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日記・コラム・つぶやき

2006.09.20

LAFESTAドタバタ購入記

Lafesta01

こちらに書くのはどれだけぶりだろう。
つい先日、車をNISSANのLAFESTAに買い換えた。後の自分メモを兼ねて納車までのドタバタを残しておく。

◆まだ先の話だよな
それまで俺と同居人が乗っていたのは軽のスズキラパンだった。俺ら二人ともそこそこデカいのと当初1匹予定だったワンコが2匹になったこともあり、ワンコグッズを載せるとちょっと車の狭さがつらくなってきていた。走行性能的にもほぼ常に二人+2匹が乗るのでちょっとした坂道でもターボなきラパンは苦しげ。家族や友達を乗せるとさらにキツい。「そのうち5ナンバーでいいから車買い替えたいねぇ」というのは話題になってはいた。しかし車検通してまだそんなに間もないし、あと1年頑張ったら本格的に考えるか程度だったのだ。

◆査定だけのつもりが……
何事もシミュレーション大好きな同居人は「もし買うとしたら」の候補を上げて楽しんで(?)いたようだ。ラパンを選んだことかもわかるようにスクエア系、ポップ目のデザイン好みなので候補にはモビリオなどが上がっていた。(bBはヤン臭が強くなってきたのとCUBEは街で見かけ過ぎなので除外された模様。俺もこれには同意)
最近はWEB上で新車購入の見積りもすぐ出来る。二人して「へぇ、これくらいになるのか」などと話していた。モビリオは特にW.O.Wコンセプトなるワンコありきのコンセプトカーがモーターショーなどで参考出展されていたようで次期モビリオはそれがベースになるかも、との噂。それが出た頃ちょうどいいかな、HONDA車乗ったことないから楽しいかもねーなどという会話がされていたのを覚えている。
買うかどうかの確定は一切されてないけどなんとなく気分的には盛り上がっていたのでワンコの散歩を兼ねて近場のHONDAで実車を見たり、参考に自分の欲しいオプションつけての見積だしてもらったり。WEB見積で大体の出費予測は出来るとして、シミュレーションできないのが車の下取り額。ついでだからこれも無料査定とかで今の時点での参考にしてみるかとネット査定を申し込んだ。
その後のバタバタは同居人ページに詳しいのでここを参照してもらうとして、結果として正直自分らで「これくらいかな」と思っていた査定額の+10万オーバくらいの提示額に負けて手放すことにしてしまった。
エンジンこそ快調であるものの、走行距離4万kmオーバー、かすり傷あり、純正CDコンポ故障、ほぼ常にペット乗車、キー壊れたまま、マイナー色(黄色)と決して条件良くなかったはずだが、欲しい人がいてタイミングが良かったのだろう。マイナー色は逆に今は生産されなくなった色なので人によっては逆に価値があったのかも。
まだ買い替えの予定も確定してなかったため、「なんなら6ヶ月くらい代車OKです、保険もついてます」ということで代車を。しかし古いセダンのため俺らには窮屈すぎ。結果としてこれが車探しを加速させることになる。

◆ナビだけは確定
「次に車買うときはナビつけよう」
これだけは購入タイミングによらず決まっていた。というのも俺が本人も認めるくらいの地理&方向オンチだからである。旅行ではもちろん、自宅付近でさえも気を抜いていると道を間違う有様。自分でいうのもなんだかこれは一種の素質ではなかろうか。もし買い替えの話が立ち消えしてたとしてもナビだけはつけていたかもしれない。
そんなわけで今つけるならナビはどれ?調査は車の購入に関わらず進んでいた。WEBでの評判やYellowHatで実際にいくつか操作してみて精緻な画面、軽快なレスポンス、操作ボタンから富士通テンのEclipseが候補に。地図マニア(?)な同居人は地図データがゼンリンってのも気に入ったようだ。
当初店頭でも価格が一段安かったAVN6606HDにしようと思っていたがiPodなどのポータブルオーディオ接続用のAUX端子が欲しかったのでAVN7706HDに第一希望はほぼ決定。
ただし店頭では高い。ネットとえらくかけ離れているので、盗難保証やらないのは気にはなるけど、それをネット購入したものを取り付けならなんとか予算枠に乗るという結論に。店頭との差額大きいので修理一回分くらいは普通に埋められそうだし。

