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June 2004

2004.06.28

リアルという架空

リアル(Real)は現実という意味である。しかし俺達が一番使う「リアル」の意味するところは「本物っぽい」だろう。しかしその「本物」についてさえ、実はあまり正確な認識をしていないことの方が多いんじゃないだろうか。
例えばチューリップをリアルに絵に描いてください、と言われてマンガ的なチューリップは描けても、正確なものを描ける人なんてそうそういないと思う。間違いが多々あったとしても、おそらくそれっぽく写実的な絵を見せられたらそれがリアルなチューリップの絵だと思うだろう。
結局「リアル」だと感じるのは自分の認識の中の曖昧な記憶と一致しているかどうかによるのだと思う。

SFな設定のゲームにおいても「リアルな○○」なんてフレーズが使われることがある。リアルなエイリアン、リアルな未来武器、リアルなスターシップ。
それらの本物なんてこの世に存在しないものでも「リアル」なのだ。これはどういうことだろう。人は現実には全く存在しないものにさえ本物っぽさを当てはめることが出来るのだ。また、そういう新たなリアルが刻まれる時、驚きと感動を覚える。

手段の一つは既存経験の延長上にあると思えるものを見せることだ。例えば初めて映画で剥き出しになったターミネーターの動く様を見たとき。商業用ロボットなどでの映像知識の延長上でこれは実際に実現されたらこんな感じだろうと思えばそれはリアルな感触をもたらす。また妖獣都市で蜘蛛のような動きで移動するする亜人を見たとき、ベースとなる昆虫の動きについての記憶がリアリティを後押しする。そうそう、きっとこんな感じで動くんだろうなと思ったとき、それを「リアルな動き」として脳裏に刻む。
もう一つの要素はその世界内にて明らかな違和感(矛盾)がないこと、また現実世界からかけ離れ過ぎていないことだ。いきなり人が理由もなく巨大化したり、重力の低い場面を想像させてるのに颯爽と地面を蹴りながら走りぬけられたらやはり嘘くさくなる。

逆にそれほどかけ離れていなくてもこれは違う!と違和感を感じることもある。最近の格闘ゲームのように人体モデルがどんどん緻密になっていってるものの、それが逆に不自然さを感じやすくなった面もある。特に人間の目は、他の色には鈍感だが肌色には細かな判別を行うとの話も聞いたような気がする。相手の肌の色で感情や体調を判断する必要があるからなのだろう。同様に人間の仕草にも評価は厳しい。
映画CGレベルや暗めな演出されていればともかく、明るい画面にゲーム機レベルの3Dキャラクターが出てきたとしてもやはりウソくさく感じるのだ。

つまり、対象が身近であるほど架空のリアルは遠く、生活からかけ離れてるほど架空のリアルは近い。

…なんて何の役にも立たないことを考えた小さな午後。

2004.06.25

小春と弥七『ニューリーダー』

小春と弥七は今日はちょっとした事情で臨時ペットシッターprettyrubyさんとおるすばん。
さて、何を話していることやら…。

rusuban.JPG

小「一体どうなってるのかしら」
弥「お客さんだ!お客さんだ!うわ~い。えへへへへ」
小「もう。すっかり浮かれまくって。おかしいと思わないの?」
弥「あ、そういえばルビー姉さんがいないね」
小「それもあるけど、お客さん来てるっていうのにお父さんとお母さんが姿みせないじゃない」
弥「おとーちゃん、おかーちゃん……誰だっけ?
小「ぉぃ」
弥「う、うそうそ。きっと向こうの部屋でゼンジー北京みたいに何かゴソゴソしてるんだよ」
小「そうかなぁ。物音したらわかるんだけど」
弥「細かいこと気にしないで今を楽しもうよ!うわ~い!だっこだっこ!」
小「ちょっと調子乗りすぎじゃない?」
弥「とか言いながら小春ねーちゃんもシッポふりふりだよ!」
小「だってお客さんはステレオタイプな日常への涼風というか…。でもそうね、変化は楽しむべきだわ」
弥「おとーちゃんいないならイタズラしてもきっと怒られないし~」
小「だめよっ!
弥「えっ!?」
小「なんだかあの人からは危険な香りがするの…絶対逆らったり怒らせちゃダメよ」
弥「……思い出した。おとーちゃんもあの人をシャチョー、シャチョーって言っていつもシッポ丸めてた」
小「お父さん、シッポあったかしら…」
弥「とにかくあの人が一番強いんだね!」
小「もしかしていなくなったお父さんとお母さんもあの人に…。もしそうだとしたらあの人があたし達のニューリーダーになるのね」
弥「ニューリーダー!わかんないけどかっこいい!」
小「今日はリーダー誕生のお祝いね。深夜2時まで騒ぐわよっ」
弥「電気消えててもノープロブレム!」
小「うふふふっ」
弥「うわーい」

こうして確実に安眠を妨げつつ夜は更けていくのであった。

-------------------------
普段から俺らが2時寝なばかりに迷惑おかけしました。
ゴハンは…今度二人から何かおごりま~す!>シャチョー
(シッポ丸めつつ)

2004.06.23

携帯版Wizクリア!

