドカンと行く時以外は出し惜しみしてしまっておけ。

という揺るぎない法則として十戒の如く胸に刻まれる結果となった。これが貧乏性の引き金となったのではないかと推測するのである。

ちなみにあの手を掴んでビビビビビ!は何だったのだろう。電撃のようにも思えるが…。サイコキネシスでプラズマ発生させてぶつける、みたいな理屈があるのだろうか…。一時期流行った謎本とかにあったりして。



バビル2世 1 (1)
横山 光輝

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2004.03.17

汚れ耐久限界

ギャップあるところに生まれるのはエネルギーか軋轢である。
なんてもっともらしいことを書きつつ、毎度のように低レベルな話へ移行する。

さて、俺はサラリーマンであるので効率的な作業を常々心掛けている。世にある非効率的な作業のうち、上位にランクするもの、それが頻繁な掃除ではないだろうか。

例えばテーブルから何かモノが落ちたとする。一度落ちたということは再度落ちる可能性も当然ある。とすれば、ここで拾って元の位置に戻したとしても再び落ちてしまうと全て無駄な作業に終わってしまう。嗚呼、非効率。最初から落ちたままにしておけば二度と落ちることはなく無駄なエネルギーの消費も一切ないのだ。エントロピー増大こそ自然の摂理である。

またモノが整理されることよってモノを発見しやすくなるかというと、それまでと場所が変わってしまっているため余計に面倒になる。さらにいえばそれを探してあちこち引っ張り出すことでまた散乱していくのである。なんて非効率的!
俺的には「目のつく場所にそのまま置いてるもの=TODOリスト」なのだ。目につけばその存在を忘れずに済む。見る度にそのモノに関連する要件を思い出し、完全に用なしとなったらゴミとして捨てればいいのだ。

勿論、掃除や片付けを全否定するわけではない。特にうちのように犬を飼っていると床にあるとヤツらに破壊されてしまったり変なモノ食べさせたりすることになるのでその点は十分に留意すべきだし、片付けるべきだ。足の踏み場までなくなってくると移動の効率性に欠けるだろう。洗い物も放置しておくと汚れがとれにくいだろうし、次に使うときにすぐ使えないのは不便だろう。これもわかる。

そのあたりに影響しないちょっとした散らかりは自然な状態といえる。散乱物が日常生活へ重度の障害になり出す頃まで放置しておく方がなにかと効率がいい。頻度を半分にすれば掃除の時間分、各自でさらに有意義な時間を過ごせるだろう。
少々埃が積もろうとも、モノが散乱しようとも生きていけることは何年もの間、実体験で立証済みである。


…という持論なのだが、まったく相手にされることもなく同居人の主導により掃除は行われ、手伝ったりすることになる。ここに存在するのは汚れに対する耐久性の限界値の違いだろう。二人の間の汚れ耐久限界値ギャップが効率性をスポイルしているのだ。

ところで俺的には頻繁と思う掃除頻度も本当の掃除好きな人から見れば全然頻繁じゃないらしい。むしろ少ない方だと…。限界値の違いはそのまま役割の違いなのだろう。世の中バランスよく出来ているのだなぁ。

2004.03.16

アクセス解析できない?

せっかく無料期間が用意されているようなのでココログプロにプラン変更してみた。
ところがアクセス解析が動作していない様子。画面表示はされるのだがずっと0件。MyBlogListではアクセス数はカウントされていってるようなのだけど…。特に有効化、無効化の設定はなかったように思うのだが。うーん。
まだアクセス解析機能は本格稼動じゃないのかな、とか1日単位?と思ったが動いてる人もいるように見える…。
250円コースな人だとダメ、とかあるんでしょうかね。うむむ。

はっ、もしかして「どうせこいつは6月過ぎたらベーシックに戻すだろ判定機能」がついてたりしますか?
同じ現象の方いるのかな?

(追記)
その後、この記事を書いてひと風呂浴びて帰ってきたらちゃんとカウントするようになってました。もしかしてプラン変更後1記事作成しないと有効にならないのかも…。単純に有効化されるタイミングが遅れてただけなのかもしれませんが。
というわけでお騒がせしました。

最近のトラックバック表示!

お、メンテが完了したら最近のトラックバック一覧が出せるようになってますね。
他にも設定画面にお知らせが表示されるようになったり、コメントの管理画面が統一されたり。少しずつ充実している感じ。Pro版だけの提供でなくて良かった。この調子で機能拡充お願いしますよ>@ニフティさん
というわけでさっそく表示させてみました。
(デザイン設定からコンテンツで表示対象にして、並べ替えで表示位置設定)

って、表示させたはいいけど、これが活用出来るような魅力ある記事書かんとなぁ……。

あたたかな暗闇

最近ではなかなか純度の高い暗闇に出くわすことがない。
深夜に外を歩いたとしても、店のネオンや街灯、空からは月あかりに星あかり。部屋でカーテンを閉めて電気を消しても近所のあかりが差し込んでくる。10cm先さえもどうなってるかわからないくらいの状況を経験するというの非常に稀な体験となっているのかもしれない。仮に自ら目を閉じたとしても内光により、簡単には暗闇を得ることは出来ないのだ。