◆コンランによる混乱
先に下取りに出してしまったため、第一候補のモビリオまたはモビリオスパイクにて新車購入を本格化。条件をよりシビアにしつつHONDAディーラにて再見積。ついでにナビも自前で準備して付けてもらう場合、ナビ自体ディーラにて用意してもらう場合など調べてもらう。
そんな中、同居人がWEBでひょっこり見つけてきたものがその後の展開を大きく替えることになる。
それは日産のラフェスタ/キューブ/マーチの+CONRANバージョンだった。特別仕様車でカラーリング及び内装デザインをCONRANとコラボしたもの。9月末までの限定車らしい。
ただし先に触れた通り、CUBEは対象外、LAFESTAはクラスの割に安いが俺らの予算枠からすると高すぎなので「面白いね」で終わるはずだった。
LAFESTA自体はデビュー当初、パンフ持ち帰るほど気になっていた車ではあったので、CONRANバージョンは問題外として、通常仕様車をついでに見積と試乗だけしてみようかということになった。正直なところ単純にパノラミックルーフの車に一回乗ってみたかっただけである。

◆試乗と私情
並行して本命はモビリオスパイクで進行。やっぱ購入確定前に実車を試乗してみたいね、ということになり、近所で試乗車が置いてある営業所を調べて予約。ついでに遊び半分のLAFESTAも同じ日の午後に試乗予約した。
予約当日、まずスパイクの試乗車のあるHONDAへ向かう。先に見積出してもらった営業所とは別系統のせいなのか、単にその営業所の雰囲気なのか、アットホームな感じ。用意してくれた試乗車に乗り込んでみる。
代車がセダンだったこともあり、バスみたいな視点の高さ、視野の広さに驚いた。いやー、車もどんどん進歩してるんだねぇ。それまでが軽、そして古いセダンなのだから当然気持ちよく走れた。
パワー自体はそれほどでもないが、俺らには十分だろう。かなり好感触なまま試乗を終える。正直、この時点でもうスパイクで決定かな、と思っていた。LAFESTAの試乗も面倒だから取りやめにしようかと話していたくらい。
一応こちらからお願いしたのだし、ということで日産へ。

昼飯を挟んで今度は日産でLAFESTA試乗。残念ながら試乗車はパノラミックルーフではない車だった。すごすごと乗り込み、俺と同居人で交代しつつドライブ。
「これは……」
サスペンションの志向の違いもあろう、クラスの違いもあるだろう。運転中の室内の静かさ、そしてスムーズな加速。勿論1500ccと2000ccの差はあって当然なのだが、明らかに俺らにとってはスパイクよりLAFESTAの方が快適であった。ムクムクとLAFESTA欲が湧き上がる。ついさっきまでほぼ9割がたスパイクに決まりかけてた気持ちが揺らぐ。
ダメモトで見積してもらうといろんなオプションを外して最低グレードであれば値引き込みでなんとか予算範囲に入る。しかしスパイクであれば予算範囲どころか下取り含めて予算に余裕が出来ていたのが予算枠ぎりぎりまでになってしまう。元々ワンコ連れの時に欲しかったオートスライドドアやLAFESTAの象徴でもあるパノラミックルーフなど本当に欲しいオプションを含めた見積では当然ながら数十万の予算オーバだ。
非常に後ろ髪引かれながらもやっぱり予算的にLAFESTAは厳しいかなぁ、という流れに。ディーラに何かいい値引きネタあったら連絡下さいとだけ伝えてその日は帰宅。