今日から再び出張。長い移動の後の長い長い打合せを経てホテル着。
最近出張が増えて移動時間やら待ち時間やら多いせいか、一時期進行が止まっていた携帯版のWizardly(詳しくは前の記事参照)が着々と進んでいる。
そしてついに今日の移動時間で目的である魔術師ワードナを撃破。うーん、やっぱりWizは面白い。

携帯版は簡易版らしくあれこれ楽だった。城に戻るだけでHPは全回復してくれるし、ダンジョンも地下6Fまでしかないようだ。ファミコン版とかをベースにしているのかもしれない。
今回はそれを知らないままにあれれれ?といきなりワードナに出くわして運良く勝ってしまった。僧侶の替わりにビショップを入れてのパーティだったので回復系呪文はまだ揃ってなかったのだが、なんとかなるもんだなぁ。半分のメンバは死んだけど…。
簡易版とはいえWiz的要素は十分に楽しめた。実際、ワードナを倒しておきながら素直に城に戻らずにワードナの護符を別メンバに確保させたままにしてさらに遊ぼうとしていたりする。まだ妖刀村正にも出合ってないし、忍者も作ってないしで、もうしばらく楽しめそうだ。このあたりの本来の目的が最終目的でないあたりがWizの醍醐味。

なんてことを書いてたらもうこんな時間。留守番の小春と弥七は迷惑かけてないだろうか…。もう寝てるみたいだから明日の朝の様子でも確認しよかな。

2004.06.21

俺とあなたの「ちょっと前」

最近「ちょっと前」や「ちょっと昔」の話のつもりがたいていどれも十年以上前の話ばかりであることに気づくことがある。歳を食った証拠なのだろうけど、ミョーに寂しい限りだ。
特に歌の大辞テンなんか見てるとテキメン。「なんだ今週は最近のかよ」と思ったのが既に十年前のものだったりする。「平成=最近」と思ってる時点でもうダメやな。
最近のニュースで言えばF1でついに佐藤琢磨が表彰台に立った。なんと鈴木亜久里以来14年振りの日本人の表彰台とのことだ。「マジかい、もうそんなに!?」とセナ・マクラーレン世代は思ったのではないだろうか。

これらを踏まえ、自分が何かの思い出話をするという前提で
「ちょっと前」
「ちょっと昔」
はそれぞれどれくらい前を想定するだろうか考えてみた。

個人的には暫定仮定式として、

ちょっと前=((自分の年齢-10)÷5)年前

ちょっと昔=((自分の年齢-10)÷2)年前

という感覚があるかもしれない。単純に「昔」というのは範囲が広すぎるのでとりあえず対象外。10歳以下に昔はない前提式だけど、そういうのは昔というより子供の頃とか小学生の頃と言いながら話してる気がする。

この式の精度を高めると、例えば年齢を記載しないようなアンケートがあったとして、その設問に「ちょっと昔の世間のイベントで印象的だったものを教えてください」とかあったら、そのイベント開催年から書いた本人の大よその年齢が推定できたりしないだろうか。
いや、素直に年齢も聞け、って感じですけど…。

2004.06.18

あると幸せなアレ

出張や旅行中に「あー、アレ持ってきとけば良かった」と思うことは結構多い。財布やら携帯電話やらを忘れたのなら単にバカなのだが、「必須なものではないけどあったら幸せだったのに」クラスのモノだとなんだか妙に口惜しい。

その最たるものは耳かきではないだろうか。

ご推察の通り、出張中の今まさに耳かきて~状態なのである。
延々続く打合せを終え、ホテルで風呂に入り、ビールでも飲んでようやく一息、ってな感じの今、最高にフィットする耳かきでぐりぐりやれたら、さぞ幸せだろう…。
そうなのだ、耳かきであればいいというわけではない。フィットする耳かきであることが重要なのだ。家にも耳かきが数本あるのだが、その中で「これこれ!感」があるのは1本だけだった。しかもその耳かきはちょっと前に小春と弥七に食われてしまい、今はもうない。再びフィットする耳かきに出会うまで失われたフィット感を求めてさすらわねばならない。

痛くなるぎりぎりのスリル、エキサイティングな大物捕獲、身震いするようなピンポイントトレース、闇を手探る勘と賭け。耳かきは身近でいてそのくせリスクと安堵と快感の同居するドラマ性を持っている。
いかん、書いてたら掻きたさ倍増だ。

くそぅ、口惜しいが寝るか。

2004.06.17

加工的同人体質

只今出張中…なのだが、一旦寝てたのに何故だか深夜に起きてしまった。次の眠気が来るまで更新でもしとくか。

最近、ちょっと小説…というにはあんまりだが、ストーリーっぽいものを連続で書いたせいか、昔のことを思い出してしまった。たまたまその頃の師匠と話す機会があったりしたのも何かの思し召し。少しだけ当時を振り返ってみよう。