そういう真の暗闇に近い状況をいくつか覚えている。
ひとつは学校の暗室だ。暗室の掃除当番だった時は一緒に当番なる数人と必ずやっていた遊び。オニを決め、電灯スイッチのところで後ろ向きに待つ。その間に他は暗室内のどこかへ移動。しばらくしたらスイッチを落とし、真っ暗にして探し出す。手探りで人に触ったら名前を当てる。当たっていたらオニ交代、という単純な遊びだ。
暗室は相当狭い部屋なのだが、目の前が全く見えないのでえらく広く感じるのだ。歩くと壁が唐突に現れるのでスリル満点、一瞬も油断ならない。暗室掃除がクラス当番から外れるまで楽しませてもらった。
また田舎に住む(といっても俺もそんなに変わらない距離に住んでたのだが)友人のところでもこの暗室遊びは行われた。ここも周りに民家がなく、暗室ほどではないにしろほぼ暗闇であった。暗室より広くさらに押し入れや机など隠れる場所も豊富なので難易度はかなり高かった覚えがある。押し入れの梁にしがみついたヤツを暗闇の中で探すなんてのは相当に大変なのだ。でも逆にいえばそんなに暗くなる時間までしょっちゅうおしかけてたのだからえらく迷惑な友達だったろう。ごめんよ。

もう一つ、曾祖母の家があった。子供の頃によく訪れていた曾祖母の家へ行く時はちょっとした冒険だった。結構な田舎で、草ぼうぼうの勿論舗装なんてされていない道を父が運転する車で進んでいく。ヘッドライトのあたってる所以外は何一つ見えない。ライトを消したら最後、本当に何も見えないのだ。ただ虫の声がするだけ。そのうち闇の奥に小さな、柔らかい明かりが近づいてくる。それが曾祖母の家だった。

それほど長い時間いるわけでなかったからか、その先に灯りがあることをしっていたからか、これらの闇はどれも怖さというより興味や日常から離れたような不思議な感覚をもたらす、少しあたたかさを感じる暗闇だった。きっとよく知っている場所で、一人でないという思いが安心をもたらすのだろう。
曾祖母の家も祖母の家も今はもうない。全ては自然の中に飲み込まれてしまった。いまはそこは冷たい暗闇に包まれていることだろう。
停電や道に迷って…なんて状況だと嫌だけど、長いことご無沙汰の楽しめる暗闇ならばまた体験してみたいものだ。

2004.03.14

オススメ『アマリリス』

特にネタもないので、たまにはマンガ本の紹介でも。

今回のオススメは岩館真理子『アマリリス』だ。

掲載雑誌的には女性向けなのだが、中身の間口はかなり広いと思われるので、性別問わず是非読んで欲しい作品だ。現在も連載が続いており、単行本も3巻まで発売されている。(ちなみに俺は単行本フォロワー) ジャンル的には…オトボケ恋愛コメディだろうか。

岩館真理子さんというと個人的主観では、時代的ギャグに始まり、メルヘン王道、屈折少女系、ミステリアス心理系、シュール系ギャグ回帰(?)、ナチュラルコメディと変化をしてきたように思う。
これらの中でも中期以降は心情描写や主人公となる少女の軽く屈折した想いを描く、という点にポイントが置かれていた印象がある。しかし、このアマリリスについては完全にコメディ寄りというか、三谷幸喜的な美味しいシチュエーションコメディになっている。
ひとクセある登場人物の絡みから生み出されるエピソードがとにかく妙なおかしさを持っているのだ。かつてのリリカルなシーン描写を自ら逆手にとってさらりとコメディのネタに繋げたりする。あの繊細な絵柄がそれに味わいをつぎ足す。
少女心理描き系も大好きではあるのだが、アマリリスを読むとこちら路線も捨てがたい。これまでの作品でのいちエッセンスであったエンターテイメント部分を凝縮させたものではないだろうか。

やはり特筆すべきは登場人物達の素晴らしいトボけ具合だろう。すれ違いや勘違い、エピソードは地味な日常に近いところの基本コメディパターンでありながらミョーに笑いがこみ上げる。
彼、彼女らは普通に暮らしていて、もしかしたらそのへんにいるかもしれない(いないかなぁ)トボケっぷりを持つ。物語は大きな事件というよりもそのトボケ具合の組合せによって流れていく。実際のリアリティ云々でなく、その世界の中でのリアリティに従い、至って普通に生活しているのだ。そして普通におかしい話が生み出されていくのである。それをそっと覗き込んでいる楽しみがこの作品の魅力なのだろう。

岩館作品では『森子物語』等が好きだったりしたのだが(古いか…)、今はこの『アマリリス』が一番気に入ってたりする。好きな作家の最新作が一番好き、というのは特に長いキャリアを持つ作家では凄いことだと思う。勿論違う意見の方も多いとは思いますが。
春の気配が気持ちいい季節、気負わず楽しんで欲しい本なのでした。



アマリリス 3 (3)
岩館 真理子

発売日 2004/01/19
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2004.03.12

失われた4cmを求めて

うちは同居人が結構タッパがあるので、コートやブルゾン、パーカーなどのルーズめな服なら結構二人で共用出来たりする。いや、正確には俺は同居人の服はサイズ、デザイン的に着れないことがほとんどなので、俺の服を勝手に着られている、というのが正しい。
俺のお気に入りだったダッフルコートも最近はほとんど同居人によって着られ、酷使のあまりボタン止めまで破壊されてしまった…。
またある物については俺が同居人からプレゼントとして受け取ったはずの服が何故だか普段、同居人によって8割以上着られていたりする。これはプレゼントという名を借りた、自分が欲しかった服の補充ではないかとずっと疑っている。いくら平日俺がスーツであるとはいえ、怪しいものである。

とはいえ、店頭でお互いが欲しいのが一致した時などはお互い半分ずつ出して購入できたりするのでなかなか便利だ。平日は同居人メイン、休日は俺メインで着るならばあまり競合することはない。(ちなみに競合した場合は他の服とのコーディネートを理由に取り上げられる。なんでや…)
ジーンズも結構共用できるので、俺の分購入の際にはひそかに「自分が使えるかチェック」が入っているような気がする。事実、LEVI'S 517は俺のなのにほぼ取り上げられたかのような扱い……


まて。

同居人と俺との身長差は4cmくらいあったはずだ。上着はまだわかる。しかしジーンズはどう考えたらいい? この4cmは一体どこへ消えてしまったというのか(涙)
もしかして俺、自分で気づいてないだけで実はコーンヘッド?

