出張から帰ってきて、ここの更新もせずに飯と犬の散歩と惰眠以外のほとんどの時間を「うしおととら」全33巻の一気読みに費やしてしまった。でも満足。
そんなわけで、今回は軽く「うしおととら」のレビューでも。
連載当時は万年金欠学生で、マンガ雑誌は買わずにコンビニや定食屋で飛び飛びで読んでいた。それで大体の筋は知っていたのだがこうして落ち着いてまとめて読むとやはり味わいが全然違う。伏線とか全然覚えてなかったしなぁ。
この「うしおととら」が嫌い、という人をこれまでほとんど見たことがない。いわゆる少年漫画系の絵で読む前から敬遠する人はいるかもしれないが、読んでみてつまらなかった、という人に連載当時、完結後を通して実生活でもパソ通時代を含め出会った記憶がない。いや、わざわざみんなに聞いてまわってたわけではないけども……。
サンデー名作ミュージアムとかにも入ってるくらいなのでみんな知ってるかと思いきや、作品知名度は意外と低いような気もする。アニメ化されなかったからかな? そういう意味では不思議なスタンスにいる作品だ。
んで、この藤田和日郎氏の「うしおととら」はサンデーに連載されていた少年マンガである。
詳しいあらすじはさきほどのリンク先にもあるので簡単に言うと、平凡な日々を送っていた中学生「潮」がある日、寺の地下で友達を助けるという交換条件で槍に封じられていた妖怪を解放してしまう。解放してしまった妖を封じたいうしおと隙を見てうしおを食らおうとするとらの奇妙な共同生活(?)が始まり、とらを封じていた「獣の槍」と「白面の者」という存在との因縁に巻き込まれていく。というものだ。
もー、どっからどー見ても少年漫画って感じ。
といいつつ少年漫画とは何か、なんて議論をしたいわけじゃないので卑怯にも個人的印象によるキーワードの羅列だけしてしまおう。
「成長、強くなる」「ヒロイン」「男ならば(熱め)」「臭いセリフ」「友情」「信頼」「対決」「仲間」「前向き」「目で語れ」「大ゴマ」「変化(へんげ)」……。
更にサンデー的には「萌え系サブヒロイン」「気づかずモテモテ」「幼馴染」などのキーワードも追加しておきたい。
これらからいくつかピックアップしながら魅力を探ってみよう。
【大ゴマ】
表現的なことだが、「うしおととら」の中で効果的に用いられているのが1ページまるごとや見開きを使った大きなコマでのババーン!と迫力のある描写だろう。ポーズや陰影なども気合が入っている。
これにはかなりこだわりというか魂を注いでいるのではないかと思う。それは「どうしたらこいつらのカッコ良さを表現できるか」という一点に集約される。対象はうしおやとらだけでない、サブキャラ、敵対する者に至るまで魅せてやろうという意気を感じる。
カッコいいうしおに、とらに、白面の者の禍々しさに、次々と現れる「凄い奴ら」に大ゴマでシビれて欲しい。
ちなみに「うしおととら」の後の作品である「からくりサーカス」でも確か初回に「しろがね」という女性キャラの印象的かつ幻想的な見開きページがあったような記憶がある。その絵一発でその作品世界のイメージをぶつける、そんな意志の入ったページだったと思う。
【目で語れ】
ついでなので描写系をもうひとつ。
少女マンガ系との大きな違いの一つは目や眉の描き方ではないかと思う。もちろん、お互いいろんな表現があるが、全体的には少女マンガ系には人間として逸脱しない程度での表現が多い。デフォルメ的な表現よりも微妙な心理変化を表現する繊細な目を描く。
ま、マヤさんや亜弓さん、キャロルさんやメンフィスさんみたいに白目むいたりするおおらかな表現のもありますが……。
うしおととらや他の少年漫画系の一部での過剰表現は目で言葉以上の何かを語らせようという意図が見える。それは時に曇りのない意志の強さ、時に逸脱した狂気を描き出す。「哲」の異常系キャラの目もそうだろうし、眉毛だって元々顔から飛び出してても構わないのだ。
一気読みした後しばらくたってもうしおの目が脳裏に残る。変わらない力、変えるための力。それを蓄えた目を覗いてみて欲しい。