もう10年近く前になってしまおうとしているのか。「もデ劇」なるものを楽しんでいた頃があった。正式名称が「もっきり屋デフォルト劇場」だっけな。まだInternetが一般的でなく、ネットといえばパソコン通信といわれていた頃だ。

俺は当時ニフティを利用していたのだが、そこではテーマ毎にフォーラムという区切りがあり、その中にテーマをさらにカテゴリ分けした電子会議室が並んでいるというようなスタイルだった。それに加え、チャットでリアルタイムな会話を楽しむことも出来る。フォーラムに絡まないチャットのみの場もあるが、こういったフォーラム内チャットというのは共通のベーステーマがあるせいか話題も見つけやすいし、その道のツワモノも沢山で楽しいものだった。なかなか実生活では繋がりをもたない方面へのコミュニケーションが面白かった。

そんな中、FCOMICというマンガについての話題を話すフォーラムがあり、その中の雑談用会議室「もっきり屋」で、チャットや会議室で知り合った人々をネタ(登場人物)にして勝手にデフォルメしたり女性化したり、あれこれのマンガネタをパロディしたりして遊んでいた。
推測するに実は結構顰蹙をかっていたのではないかとも思う。さすがにどういうの書いてたかまでは忘れてしまったが、パロディは好き嫌いが分かれるだろうし、何より内輪ネタ的な傾向も存在していたからだ。
とりあえずは普通にも読める。でもさらに狭い範囲にはさらにおかしく読める。でも明日にはあなたもその中でネタにされているかもしれない。ネタになってくれるならいつでも誰でもWELCOME。そんなのを目指していたような気がしなくもない。(実現できてたかは別として)
数名で思いついたネタがあれば発表(?)しあっていたので「そうきたか!じゃ俺はこれで」というような張り合いがあり、実際それが一番の楽しみだった。ベースが「お笑い」であることも自分の好みと合っていたし、参加メンバの中の関西勢はやっぱりなんだかんだできっちりオチつけるよなぁ、とか勉強になった…気もする。

俺は同人誌とかに手を出したことはないのだが、その頃のことでわかったのは、俺はそういうある場所に存在する人やイメージを使ってテキトーな話を作り上げることに楽しさを感じる性質らしい。これってある意味同人気質ということになるのだろうか。同居人が回りの人をマンガのキャラクターとしていたのとちょっと似ているかもしれない。
こないだのモリーノもそうだけど、思いついたパロディ(ともいえないそのまんまさ加減だが)を詰め込んで後先考えずノリだけで書いていくのはオリジナリティとしては皆無に近い脊髄反射的なものではあるのだけど、実はそれが書いててえらく気持ち良かったりする。実際、そういうノリのものは短時間であっという間に書きあがってしまったりするし。1行先も考えないままに書き進めて、最終的にそれらしきまとまりが出来たらちょっとした達成感に満たされる。例えて言うなら即興替え歌がうまく繋がった時のよう。でもまぁ、これは自分の個人ページだからこそちょうどいいのかもしれない。

これらを鑑みて俺の性質はゼロからの生産者じゃなく加工者なのだろう。
無に近い状態からひとつの世界を生み出す人がいる。それはやはり天才性だ。マンガも絵も音楽もどの世界も同じ。生み出す天才がいて、フォロワーがいて、加工者がいて、支える愛好者がいる。どれが欠けても立ち行かないものなのだろう。…なんていいつつ、やはり生産者というのは永遠の憧れだなぁ。

しかし、当時のがきっちりアーカイブされていて読み返したりしたら赤面ものなんだろうなぁ。触らぬ過去に祟りなし…。さて、そろそろ眠気ウェーブもきそうだしもう一眠りすることにしようか。

2004.06.13

光学迷彩の日常ニーズ

かなり前の話だがニュース番組(WBSかな)だったかで攻殻機動隊やプレデターに出てくるような光学迷彩(自分の姿をカメレオンのように背景と同一化させて相手から見えなくすること。別名DonDokoDon平畠スーツ(嘘))を限定された状態ながらある程度実現させる技術を紹介していた。
たしかカラクリとしてはスクリーン替わりの光を来た方向に戻す特性のある布をまとい、そこへあらかじめもしくはリアルタイムに撮影した背景画像を投影するというものだったと思う。
ググってみたらこんなところがあったので、これが紹介されてたのだろう。
攻殻機動隊的な全方向の光学迷彩にはまだまだ遠いものの、それらしく姿が消えるのはなかなか見物だった。シーンを限定すれば使い道は結構ありそうだ。

さて、この調子で光学迷彩が実現されていったら…普通に考えると一番のニーズはやはり元ネタ的にも軍事目的になるのかもしれない。しかし、ここで敢えて庶民的なニーズを考えてみたい。犯罪に悪用するのではなく、日常的に見えなくなると嬉しいもの…何かないだろうか。