2004.03.11

偶然、その確率は…

仕事が遅くなったある日、先に帰っていた同居人に車で迎えに来てもらった。もちろんお迎えには犬も同伴だ。
しばらくして「着いた。○○のとこにいまーす」とのメール。こちらの作業が予定よりちょっと遅れたので大急ぎで後片付けて外へ向かった。
連絡のあった道沿いへ駆けつけると…すぐ目の前にいた。こちらの姿に気づいたのか、ガラス越しに犬がもぞもぞと動いてるのが見えた。すたすたと近づき、「さんきゅー!」の声とともにドアを開ける。すると…

「な、なんでしょうか?」

中にいたのは見知らぬ女性とネコ…。
「すびばせん、間違えましたー」と謝ってそそくさとその場を去る。慌てて辺りを見渡すと、斜め前方のちょっと離れたところにうちの車がひっそりと停めてあった。

まったく偶然の一致というのはあるものである。
もうとっぷり夜は更けて暗かったのもあるが、何故これだけあっさりと確信をもって間違えてしまったのか。反省の意味も込めて要因を探っていこう。

■運転席に女性ドライバー
これは確率的に50%なので、勿論これだけで間違えたりはしない。髪型とか似てたけどね。

■同じ色の車
うちの車はどちらかというとマイナーな色なのである。なのにたまたま同じ色の車だった。これはカラー確率でいってアバウトに10%程度とする。

■車のカタチも結構似ている
大きさこそ違うものの、ちょっと角張ったスタイルが似ている。暗いからディティールを確認出来なかったのもあるが。わずかに違和感はあったんだよなぁ。それをちゃんと追求していれば…。ま、最近多いスタイルなので40%くらいの確率にしとこう。

■時刻、停車位置
この時刻、その場所付近に停車してた車はこの2台だけ。元々そんなに車の量も止めてる車も多くないのでまさにたまたま…である。タイミング良すぎた。確率は算出が難しいが、20%程度ということで。

■車の中でうごめく小動物
これが極めつけだ。車の中は暗くてよく見えなかったものの、ドライバーの近くで小動物の影がもぞもぞしてるのが見えた。これで確信したといってもいい。動物連れてる人はいるだろうが、なんでまたこうもタイミング良く…。確率5%。

これだけの偶然が重なった末の事件である。
このトータル確率を出してみると

50%×10%×40%×20%×5%= 0.02%

つまり5000分の1の確率だ。これから毎日土日休まずに仕事して毎日迎えに来てもらったとしても次に同じ事態になるためには13年以上待たねばならない。(実際には同じ人が同じようにいる確率高いけども)
こう考えると何か得した気分だなぁ。(貧乏性)

乗り込む前にあと5秒、じっくり見ていれば気づいただろうに、待たせてて焦って駆けつけてなければ。ナンバーやフロントが見える位置に停めてあったら…。そういうのも含めるともっと確率は希少化しそうだ。

てなわけで、びっくりさせてすみませんでした>間違えた人
あの時「キャーァァア!」なんて楳図かずお風に叫ばれてたらどうなっていたことやら。(ってここでいっても見てないしなぁ)

2004.03.10

水戸華之介な日に。

先日、同居人とともにアンジー、3-10CHAINのボーカルとしても有名な水戸華之介氏のライブにいった。タイミングよく今日は3月10日だ。310な日ということで、水戸さんについてちょびっと書いてみたいと思う。

元々アンジーを知ってはいた。バンドブームな頃『天井裏から愛をこめて』は結構あちこちで流れていたし、当時放映されていたダウンタウンやウッチャンナンチャン、野沢直子に清水ミチコという濃ゆいメンバによる有名番組「夢で逢えたら」の中でメンバがバンドに挑戦するコーナーがあり、そのゲストとして2週に渡りアンジーのメンバが出演していたのをちょうど見た記憶もある。懐かしいなぁ。
その後かなり間があるがCD(1987)を購入し、ちゃんと聴いてみた。最初の印象は「ボーカルの声にクセがあってなかなか馴染めない」といったものだったと思う。
当時あまり音楽を聴かなくなっていた頃だったのでちゃんと聴きこまないままに埋もれてしまっていた。

その状況が変わったのは同居人が結構な年季の入った大のアンジーファンで、一緒に暮らし始めてからアンジーの曲が普通に日々のBGMとしてヘビーローテーションされるのを聴いているうちに俺も好きになったのだ。
今となってはあのクセのある声が、その声でなければならないという必要条件になっているのが不思議だ。でも他の好きなアーティストも含め、共通点として声にクセがある人ばかりだ。ふっと街中で新曲が聴こえてきても誰の歌だかわかるような人ばかり。
そんなわけでアンジー復活に時期をあわせるように同居人に連れられて99年の復活ツアー、水戸華之介&3-10CHAINのライブや名曲ライブにも一緒に行くようになった。(さすがに新宿での復活ライブまで行ったのは同居人のみだが)

さて、前置きが長くなってしまったが今回はアコースティックライブということでピアノとアコギによる構成。客席も椅子が用意され、じっくりと歌を聴きこめる体制だ。俺も含めメインのファンはそこそこ結構な年齢層っぽいので椅子ありはありがたかったり…。ピアノとギターによる楽曲はどれもいい感じで、どこか和やかな中にもアツいライブであった。
ライブ自体の細かな報告はたぶん同居人が書くだろうから俺なりに書きたいところだけ。ライブについてというより水戸さんについて、って感じだけど。