【男ならば……】
これは他のキーワードとも関連するのだが、男であるからにはヒロイン達を、そして見知らぬ人々を守るのだ。それがヒーローに与えられた普遍の役割である。
うしおととらは旅の先々でいろんな人と会い、いろんなヒロイン達と出会う。それは人だったり妖だったり様々だが、その負った苦しみを取り払うためにヒーローはいる。守るためには強くあらねばならぬ。時に傷つき、己の非力に泣きながら成長を続けていくのだ。この系の少年漫画における「強くなる」ことは必要不可欠な要素の一つだ。諦めるな、立ち上がれ、そして勝つ。
そんな風に彼らを見守りながら自分を重ねて俺らマンガ少年は育ってきた。俺は残念ながら「うしおととら」の頃には少年じゃなかった気がするが「やっぱこうじゃないとね!」と改めて思う。
【モテモテ】
もしかしたら好きなマンガとしてこの「うしおととら」と共通してる人が多いかもしれないが、通しで読んでいて思い出したのが長谷川裕一氏の「マップス」だ。こちらはSF冒険モノであるが、あれこれと似たものを感じる。
謎に包まれた大きな戦いの中へ否応なく身を投じていくことやサブキャラ達との関わり方、主人公のまっすぐさ。そしてサブヒロイン達にモテモテなところもだ。ただしマップスの方がエロ加減では幾分勝っていると思われる。(何の勝負だよ)
萌えと燃えの比率は微妙に違うかもしれないが、異なる二つの存在が悪口いいあいながらも誰にも代えられぬパートナーとなってとてつもないパワーを生み出していく姿が重なるのだろうか。
【二つの変化(へんげ)】
うしおが獣の槍を手にする。一瞬にして髪はのび、その振り乱す髪の奥から鋭く力強い目がのぞく。それは超越した力を手にした証なのだ。正義感の強い中学生から槍の使い手への変貌、そしてゾクゾクするようなパワーと高揚。それは変身ヒーロー物的なワクワク感をもたらす。
そしてもう一つ重要なのは彼らが変化をもたらすものであるということだ。うしおは自らを変化させるのみにとどまらず、そのまっすぐなチカラで周囲をも変えていく。諦めを希望に、憎しみを慈しみへと。
周囲への変化をもたらす爽やかな風。それが前述のマップスのゲンと一番重なるところでもあり、揺ぎ無いヒーロー像の根幹を成しているのかもしれない。
うしおととらはこの二つの変化により構成されている。与えた変化の積み重ねがさらなるドラマを産んでいくのだ。
……今気づいたがオススメっつーより読書感想文みたいになってるな。いかんいかん。あまり部分だけ取り出して考えても仕方ないのかもしれない。
味のあるキャラクター達を乗せてうねりゆくストーリー本編もこの作品の見所だ。徐々に明らかになる謎、そして波乱の展開。どこまでが元々あった設定で、どこから追加されたものなのかはわからないが、破綻することなくストーリーはまとまっている。特にラスト付近での怒涛の展開には目を離せなくなるだろう。
そして本筋(獣の槍や白面の者関連)以外のいわゆる短編妖怪退治モノとしてのエピソードも面白い。それはうしおととらというキャラクターの魅力も勿論だが、エピソードに出てくる妖が単なる退治され役でなく、しっかりとメインキャラクターとして描かれているからだ。彼らの持つバックグラウンドは川口まどかの「死と彼女と僕」での霊達と同じように時に非情でエグく、時に切なくまた悲しい。
あと、いや~なシチュエーションで現れる衾や山魚などの存在感。そういうところが面白くさせている。本編の展開どうとかより「サトリ」の話が好きだ、なんて人もいるだろう。
紫暮やヒョウなどの親父系キャラのカッコよさとか他にも触れたいことはあるが、思ったより長くなってきてるのでこのへんで。「うしおととら」はキャラクター、ストーリー、伝えるための画力が高いバランスでまとまった作品だ。
読み始めたらきっとあっという間の33冊になる。仕事に差し支えないようにご注意を!(ってそりゃ俺か?)
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