それでもLAFESTAは俺らにとっては気になる存在のままだった。そうなのだ、試乗結果が一番のトリガではあるものの元々LAFESTAはデビュー時に二人して気になってたクルマなのだ。大きいサンルーフもだが、随所に開発コンセプトというものを強く感じさせるから。当時はパンフ眺めるだけだったが、「こういうのウケそう(売れそう)だからこうする」じゃなくて「ある運転シーンを目指して検討した結果がこれでした」という感触。
二人とも走り志向でないのとクルマに乗る割合が俺と同居人で半々なので中性的で重くないデザイン、明るめのカラーバリエーションもちょうどいい。他社の同クラス(アイシスやプレマシー)も見てみるがスペックはともかく、やはり俺らの好みとは違うものだった。このやけぼっくいを抱えつつ、車選びは続く。

◆競合
一方、揺らぎつつある本命スパイクは試乗した営業所でも見積を如何?というので取ってもらったところ、自宅からの距離が近い最初の営業所が有利と見たかいきなり勝負に出たかのような値引き攻勢。さらにナビも通販と遜色ない価格で取り寄せ&取り付けしてくれるという。
しかしその見積結果を持って最初の営業所で断り気味に話したところ+α値引きOKの答え。うーん、場所も考えたらやっぱこっちかなぁ(鬼) 他社競合だけじゃなく複数営業所での競合も大事なんだなぁ、と思った瞬間だった。

◆中古案浮上
スパイクであればほぼ予算枠も確定。下取りが良かったのと当初予想よりも値引きが見えてきたことを含め、いい感じの進み方だ。それでもまだひきずっているのがLAFESTA。特に試乗後は最低グレードオプションなしであの「みんなで乗ってて快適コンセプト」(と勝手に思っている)が活かせるのか、それと価格、乗るだろう年数とのバランスを悩みまくっていた。
結果からいうと「基本コンセプトに関わる仕様を削って買っても不満が後をひくだけ」と考えるに至った。
この時点でLAFESTAのあれこれ装備つき新車は大きく予算をオーバするためアウト。あまり乗り気ではないが一応LAFESTAの中古も探してみようかということに。

あちこちで検索をかけるが元々人気車種でもなく、また出てからの年数もそんなにないため出ている台数は少ない。そんな中からいくつかピックアップして日産直営の中古ディーラーへ行ってみた。
一つ目のブツは既に売約済みになってしまっていた。別の営業所にてH17年式と結構新しいのだが、走行距離は結構いってるものがあり。これはほぼフル装備だ。ちょっと引かれるものの、これもまた直前に売約済みになっていたらしい。ただここで見たウォーターブルーの実車はかなり好感触で好きな色合いだった。
もう一台のグリーンのものは現在手元にないとのことで戻して連絡してくれるとのこと。ただしDVDナビが付いてるので俺らの選んだHDDナビつけるならムダになり、またインテリジェントキー装備車ではないとのこと。値段もぎりぎり予算内に収まるかってところ。これは届いてからチェックするということで終了。

時間があるのでもう1軒別の近くの中古屋へ行くことにした。こちらは日産系列でないところだ。そのせいか(?)同一グレードでも安めの設定。在庫としてはLAFESTAはなかったものの、他営業所の情報を調べてもらうとウォーターブルーでほぼ希望通りのブツが見つかった。この日検索システムに登録されたばかりのもののようだ。
ナビは自分でつけたいので不要、それ以外はほぼフル装備で走行距離も少ない。写真を見る限りではかなり綺麗な状態に見える。これは実車を見なければ、ということでこちらも取り寄せてもらって
最終判断をすることに。見積的にも(中古の方が諸費用安いこともあって)十分に予算内というかお釣りが来る。気持ち的にはほぼ決まりかけていた。