まず、すごく楽しく、そして暖かなコンサートでした。最近涙腺が弱くなってるのか3回くらい目頭にうるりと来るものがあったほど。
水戸さんの大きな魅力の一つはデビューから一環したその作詞姿勢ではないかと思う。日本語にこだわり作られた歌詞、(曲にもよりますが)難しい言葉はなるべく使わず、また歌う時も初めて聴く曲であってもはっきりと聞き取れ、言葉が伝わるように歌う。それは伝わらなきゃ歌にする意味がないという意志の現れなのかもしれない。詞は文学的いや童話的寓話的だったりハードなものだったり様々だが、独特の味わいがある。わかりづらい表現かもしれないけど、ある種のカラーフィルターにかけられたように、現実世界のシーンをスモークで覆ったかのように染まり、かすんでいる。ただ、そのスモークが毒性ガスだったり幻想的な朝霧だったりといろいろなのだが。そしてその作詞視点も一環しているように思う。昔も今も俺らと一緒に廃品置場から重たい空を眺めながら、共に生きるハナクソな人生の俺らに幸あれと願っているのだ。
さて一転してトークになると、とにかくおかしい。今回も笑わせてもらいました。今後俺も柏手3回うちます。定食屋は…やめときます。以前、俺が仕事の都合でいけなかった「屑」もえらいおかしかったらしいのでもったいないことをした。いきたかったな。曲も好きなのが多いので「屑」もう一回やってくれないかなぁ。

今回、アンジー時代の曲からも何曲か。「おやすみ」は好きな曲なので嬉しかった。
おそらくは昔からのファンの方の中にはアンジー時代の曲を本来のメンバ以外とやって欲しくない、揃ってないと意味がないとか、聴くと寂しくなるという人もいらっしゃるのではないかと思う。ファン歴が浅い俺はその点やってくれるだけラッキー、というところもあるのだが、メンバーそれぞれにファンの多かったバンドだったようなので、寂しくなる心情はなんとなくわかるような気もする。
俺はCDやビデオと同居人からの話でしか解散の頃を知らない。だが、実際に現在目の前で水戸さんの歌を聞き、少しだけ感じた気がするのだ。
アンジー時代の歌をうたっている時に水戸さんの脳裏にはどんなイメージが流れているだろうか。歌そのもののイメージだけでなく、いつだってまごうことなく、あの4人やかつてのメンバ、当時のいろんな人達が並んでいて暴れ回っているのではないだろうか。その中で一緒に、もしくはそれをちょっとだけ離れたところからちょっとだけ照れたように見守りながら歌っているのかもしれない。アンジー時代の歌に限らず、歌う行為にはそれまでの全てが含まれている。想い出も事件もみんなついてきている。それが楽しかったことだろうと、苦しくて辛かったことだろうとも。
時間を経た今だから歌える、伝えられるレベルの歌い方というのがあるのではないかと思うのだ。極論すると当時そのまま、というのは逆に変なことだ。伝えたい想いは当時より密度を高めてるのだと思う。その密度に合わせて歌もまた当然変わっていくのだろう。
その声で、拳で、アクションで、視線で、表情で、過去も含めた全てを歌の中に乗せる。観る度に俺はそんな極まった迫力を感じずにいられないのだ。それはきっと当時は出来なかったこと。以前よりいいか悪いかでなく、今でなければ聴けない性質の歌なのだと肌で感じる。そしてその「今」をもっと聴きたい、と単純に俺は思うのでした、はい。

人はいったい歌にどれだけの想いを凝縮できるのか、いったい何回解散できるのか。
う~ん、超伝導MITO!(意味不明&ぶちこわし)


観にいくたびに俺が一番感じるのは長年のファンとの絆のようなものだ。俺はファン歴が短いので時々、第三者的に見ている部分が多いせいかもしれないが、単なるシンガーとそのファンというだけでない何かを感じる。時間をかけて築き上げられたのであろう距離感がある。俺らが辛いとき、いろんな歌に助けられてきたように、ファンに助けられることもあるのかもしれない。なんたってそこには年季の入ったファンがずらりと並んでいるのである。
かつてのメンバだった嶋尾ジョージ氏の死をうけて行われた追悼ライブでだったか、水戸さんはファンに向かって確かこう言った。
「お前らの誰一人として俺より先に死ぬな」
クサいセリフである。だがそれは悲痛な泣き声にも聴こえた。これが水戸さんにとってのファンの場所。
捨てきれないもの、捨てきれない想い、支えるもの、支えられる想い。これだけの間、ファンに見つめられ、ファンを見つめ続けた人だ。そして今みんなここで聴きながらいい顔をしている。その顔が空気を作る。そこへ歌が切り込む。空気に歌がまじりあい、溶けてまた新たな空気を作る。雰囲気というのはこうやって作られるのだなぁ、とぼんやり思った。会場はどんどん暖かくアツく包まれていった。
昔からのファンの人をちょっとだけ羨ましく思いながら楽しいライブは終了したのだった。

にわかに近いファンである俺が今回のような記事を書くのはおもはゆいし、迷ったりもしたのだが、ま、覗いてる人の数も限られてることだし、解散後ファンというのもある意味貴重かもしれない。その程度で語るな!ってのも自己ツッコミしておきますのでご勘弁くださいな。

最後に大好きないつものアレを。

楽しんでくれ!
楽しんでくれ!
楽しんでくれ!
さもなきゃくたばっちまえ!