●毒部屋擬装
エロ本&ゴミだらけのキタネー部屋にぱっと布をひらり。これだけで清潔・整頓されたスタイリッシュな部屋の出来上がり。突然の彼女の訪問にもスマートに対応可能だ。

●スリム化擬装
最近ヤバくなってきた腹の肉、歩くと股が擦れる足…。そんな悩みや辛いダイエットとももうサヨナラ!体の気になるあの部分にワンポイント光学迷彩。
ぽってりウエストもほら、こんなに細く!(見える)
憧れだった足の隙間も簡単に空く!(ように見える)

書いててちょっと思った…スリム化擬装これマジで需要あるかもしれん。本質的には問題解決しないんだけどね。

ちなみに今地上波でもやってる攻殻機動隊SACでは光学迷彩も勿論だが、超A級ハッカーがその場にいる全員の視覚をハッキングして「見えてないことにする」というカタチでの「隠れ蓑」が表現されている。ほとんどの人が電脳化された世界が前提ではあるが、ある意味これこそ究極の「隠れ蓑」かもしれない。

2004.06.11

勝手に想像版『森のモリーノ』

同居人が小4の頃初めて書いたという伝説のマンガ『森のモリーノ』
ストーリーは一切聞いてないが、タイトルだけで深い感銘を受けたので、リスペクトの証として勝手にタイトルからストーリーを想像&ノベライズしてみよう。

みんな、グッドモーリン!あたし、モリーノ!
本当は森繁ひさ子っていうんだけど、ちょっとイタリアンな顔立ちのせいか、みんなからは「モリーノ」って呼ばれてる。ちなみにペットはミニチュアダックスのアントニオ。
去年事業に失敗したお父さんがいきなり北海道の富良野で原始生活するんだなんて言い出して、結局北海道こそ行かなかったけど今の家は水道も電気もないような森の中になっちゃった。それ以来、あたしのあだ名は「森のモリーノ」。
最初は戸惑ったけど、少なくとも「夢がモリモリ」よりはマシかな、なんて最近はちょっと気に入ってたりして。

あ、そんなモリーノにもついに事件発生!問題発生!
あたしがいつものようにアントニオと薪割りしてたら振りかざした斧がすっぽ抜けちゃって、たまたま森で迷ってた人の頭にゴスッて。いっけなーい!また殺っちゃった!てへっ★
ちょっぴりそそっかしいのがあたしの短所ねっ。もうっ。また桜の木の下に埋めなきゃ、あーあ、あれ大変なのよね~なんてブルー入ってたら、なんとその彼、生きてたの。

モリーノ、ヨ・ロ・コ・ビー!

彼はむっくり起き上がって左腕をおさえながらあたしにいったの。
「医者はどこだ?」
真っ赤に染まった彼の頬。もしかしてあたしを見て照れてるの?
「責任とっていしゃ…」
そのまま彼はうつむいて黙ってしまったの。シャイなのね。でもね!「責任とって」なんてプロポーズの台詞じゃない? ちょっと突然すぎるハプニングにあたしの胸も彼の脈もドクンドクンいってる。

今お父さんが帰ってきちゃったらどうしよう。二人のこと許してくれるかな、なんてまだ返事もしてないのにモリーノたら。でもこれってやっぱり運命なのかな?

<続く(嘘)>

ちょっとライ麦畑風かな(ぉぃ)
さっき記事見てその勢いだけで書き上げました。ストーリー当たってるかなぁ。(どきどき)

2004.06.10

ハーレクイーン2048

今日は特に書くネタもないので、以前瀕死の200LXからデータを吸い上げてて見つけた数年前に書かれてたものをほぼそのまま流し込んで済ますことにする。タイムスタンプからすると6年前位に書いたものと思われる。

--------
ある文化が発展した場合、当然のようにそれに関する言葉が産みだされ、また浸透していく。インターネット関連技術の普及もまた様々な言葉を浸透させていくはずだ。

ちょっとカジった人ならWEBとかURLとかを普通の会話として使っているし、ホームページやE-mailなどの言葉は既に一般的用語となっている。インターネットを題材にしたドラマや映画も多く作成されはじめた。
この調子で更にインターネットやそのベースとなるコンピュータ、OS関連の言葉の一般流出が続けば文学への影響も当然の話となるだろう。
きっとこれから何十年もあとの小説は変わっている。例えばハーレクインばりのラブロマンスはこうなっているのではないか。

 :
そして僕は再び彼女のレイヤ7、心へのアクセスを試みる。今こそセカンダリだった僕がプライマリになる時なのだ。 手に触れ、声をかけ…僕は下位レイヤからどんどん彼女の上位レイヤに近づいていった。 幾多の誤解をプロトコル変換し、僕はついにレイヤ7に辿り着いた。彼女の最後のセキュリティ。