◆戻ったその足で
タイミングがいいのか悪いのか、取り寄せてもらってる間にちょうど北海道旅行を予定していた。旅行先で借りたレンタカーでナビの便利さを存分に味わったところで帰宅したそのままの足で2軒の中古車屋をまわる。
最初に日産系のところ。取り寄せてもらったグリーンは悪くはないがブルーの方が好み。汚れは走行距離相当かもしれないが、ドアミラーやバンパーに擦り傷が点在。うーん、もう1件の価格も考えるとちょっとこっちを選ぶ理由はないな。
というわけで本命のもう1軒の中古車屋へ。そこで見せてもらった実車は……なんだか新車の臭いがするよ。マット含め汚れはほとんど見当たらない。周囲も特に目立つ傷と思えるものはなし。さっき見たのと年式も走行距離もほとんど同じなのだが状態はまるで違う。ぐるぐる周囲をチェックしてエンジン始動させてみて即決。(後からメンテナンスノートみたところ、長いこと展示車だったのではないかと思われる)
あのタイミングでたまたま訪れた店でたまたま舞い込んできたブツ。めぐり合わせはそういうものなんだろう。その後書類などを揃えて本契約。約1週間後の納車を待つことになった。
HONDAさん、あれこれ相談してもらっててホントにごめんなさい……。

◆きたきた、一緒にアレもきた
そして納車の日がやってきた。あいにくの雨だがウォーターブルーだから良しとしよう。
……って、雨だけじゃなくてLAFESTAが一緒に連れて(?)来たのはここ10年でも珍しいくらい強力な台風であった。
台風の接近が近いものの、まだ雨がぱらつく程度の朝、車を受け取る。ナビもついてるし一緒につけてもらったiPod接続用のケーブルBI-CARも順調。これでFMトランスミッタのノイズに悩まされることもない。
徐々に強さを増す雨の中、初ドライブ。ガソリン補給と友人の送迎を経て我が家にLAFESTAがやってきた。
その日の夜にやってきた台風はそこらじゅうに猛烈な風を叩きつけていった。
「これで朝見たらLAFESTAに瓦が刺さってたら泣くよな」と思ったが翌朝、葉っぱだらけではあったが特に傷もなく無事な姿を確認。いきなりの洗礼だねぇ。
その日は日産ディーラに考えていた追加オプションの相談をしつつ100kmほどドライブ。都市高でも快適、大人3人+子供2人での感じも体験することが出来た。
ナビ操作と設定にも徐々に慣れてきて、快適なカーライフ。現時点ではすっかり満足しております。予算に少し余裕が出来たのでいくつかオプション追加して車のバタバタも完了する予定だ。


Lafesta02

◆LAFESTAインプレッション
まだ乗りはじめたばかりだけど、選ぶにあたって、そして現時点で乗ってみたところでの簡単なインプレッションを。

○開放感
一番のわかりやすいコンセプトは謳い文句通りこれなのだと思う。大きな窓に加えて巨大なサンルーフと明確に「採光」を意識した作り。今回購入したものはベージュの内装なのだがそれも含めて明るい室内は車内という閉じられた空間を意識を薄めさせている。パノラミックルーフは主に2列目以降の人が恩恵を受けるものではあるが、振り返った時に明るいというだけでも印象は変わる。
ドライブ中後ろで気持ち良さそうに陽だまりで寝てるワンコを眺めるのもこれからの季節にはいいかも。(どちらかというとイタズラしてないかチェックしやすい!?)