アドレナリン
水戸華之介&3-10Chain

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2004.03.09

その日、トイレにて

会社や大きな建物のトイレという場所は不思議なところだ。かなり近くに他人がいるのに仕切られ、独立している。確実に気配はするがお互い不可侵な領域。それがトイレなのである。
小鳥 (a little bird)さんの記事でそんなトイレでの出来事を思い出した。

ある日、トイレに入り、便座に座ると目の前に信じられない光景を見た。
壁から毛が生えているのである。
かなり肝を冷やしたが、目立つところにあるので目をそらすにも限界があり、仕方なく冷静に観察してみると、おそらくはヒゲを抜いて貼り付けたものであることがわかった。確かにヒゲ抜いたときって根っこのところが粘着力あるもんなぁ…なんて感心している場合ではない。トイレはヒゲアートの展示場ではないのである。マジで気持ち悪かったなぁ、あれ。

また学生時代には学校のトイレは落書きだらけだった。いわゆる便所のラクガキだけではなく、その落書きの中で出たばかりのブルーハーツのアルバムについてアツく他の人と会話が続けられていた。それは原始の掲示板やりとりを見るようである。

トイレの使い方に貴賎なし…かもしれないが迷惑なもんは迷惑だよなぁ。

2004.03.08

ググリアソビに燃える

先日ふと思い立ってGoogleで、あるキーワードを入れて検索をかけてみた。するとなんとこのページがトップに表示されたのである。そのときの検索ワードは

"MZ1500"

だった。昔の自分が持ってたマイコンの話を書いたときの記事が見事にひっかかってくれたようだ。かつての我がメインマシンはそれだけマイナーな機種なのだろう…。もっと本格的に取り扱ったまとめサイトもあるのにそれを差し置いて、というのはちょっと気が引けるところもある。
おそらくはどこかで聞いたようにココログは検索ランクが高くなっているのと、MZ1500について今頃書いてる人なんてほとんどいないから最近の記事ということでランクが高くなり、またトラックバック頂いた方の方からのリンクで評価が上がったのだろう。

この後、同居人と「どういうキーワードなら自分のページが上位に検索されるか」をあれこれ試して遊んでいた。
ココログランクが高いのが本当なら調整される前の今がこういうので楽しむのには今がチャンスなのかも。
同居人サイトはやはりアンジー関連が上位近くに来ることがわかった。「アンジー」だけだとさすがに絞れないのでメンバの名前を追加したりして徐々に上位に上ってくるのが面白い。俺はマイナーな昔のマイコン機種なら他のでもいけるか?と思い、「ぴゅう太」でやってみるがこれが全然ダメ。てんで下位でいた。意外ととりあげられてるところが多いのか。凄いぞ、ぴゅう太!
基本的にはプライベートなキーワード(サイトの名前とか友人の名前とか)は禁じ手であるが、これだけは別。ペット勝負である。「小春 弥七」のキーワードではどちらが上位か?より我が家のペットへの愛情に溢れた記事を書いているのは…くぅ、負けた。同居人ページ、俺ページの順で1,2である。

ちょっとした暇つぶしになったググリアソビのご紹介(?)でした。
URL教えるのが面倒なときに「○○でググってみて!最初に出るのが俺のとこ!」なんて活用も(いつまで有効かわかんないけど)出来るかもしれないし。

2004.03.07

アギト、誰がために

俺が新入社員だった頃トレーナーをしてもらった先輩からある日一つの指令が下された。

「仮面ライダーアギト全話を制覇すべし」

10年経とうと師は師である。指令に従い、ある時は深夜に、またある時は風邪で寝込みながら現在ちびちびと見つづけている。師匠も子供に付き合って見ててハマったとのことだが、これがまた子供向けなんてとんでもない、込み入ったストーリー展開なのである。

基本展開は事件が置き、最後には仮面ライダーが謎の敵(つまりは怪人)である『アンノウン』を倒していくということになる。これだけだと昔見ていたライダーのパターンなのだが、バックグラウンドはかなり異なる。
全話のうちまだ半分も制覇してないのだが、出だしからして『オーパーツ』(時代背景にそぐわない造物。モアイ像とかナスカの地上絵等が有名所。ムー読者とかなら基本知識?)なんてアッチ系専門用語がたいした説明もなし(たぶん)に普通に使われていたり、いきなり起きるのは『変死事件』だ。
登場人物も3人(3体)のライダーが現れ、それぞれ目的もいる場所も組織も違う。さまざまな思惑やすれ違いの中、ときには敵同志ともなる。家庭菜園を趣味とする記憶喪失なライダーもいるかと思えば、別の一人なんか大抵いつも瀕死だし…。
警察の中にも人間関係がうずまき、ストーリーは過去のいろんな事件を含め、複数のストーリーが交錯する。伏線もあちこちに張られまくり…。
以前から平成ライダーシリーズについて噂に聞いてはいたが、あの、これ対象年齢一体どこなんでしょう?という感じだ。

とはいえ、その裏ではちゃんとオモチャ売るためのグッズがしっかりあれこれ登場し、ソツがない。ライダー3人というのもグッズの広がりに一役買っているのだろう。
こんなストーリーで子供は面白いのか?と思うこともあるのだが実際、放映当時に甥っ子は嬉々として自らアギトになりきって遊んでいた。グッズも3ライダーとも集め、なんたらフォームについて熱心に聞かせてくれてたなぁ。狙いはそれなりに両立が出来ているということか。

ふと、ある共通点を思い出す。
いつの頃だったか、筍のようにライトな絵柄のえろマンガ雑誌が増えていた頃のことだ。
この手の雑誌の話にはある程度、毎話に一定量のえっちぃシーンさえ書いておけば、そこ以外のストーリーをかなり好きに出来た頃があったのではないかと思う。ほとんど意味のない話であろうと、とことんディープな世界だろうと何だろうと、お約束さえ守っていれば他は自由にしていた…ように見えた。急激な雑誌の増加による作者不足が背景にあったのかもしれないけど。