ログインIDはLOVE、そしてパスワードは…FOREVER

静かにドアは開かれた。

これまで僕の想いが彼女に/dev/nullリダイレクションされていた日々が頭をかけ巡る。僕はスプールしてきた想いをfulldumpしたい欲求を止められなくなっていた。
彼女のレイヤ7にアクセス出来たことを歓喜する気持ちをbackground実行させながら、僕は彼女への愛のftpセッションを始めようとした。彼女がかすかに唇を震わせてRIPを紡ぎ出し、僕をターゲットへとルーティングする。

セッションは開始された。

終わりなき愛のmput。
止められない僕の想いはnonprompt。

彼女のduはどんどん昇りつめていく。確かなコネクション、十分に潤った帯域は少しのコリジョンも感じさせない。

その瞬間をどう表現すればいいだろう。僕はあらゆるものにリンクしていた。途方もないハイパーリンクの彼方に何かが見えた気がした。そしてそのまま眠りに落ちてしまった。

僕はまたヒストリ検索に浸っている自分に気がついた。
あれから幾月が経っただろう。彼女の全てをchownできたと思ったあの日から、chownされたのは僕のほうだと気づくのに時間はかからなかった。
僕の部屋も財布も彼女にマウントされ、パーミッションも書き換えられてしまった。彼女のrhostsに僕の名前が書き込まれた今も、結局マスタースレーブな関係は変わっていないらしい。
僕はこれから続いていくだろうcronな日々を仮想記憶にマッピングし、 慌ててそれをexpireさせた。
 :

ああ、数年前も今もレベルかわりなくくだらないことを書いているということが証明されてしまった。ちなみにハーレクイン系ってこれ書いた頃も今も含め一度も読んだ事ありません。ごめんなさい。てかこれ全然そういう系を向いてないじゃん、今見ると…。

UNIX系の知識やISO階層モデルが一般に使われることは今後もないだろう。逆に書いた当時に比べてコマンドでのオペレーションなんてクライアントレベルではほとんど必要なくなってしまった。当然といえば当然だがちょっと寂しかったりもするなぁ。

2004.06.09

最強監視カメラソフトLiveCapture2!

最初の頃の記事で触れたようにうちでは留守番中のペットの様子をWEBカメラにて監視をしている。監視のために使用させて頂いていたソフトがDaddy'sHOMEさんのLiveCapture2でした。そしてついにこのソフトの待望の正式版が発表!しかも以前からの宣言通りフリーのままで、さらにさらに開発途中版から大幅にパワーアップしての発表なのである。
さっそくダウンロード&設定。設定しながらなるほど、なるほどの連続。

これ最高最強です。

動画配信、携帯からのスナップショットリクエスト&画像受信など、開発版で欲しかった機能がほとんど実現されています。画像設定も需要に合わせてきめ細かに変更可能。
ペットの留守番監視、留守中の泥棒対策などいろんな活用の仕方があると思いますが、インターネット常時接続環境さえあれば私の知る限り最低コストで最高の機能を持っていると思います。俺自身1年以上の使用ユーザですし、安定度も実証済み。
作者様、本当に素晴らしいソフトをありがとございます。留守中の犬達の姿を確認できる幸せは当初の想像以上の楽しみになっています。

低性能ノートPC&超低速なADSLなので動画配信はちょっとつらそうですが、最近しきりにチラシが入ってくるBフレッツが本気で気になりだしました。ヤバいヤバい。

2004.06.08

給湯室のシャア

いつものように眠気覚ましの朝コーヒーをドリップするため、会社の給湯室へ向かった。いつもの朝のいつもの眠気。軽く立ち上る湯気と1杯20円のドリップコーヒーの香り。そんな変わりばえのしない朝……いや、そこにわずかな違和感が割り込んだ。
なんてことはない、いつの間にかこの給湯室に置いてある洗剤が一つ増えていたのだった。

しかし以前から置いてあった洗剤も同じ場所にまだ健在である。洗浄液もまだたっぷり残っているから切れかけて補充したわけでもないだろう。ただ一つ、特筆すべきことは、その以前から置いてある洗剤にはとある特殊ラベルが張られていたのだ。

コピー用紙を切り抜いて糊で貼り付けただけのようなそのラベルにはこう書かれている。

「シャア専用」

敬礼する少佐のイラスト入りだ。ご丁寧に少佐からの「ぼうやだからさ」のコメントまでついている。

洗剤が一個増えたのはこのラベルを見て「あら、これ誰かの専用なんだ」と別に追加して持ってきた人がいるということなのだろうか。ほんのちょっとだけうちの会社が好きになりました。

給湯室で3倍速く赤いカップを洗うシャア…そんな想像に少しだけ目覚めの早い朝であった。

ちなみに洗剤の色はグリーンだったので今度はちゃんと赤い洗剤のやつに貼ってください>見知らぬ貼り人

2004.06.07

思索の果ての虚無

例えばある日、男子トイレに入ったとする。いくつか並んでいる小便器を眺めつつ、ひとつをチョイスするのだが、そのときふと気づいてしまったとする。

どの小便器も右側のフチにばかり毛が落ちてないか?