それと同じで、毎話、とりあえず仮面ライダーが出て、敵を倒して、変身時にあれこれオモチャ関連グッズを出してアピールする。そのポイントだけの制約を受け入れれば後は自由がきく。そして本来の対象とかけ離れたストーリーを繰り広げることが出来たのではないだろうか。
もっとも最初から一緒に見るだろう親の層を確実に捉えるためのストーリーなのかもしれない。登場人物にはさらりといい顔をそろえておけばそっちの層も狙える。練りこまれた作戦なのかな。
ストーリーがメインで戦闘シーンがおまけかというと、結構熱の入ったものを感じる。いかにしてかっこよく見せようか、こんなシチュエーションのこんな位置からのショットはどうだろう、敢えてロングから撮ってみよう…そういう工夫を感じたりもする。

さて、あと半分。見終わるのはいつになるのだろう。
この先、ストーリーが破綻することなく収束していくのか、見所である。

仮面ライダー アギト(1)

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2004.03.06

敢えて無精ヒゲ

前の記事ネタになんかなりゃしないと書いてしまった無精ヒゲであるが、下痢と頭痛で寝込んでいた時に無精ヒゲが夢枕にたって哀しそうな毛艶をしていたので、敢えて取り上げてみることにした。

さてその無精ヒゲ。
ある意味これほど人を選ぶオプションアイテムも少ないのではないだろうか。そう思うほど、似合う人、似合わない人がきっぱりと分かれる。そう世の男は2種類しかいない。無精ヒゲでカッコ良くなる人か汚くなるだけの人だ。

俺ブンさんと同じくワイルドでハードボイルドな俺を演出するのに無精ヒゲは小粋なアイテム…と思っていたのだが、俺は間違いなく後者の汚くなるだけのような気がする。
適正自体はあるはずなのだ。なんせ無精については自信がある。出無精、筆無精、マングースとハブショーなんでもこいだ。一人暮らしでゲームに明け暮れてた頃は一歩も外に出ないままの連休にはヒゲを剃ることもなく、延ばし放題にしていた。といってもしょせん数日なのでチクチクがジョリジョリに変わり、クニクニに変わろうかというあたりで終わってしまう。(この表現でニュアンス伝わるのだろうか…)

仕事があるとはいえ、押し通せばそのまま伸ばすことも出来るはずだ。なのにそれをやってないというのは自分なりに何かの社会的プレッシャーを受けていることになる。つまり制約あるいは束縛されているのだ。
ヒゲを延ばす目的はないのに自然と延びているヒゲ。それが無精ヒゲである。つまり自堕落という名の、世間の制約や束縛に捕らわれない自由を象徴しているはずのだ。

しかし、そんな無精ヒゲには謎もある。ドラマやマンガの登場人物でもよく無精ヒゲキャラともいうべき典型スタイルが存在する。プロファイリングすると大抵は一見ぼさっとしてるように見えるが実は切れ者、というような性格付けがされやすい。そんな無精ヒゲキャラはいつ見ても無精ヒゲなのである。山男にもならず、たまごアゴになることもない。
彼らには無精ヒゲ域を出ないような特殊加工がなされているのだろうか。エステで永久脱毛ならぬ永久無精ヒゲコースをやってもらったのか? 剃ってしばらくは身を隠しているのか?
現実的に一番考えられるのは細心の注意を払って無精ヒゲなレベルを残して剃っているということになる。これは無精者のやることではない。これでは表現の自己否定だ。

無精ヒゲとはそんな自由と制約の危ういバランスの上にかろうじて成り立っているものなのである。無精ヒゲな人を見かけたら上記の事に留意し、細心の注意を払って観察して頂きたい。そこにある自由と制約はどのバランスで拮抗しているのかを。


……やっぱネタ的に無理ありますか。いつもですか、そうですか。

2004.03.05

ネタ人生度という指数

自分の身近なネタだけで毎日だろうとページを更新できる人達がいる。俺は過去を掘り出さないと頻繁な更新は無理だ。実際今がそうだし、過去を掘り尽くしたら一気に地盤沈下を起こして終わってしまいそうな気がする。

考えるに人間には隠しパラメータの如く、普段の生活でネタになるようなおかしな出来事に遭遇する確率を担う『ネタ人生度』とでもいうべき指標値が備わっているのではないかと思う。

例えば昨今TVではトーク番組が隆盛だが、そんな番組中のトークでいくらでもおかしな体験ネタが出てくる人がいる。明石家さんま@ほとんど嘘話?、鶴瓶@パペポTV(古いなぁ)、宮迫博之@嫁、哀川翔@椅子突き刺さり、的場浩司@ゴム男…などなど(敬称略)。
トークを生業としている人はほとんどそうなのかもしれない。身の回りでも数多くの妙におかしい酒での失敗談を残す人物がいたりする。

単なる人生経験の長さや、見過ごしそうなことに気づく観察眼、話すときの飾り付け技術も重要だが、それだけでは片付けられない遭遇するおかしな出来事の偏り。それがネタ人生度なのだろうと推測する。勿論、芸能人ならば周囲に特殊な人材、環境が集まっていたり、方々へ赴くことが多いということもあると思うが、それも含めてネタ人生度なのだろう。それが見えるスカウターみたいなのがあったらネタストーカーとしてついて回るのに…。

敢えて値を定義するなら俺は極めて標準的で平凡な人生を送ってるので平均値として50ネター。同居人が70ネター、西字引さんが70ネターで同位置、某サバイバー氏が80ネターといったところだろう。

『ネタ人生度チェック』みたいなのを作ったとしたら、最上級は「ジョジョ級」か?