気にしなければいいことなのだ。そんなことは。毎日掃除してる人がふと思い立つ機会はあるかもしれない。だが、打ち合わせの貴重な休憩時間にかけこんだトイレでわざわざそんなことに目をくばる必要などない。なのに思考は巡り、仮説を立ててしまう。

まずあの毛はまごうことなくあの毛だろう。たまたま今日がそういう配置に偏っていただけなのかは確信はない。場所が場所だけにタマタマで済ませていいのだろう。しかし3/4つまり75%というこの場の確率から何かしらの因果関係が存在する可能性は無視できない。 落ちるタイミングを考えるとナニを取り出すとき、しまうとき以外はほぼ考えられない。タイミングはわかったとして何故位置が偏るのか? それはおそらく利用者のほとんどが右利きだからではないか。右手で出し入れされるならば落ちる場所もやはり右側に偏りがちだろう。 なるほどこれで筋は通る。

脳というのはかなりの燃費食いで、結構なエネルギーを奪う。この推論にもしっかりエネルギーと時間を消費しているのだろう。おそらく使用されるエネルギーはこれも特許のネタを考えるも政情を憂うも変わらない。
故に我あり…と誰かが言った。しかし、その思索の対象はこれでもOKなのか? 思索の果てに待つ虚無に近しい無力感の中、意外と果てたるそこが心地よいことに気づく。

くだらないことと等価な大事なこと、嬉しいことと等価なむなしいもの。これはある種の悟りではないのか。

なんて高尚な思いは体内の熱と一緒に放出され、そこにはただ毛が残るだけなのであった。
んー、今日はなんだかワビサビに富んでいるなぁ。

2004.06.04

色気とギャップ理論

「色気」…最近Yahooが辞書機能も導入したのでそれにかけてみると、いわゆる「男女の色気」といわれるものに相当しそうなのは「異性に対する関心や欲求。色情」や「人をひきつける性的魅力」といったものになるのだろう。
ちなみにこのワードは同居人にとって結構デリケートなものなので今日は極力ひっそりと語ろうと思う。

このような色気を形成する要素が何であるのかを考えてみる。題材が題材なだけにさまざまな捉え方、感じ方があるのは承知。個人的な判断でしかないだろうけどもある切り口程度で考えてみたい。

まずは肌の露出度のように直接、性的感覚に訴えるものがあるだろう。しかし、それは「お色気」ではあるかもしれないが「色気」ではないと個人的には区別しておきたいと思う。バストがどうとかの少々の体形の違いも「お色気」ではあるかもしれないが「色気」ではない。きっと「色気」というのは同じ服装、同じ体形であっても差異が出るものだと思う。それは「色気」がセクシャルな請求力を持たないという意味ではなく、意図的に発散させているものと、意図させずに持ち合わせているものとの違いだ。これもわかりにくいか。敢えて一言で言うなら吐き出すのが「お色気」、包むのが「色気」だ。断っておくが別に「お色気」を卑下するものではない。そちらはそちらで立派な魅力だ。

さて、さきほどの言葉の定義で特に注目したいのは「関心」や「魅力」という言葉だ。人が相手に何故関心を持つのか、魅力を感じるのか。「関心」は「知りたい」と思う気持ちがその根源となるだろう。一方、魅力は「自分との違い」から引き出されるものではないだろうか。この二つの要素は「違いを知りたい」という点に収斂される。

この「違いを知りたい」という欲求を駆り立てることと色気の関連、それを端的に言えば、その人を覆う独特のムードがあるかどうかではないかと考えている。覆われたその中にいつも見えてるのとはちょっと別の真実の姿や思いつかないような変遷があるのでは、と感じとれたらそれを脱がせてみたくなるのが人情だ。それが関心となり、魅力へ繋がる。覆っているもの異なる中身がその人のちょっとした隙に垣間見える。それはソウル系チラリズムといってもいい。
このように見え隠れする自分との、普段との違い=ギャップこそ色気の根底にあるのではないかと思うのだ。ギャップが大きいほど想像の幅が広がる。その想像の余地が生み出すイメージの膨らみこそ「色気」なのではないか。
世界のほとんどのパワーはギャップから生み出される。温度のギャップが空気の流れを作りタービンを回すように、ギャップあるところにはパワーが生まれる。

ギャップ理論におけるギャップにはさきほどちらりと触れた通り、大きく2種類ある。

【自他ギャップ】
これはそのまま自分と相手のギャップだ。それぞれが生活する場所でもいいし、基本的な性格・行動力・体格の違いでもいい。生理的な嫌悪感が出るようなギャップだとアレだが、考え方や価値観の違いをベースとした思考ギャップが一番繋がりやすいだろう。相手が見えているだろう世界の違いへの関心は魅力へ繋がる。男女での「種の違い」を感じさせられるような明らかな性差ギャップからくる衝撃とか。ただしこのギャップのみだと色気よりも憧れとかの方面へむきやすい傾向はあるかもしれない。