2004.03.03

犬ナースのお仕事

急な寒の戻りのせいか、風邪をひいて寝込んでいた。そのときの様子はここにある通りなのだが、家族の熱烈な看護のおかげでなんとか今日は復活しかけている。

ところが今度は同居人が寝込んでしまった。人に移すとやはり治るのか?
今日も犬ナース&ナース男が熱烈な看護をしてくれることだろう。そしてその恐ろしさもわかるはずだ…。

rimokoharu.JPG
(写真は看護の交代勤務中に一休みする小春ナース)

2004.03.01

8bit時代のマシン達

えらく間があいてしまったが、ナツカシマイコン関連で所有機種だったMZ-1500のこと以外の当時店頭で触っていた機種についての思い出である。資料なしで書いてるのとなにぶん古い記憶なので事実と違う部分が多々あるだろうがご了承頂きたい。ツッコミ大歓迎。また例によって長くなりそうだが…。

それでは適当に順不同にて。

■ベーシックマスターシリーズ
日立のマイコン。売りがよくわからず仲間内では人気がなかった。当時通っていた電器屋でも電源は繋がっているものの、ディスプレイがつながれておらずほとんど使えなかった。仕方ないのでブラインドプログラミングでドレミ演奏だけ試した覚えがある。BASICで代入文にLETが勝手に入る(I=10⇒LET I=10)んだよな、確か。意味的にはその方が正しい。律儀だがソース見る上では邪魔という…。
日立マシンは後期にS-1という凄いマシン(イメージ)が出たはずなのだが身近で見ることがなくその真価をしることが出来なかった。覚えているのは「走るS1」というコピー(?)だけである。

■JR-100
天下の松下電器のマイコンであった。なんと、当時の機種にしては珍しくカタカナが使えなかったので、みんなの購入対象から外れていってたような気がする。印象的なのはBASIC言語のコマンド文がキーボードのあらゆるキーに割付られていた。「○○押しながら△で"GOTO"を入力」みたいな感じ。
後継機種のJR-200も出たはずだが、あまり見た覚えがない。遠い電器屋までいくのが面倒なので近場の店を探していたときに近所の松下の小さなお店で触らせてもらい「こんな客初めてだよ」と言われた甘酸っぱい記憶がある。あれはいい意味だったのか悪い意味だったのか…。

■VIC1001
Amigaなどで有名なコモドール製。なんといってもその特筆すべきはそのデザイン!
決して奇をてらったものでなく、シンプルなものなのだが、白をベースに黒のキーボード、そしてファンクションキーが縦に並ぶ。これをタイプしているとスパイ大作戦とかの海外TVドラマのような気分。デザイン的には一番好きだったなぁ。置いておくだけでもいい感じ。いまでも筐体がちょっと欲しいかも。

■M5
ソードのマイコン。実物を見たことは実はないのだがベーマガで高品質(そうな)アクションゲームが掲載されることが多く、興味をそそった。おそらく実際はメモリ制限がかなり厳しかったのではないかとと思うが。

■ZX81
シンクレア製。使ったことはないのだけど、いつもベーマガの裏表紙を飾っていたので記憶にある人は多そう。価格が安いので一時ひかれたもののスペックのメモリ容量見てそのメモリ(ステップ数)で何をすればいいんだ?と思った覚えがある。

■SMC777
ソニーのマイコン。松田聖子がイメージキャラクターだったんだっけ。ソニーらしくグラフィックにこだわり、多色使えるのが売りだった…ような気がする。かなりおぼろげ~。

■PASOPIAシリーズ
東芝製。これも身近で触る機会がなかったのだが、雑誌広告が横山やすし師匠だったのが強烈な記憶。

■ぴゅう太
トミーが作ったかなり特異なマシン。売りは日本語ベーシック搭載、ということだった。とはいえ、"GOTO"が"イケ"とかになってるような単純なコマンド名の置き換えレベル。俺は入力速度は逆に遅くなってしまった。
実は友人が購入したので遊ばせてもらったことがある。何より驚いたのはそのデータ保存方式だ。例えば1行だけのプログラムを作ったとして、そのプログラムを保存するとしよう。カセットテープへの保存、読み込みそれぞれに10分近くかかっていたんじゃないだろうか。たった1行のプログラムなのに、である。これはおそらくこのぴゅう太の思想が「まずグラフィック画面背景があって、その上でキャラを動かすプログラムを作る」ということにあったのではないだろうか。そのプログラムがグラフィックを使おうと使うまいと関係なくデータ保存するときはグラフィック画面まるごと+プログラムを保存していたのだと推測する。
ベーマガでもぴゅう太のプログラム掲載は大変だったようでグラフィック画面デザイン用のグラフ用紙みたいなのが載っていた記憶がある。大変だなぁ。
俺は早々にプログラミングをあきらめ、カートリッジ提供のゲーム「Mr.Do」で遊んでいた。こちらは楽しめました。

■FM-8/FM-7
当時(現在もか)の一大勢力である富士通のマイコンである。まず何よりもFM-8は筐体がデカかった。オフコン寄りな部分もあったのだろう。身の回りのユーザレベルではFM-7になってからが人気が出た。
FM-7もクセのあるマシンで、確かキーボード制御等に別チップを搭載しており、プログラム実行速度は速いものの、かわりに「押している間」のキーボード判定ができなかったようだ。ゲームでキャラが左右に動くとするとテンキー操作で
「4:左 5:『停止』 6:右」
とキャラを止めるための操作が必要だったのだ。市販ゲームでもそういうのが多かったので、このあたりが他機種ユーザの批難の餌食になっていた。
また文字をグラフィックとして描くというのも当時珍しく、グラフィック表示後にプログラムリストを流すとリストと一緒にグラフィック画面がスクロールしていくのだった。グラフィック描画能力が高いのでゲームもグラフィック重視のものが多かった。えっちぃ系のゲームも結構あったような気がする。……ちょっと羨ましかった。
あと広告がタモリをイメージキャラにしてたよなぁ。ドラゴンスレイヤーでキャラとして出てきたのがウケた。
 