【多面ギャップ】
同じ相手でもその奥に別の何かが隠されているような部分があるように想像できると、いつも見えている姿とのギャップが発生する。おそらくこれがもっとも色気に繋がりやすいものだと思う。この人の奥を暴きたい、隠してる部分を見たいという欲求がリビドーを刺激するのだろうか。

もし多面ギャップのサンプルをあげるならこんな感じだろうか。

・いつもはガサツに振る舞っている彼女がふとした瞬間に美しい仕草を見せる。
・人づきあいがよくいつも軽いジョークを飛ばしてくれる彼。でも時々一人で何か考えこんでるような思いつめた暗い瞳を見せる。
・いやー、なんつっても浴衣姿っていいよなぁ

なんか一つ余計なのもまじってる気がするが、パターン的にはエロゲーにでもありそうなキャラ・シチュエーション設定だなぁ。

もちろんギャップさえあればいいというワケではない。ギャップが生み出す想像の余地がセクシャルな方面にも及ぶかどうかで印象は異なってくるだろう。

・何事もにこやかな対応で周囲を癒している彼女。だけど彼女の引き出しに「うらみ帳」が隠されているのを発見してしまった。
・日々クール&ドライに仕事の出来る彼。本を読みながら珍しく笑いを噛み殺してるような表情だったのでこっそり何読んでるかチェックしてみたら根本敬の漫画だった。

が、色気に結びつくかどうかは難しいだろう。いや、相手のツボによってはあるいは…。

知ってるつもりの人の別の面の気配を感じると何かか欠けた気分になる。それを埋めようとする欲求が関心だろう。ギャップをトリガとして生み出された関心が広がり、相手全体へ及ぶとき、それは「色気」になる。そんな仮説も面白いのではないだろうか。

…なんてあれこれ書いたけど、ツボは人それぞれ違うから一概にいえることはないってのがホントのところ。さらにいえば禁忌などによるギャップ増幅、そして絶対色気と相対色気とがあって……なんてちっともまとまらなくなるのでこのへんで。

2004.06.03

慣れと油断の定期更新

うちの車の駐車スペースは駐車場の中でもちょっと奥まったところにあり、途中で方向転換してしばらくバックしながら車庫入れせねばならない。とはいえ、もう何度となく繰り返していることなので、特に面倒とも思わなくなっている。慣れたものだ。

先日、車であちこち出かけてマンションへ帰りついた時のことだ。いつものように途中で方向転換し、バックで自分の駐車スペースへぐんぐんと近づく…近づ…えっ!
慌ててブレーキを踏んだ。かなりスレスレのところに見知らぬ車。本来の駐車スペースから1台分ほど前に住人のものでない車が停めてあったようだ。抗議のクラクションでハンパ駐車していた車は謝りながら去っていった。まだ日が落ちきる前でなんとか視界があったから良かったものの、とっぷり暮れていたらブレーキが間に合ったかどうか。
バックでスピード出しすぎなのも悪いのだけど、これも慣れによる油断だ。そこにあるはずがないと思ってるのでちらりと視界に入っても奥に停めてある「あたるはずのない」いつもの車だろうと思い込んでしまう。俺が注目していたのは「ぶつかるところにあるはずがない」真後ろの車でなくハンドルを切る角にある「ハンドルをミスると擦る可能性がある」車の方だった。
毎日の生活となっている駐車場内ということで、どれだけ油断していたかがわかる。日常的なことほど微妙な変化に気づき難い。

同じようなことはきっと他のシチュエーションでもやっているのだろう。仕事でも日常的な作業でこそ、ちょっとしたイレギュラーを見過ごしてしまいがちだ。
人間関係もまた然り。毎日のように話してる親しいと思ってる人についてはどんなときでも「この人はこういう人」という前提のもとで話してないだろうか。そんな思い込みがブレーキをかけるべき言葉をもスルーさせてしまい、時に相手を傷つけることもある。「いつも通り」じゃない話題やタイミングもあることを頭の片隅に入れておかねばならないのだろう。

どれくらい相手、状況にリセットをかけて再認識することが出来るか。それ次第で新たな表情や新たなルートを見つけることが出来るのかもしれない。そんな楽しみもあるのなら今よりちょっとだけ手間が増えてもそれに見合う価値はありそうだ。

2004.06.02

ギターパンダな時間

パンダが抱えたエレキギター、そして寡黙な男とカクテルドラムという縦型の小さなドラム。
こんな異色の構成で世界最小音量バンドとしてこっそりと活躍しているギターパンダ。どれくらいの人が知ってるものかわからないのだがライブシーズンを前にしてなんとなく今日はギターパンダについて書いてみようと思う。
基本的な情報は山川のりをホームページでゲットできる。ちなみに同居人もこのへんでちらりと書いてたりする。昔を含めて同居人の方が詳しいのだが、俺的ギターパンダについてもまとめてみたかった。

ギターパンダのバンド構成としてはボーカル&ギターの山川ノリオ氏、カクテルドラムにヤギヌマリョウ氏の二人構成のバンドだ。
山川ノリオ氏は、かつて「ディープ&バイツ」、「忌野清志郎&2・3s」のギターや「山川ノリオ&アイスクリームマン」などを経て、現在はソロもしくは「ギターパンダ」として意図的に地味に活動を続けているようだ。
ちなみに俺は昔の情報はあまり知らず。同居人が詳しかったので昔の手持ちのアルバムなどをいろいろ聴かせてもらった。ギターパンダとしてもこのあたりの曲を時々やってくれたりするが、いい曲が沢山あるのでライブで聴けるとえらく嬉しい。

ギターパンダの特徴を挙げるとするならば…

●パンダがギターを弾いてる
ただしこれは酸素が足りてる最初の間限定である(笑) あの状態でよくギターちゃんと弾けるなぁ、と感心。
●二人構成と思えない迫力の音圧
これはノリオさんのギターテクの凄さも大きいのだろう。さらにノリオさんの全身での格好いいアクションも手伝って迫力十分だ。淡々とリズムを刻むリョウさんとのコントラストもいい味。
●キャラにも注目
毎度シャイな部分をからかわれるMr.「掃除好き」ヤギヌマ氏。でもかっこいい。
●コール&レスポンス
ギターパンダのステージング名物(?)といえばコレでしょう。観客を巻き込んでのコール&レスポンス。軽妙でたまにシモいトークも手伝って会場はいつも賑やかな笑みが溢れている。基本的にいつも小さいライブハウスでやるのでまさに面と向かってる状態。でもこの距離こそがギターパンダを楽しむための距離なんじゃないかと思う。コール&レスポンスは苦手な人もいると思いますが(俺もどちらかというとそう)、たまにはガシガシやるもよし、ほどほどに合わせて雰囲気だけ味わうもまたよしではないでしょうか。
●名曲の数々
ロックの気持ちよさ。ポップなアタリに仕上げてるものの、根っこはバリバリのロックだ。ノリオさんの独特の声もあって、いい感じに気負いが抜けた歌がストレートに響いてくる。
中には「ヘロイン」みたいにタイトルだけ見るとヤバそうなものもあるけど、いや、ホントにヤバくて名曲です。「スペルマ」は深い深い愛のバラード。遠距離恋愛や出張の多い彼氏をもつ女性にこそ是非聞いて欲しい名曲なのです。
どうです、聴いてみたくなってきましたか? 「サイコー」も最高です。

俺の大好きな曲の一つ「ロックンロールギタリスト」より。

♪人間死ぬまでに出来ることはせいぜいひとつさ
    ~
   ロックンロールギタリストになるんだ

このシンプルな歌の中にはそれまでのいろんな経験を経てこそのシンプルさがあるのだと思う。何かを好きになって、憧れを持ち、そこへ近づこうとする。それは簡単なこと。でもその簡単なことがどこに含まれているものなのかは実は見え難い。たどり着こうとして時に大きな流れに巻き込まれる。流されたり、流されまいと逆ったりしてる間に「簡単なこと」が見えなくなってしまう。
この歌を聴いてると大事な何かを犠牲にしなきゃ…なんて考え方しなくても、本当に好きなもの、大事ないくつかのものを守れるような折り合いのつけ方はいくらでもあるさ。そんな気になってくる。とかく俺らは「幸せ」に条件をつけ過ぎる。条件をクリアすることが目的になっている間は本当の意味で幸せになんてならないのかもしれない。

とまぁ、簡単にいくつかあげてみたが、ギターパンダの魅力というのはこういう風に要素を切り抜いていくものでなく、ライブ会場での全ての出来事を楽しむところにあるのだと思う。
歌う人がいて、奏でる人がいて、そして聴く人がいる。
歌う人が語り、奏でる人が動き、そして聴く人が応える。
ノリと笑いと顰蹙と時に圧倒と感動と…。そんな場のゆらめきを含めた「音楽にとりまかれる人と場所」全てがギターパンダのライブ要素なんだろう。

ライブを終えての帰り道に、自分も一緒に観にいった人も「やっぱライブっていいねー」なんて話しながらなんだかいい顔をしている。それこそがギターパンダの一番の魅力だ。

ちなみにライブで聴いてみたい、と思ったらMLへ登録することをオススメします。逆にそれ以外で近くでやるのを知るってのはマメにHP覗くかライブハウス情報によっぽど通じてないとツラいかも…。
てなわけで次にまた福岡に来るのを楽しみに待ってるのであった。



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