■X1シリーズ
シャープ製。MZシリーズとは別のテレビ事業部が作ったマシンでテレビとの親和性とスタイリッシュなデザインが目をひいた。X1シリーズについては私見だが、初代が一番格好いいと思う。本体とキーボードが分離され、カラーもワインレッドやスノーホワイト等、それまでにあまり見ないようなものだった。グラフィック、速度ともバランスよくゲームも豊富な人気マシンで、周りでも使用ユーザが多かった。
一時期その友人からマシンを貸してもらってカセットテープ版のXanaduをやっていたのだがフロッピードライブ前提のような作りなのでテープをかっちゃんかっちゃんスキップしまくり。キャラ作成だけで1時間近くかかるような状況だった。それでもあのゲームが出来るという熱意でワクワクだったのである。カセット版を出してくれた偉業自体に万歳である。(でも返却までには諸事情でほとんどゲーム自体は出来なかった…)
この友人、前の記事で触れている俺がMZ-1500で作ったRPGを見せたら対抗してX1で迷路の3D表示プログラムを作ってきやがった。表示速度的に俺のが完全に負け…。ちっ。「MZとは違うのだよ、MZとは」って声が聞こえる。省メモリプログラムのせいかもしれないけども。

■PC-8001/8801シリーズ
言う間でもなくNECの人気シリーズ。以前の記事で書いたように俺が最初にマイコンに関わるきっかけになった機種である。パーソナル向けとしては文句なくベストセラーだろう。当初特出した機能というのはあまり見当たらないのだが後期マシンではFM音源の搭載などゲームを意識したものになっていく。
何よりもこのシリーズはソフト資産が一番の宝だった。
ボコスカウォーズ、テグザー、ブラスティ等、マイナー機種のユーザから見て羨ましさでヨダレだらだらだった。
ホビーPCはPC88,X1,FM-7の争い、というイメージだったな。この後もPC98,X68000,FM-TOWNSとあんまし変わらない構図だけど。
PC98シリーズはやはりこの当時はまだビジネス向けなイメージが強く、あまり触れることはなかった。

■PC-6001/6601シリーズ
PC-6001については以前の記事で触れた通り。最初に購入を目指してたマシンだった。
PC6001はあの独特の消しゴムっぽいキー、押したときの「プッ、プ~~~」という電子クリック音、画面の色滲みなども思い出の一つだ。
そういえばPC-6601SRは友人が持っていた。なんか小松左京氏監修のSFアドベンチャーゲームがついてた。さわりだけやらせてもらったはずだが全然覚えてない…。

■MZシリーズ全般
・MZ-700
所有機種だったMZ-1500の前身となる伝説の名機種。
タイムトンネルシリーズやビルディングホッパー等の有名ソフトを保有する。凄いのはその豊富なキャラクター文字パターンを活かしたキャラグラの凄さ。グラフィックが使えないことをモノともしない、いやむしろキャラグラであるが故にCPU性能は高いと言えないのに高速表示、省メモリ、独特の味わいを実現していた。
また、そのMZ-700でグラフィック表示させるツワモノも現れた。(画面へのライン同期割り込み毎に表示キャラを入替えるという荒業) 雑誌Oh!MZではTinyXEVIOUSが発表されたのも衝撃だった。
数々の伝説とともに『MZに不可能はない』を体現した機種だろう。

・MZ-80B
高級感漂う機種。グリーンディスプレイ、カセットとの一体型で、「コンピュータ」というイメージそのものを具現しているかのような佇まいであった。K/C等80シリーズは他にもあるし、本流でもあるのだろうが、俺的なインパクトは80Bの印象が強い。

・MZ-2500
フェニックスとも呼ばれていたMZ-2000シリーズの強化版。X1の興隆とは対照的に存亡の危機にあったMZシリーズの救世主となるべき存在だった。
ハードウェアによるリスト表示させると酔いそうになるスムーススクロールや新CPUである高クロックZ80Bの搭載等、強化ポイントは多かったものの時代の流れは変えられなかった。

MZシリーズ全般についてまわるOSを後読み込みとしたクリーン設計、今となっては当然なことだが、当時は珍しかった。カセットテープが主流だったので使える状態になるまでの時間が長くなるというデメリットの方が多かったためだ。批難の中にあって最後まで曲げなかった意志の固さは素晴らしい、かもしれない。

■MSXマシン達
Microsoftの名のもとに発表された標準規格マシンMSX。
当初かなり期待していたが、最初に見た感想は正直「今さらこのスペックかい」だった。スプライトこそ搭載されているもののハードウェアスクロールもなく、解像度、カラー色数、速度、どれもあまり目をひくものはなかった。狙い的には低価格ハードに統一仕様でソフトを普及させるというものだったのかもしれない。
その狙いがある程度成功したのか思ったよりユーザはいたようだ。今でもMSXのファンの集いがあるくらい、実は愛されたマシンだったのだろう。
またソフトもコナミを始め、カートリッジゲームも豊富に供給されていた。イーアルカンフーやハイパーオリンピックみたいなやつにみんなでハマっていた覚えがある。
各社が規格参入し、発売されたハードも様々だった。カシオの厚みのないぺらぺらキーボード(すぐ剥がれてしまってたが)は思い出深い。

なんかいろいろと書くべき機種が抜けているような気もするが、あんまりだらだらと長くなるのもナンなのでこのへんでやめておく。(もう手遅れ?)
あー、これでマイコン・パソコン関連は随分吐き出して楽になった(?)なぁ。…あ、X68000が残ってたか。そのへんはいつかまた…まだこのページが続いていたら。

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