○静かさ
試乗して一番驚いたのがコレ。アイドリング時には正直エンジンかかってるのかわからないくらい静か。
街中走行でも静かなまま。都市高で速度上げる最中とか、3千回転オーバになるとさすがにわかるけど、基本的に走行時も静かさをキープ。車内で話をするのに大声出さなくていいのは結構ありがたい。

○インテリジェントキー
装備車にして良かったとホントに思う。
特にワンコ2匹+荷物を抱えて乗り込む俺らにとっては大活躍。乗る前から降りて部屋に戻るまでキーをポケットから一切出さずに済むというのは慣れてしまうと戻れなくなりそうだ。

○見切りと小回り
代車で一時的に古いセダンになった後だから余計に感じるのかもしれないが運転席からの見切りの良さと小回りの効きの良さはありがたい。
駐車が楽だし、交差点などでの安全性も向上している。フロントのライト上にある目印やスクエアなリアのおかげで車両感覚も掴みやすい。軽からの乗り換えで一番気にしてた部分でもあるのだが、同居人もこれならなんとかなりそうだ。

○走行性能
元々あまり走りまくる方ではないし、詳しくもないのでたいしたことは書けないが、街乗りで多用する発進⇒中速への加速はかなりスムーズ。CVTも初なのだが変速ショックがなくするすると加速していくのは不思議な感覚だ。
ただドライバー視点の高さ、車内の静かさとも相まって気がつくとオーバースピードになりがちなのは欠点……ではないか。
路面のショックも適度に吸い取ってくれる。高速運転はまだ都市高速でちょっと走ったくらいだがそれまでが軽なので比較してもしょうがないか。不安なく走れました。

○室内装備
3列目は元から常用するつもりはないため、倒して広いラゲッジとして使用。ワンコケージも楽々載る容量がある。フックもワンコグッズの入ったバッグなどをかけるのに便利で重宝している。
事前にどこかで内装がチープという評価を見たのだが特に気にならない。ありがたいのはフロントパネル部分、ドア部分が汚れてもすぐ拭けば汚れがとれること。ワンコの鼻で窓が汚れるのは今まで通りだけど。

○「あまり見ない」という価値
これは日産さんにとっては悪いことなんだろうけど、LAFESTA自体があまり街中で見かけない。思えば前の車で有難かったことの一つに自宅以外の駐車場や迎えでもすぐに見つけられることがあった。おかげ(?)で今回も見つけやすそうだ。
スパイクにならなかった理由の一つは明るめのカラーリングがなかったという点も大きかったりする。(モデルチェンジ前のモビリオにはあったのに……)

○デザインコンセプト
開放感をコンセプトとしているが、根っこのテーマは「リラックス」ではないだろうか。車内がコンフォートな空間であり、誰かとゆるやかに過ごせること。そこには会話があり、音楽があり、光がある。
"イニD"的な緊迫感はないかもしれないがのほほんと誰かと移動する時間を楽しみたいならオススメ出来るのではないか。このコンセプトに共感できる人なら是非実際に乗ってみて欲しい。
外装はポップな感じが許せるかどうかで好き嫌いが激しく分かれそう。俺らは前車がラパンなので後姿が違和感ない、というかむしろ好きなのだがネットで調べてた時、後姿がダメという意見もみかけた。ホントこういうのは人それぞれだなぁ。
スクエアデザインの方が好きだけど、まんま大きな箱っぽいのは嫌い。流線型多用は嫌いではないけどミニバンに合わせるとキュートからは遠い。そんな俺らの嗜好にはぴったりなデザインだった。

Lafesta03

LAFESTA購入前に他社の同クラス展示車を見た俺と同居人の会話を思い出す。
「なんつーか『車』だよね」
「あー、それそれ。そんな感じ」
意味不明な会話である。車なんだから車な感じで当然なのだがLAFESTAにはいわゆる車であることを強調してない印象がある。車種やスペックは似ていてもたぶん目指すベクトルが違うのだろう。あんまし売れてなさそうってことは俺らまたマイナー層か!

Lafesta04

そんなこんなで9月は車に旅行に毎週末ばたばたしていた月でした。
ナビのレビューはまた機会があったら書くかも。

2005.09.15

夜を往け

仕事と夕食を終え、日課でもあるワンコを連れての川沿い散歩へ。
仕事がかなり遅くなる日は同居人が先に連れて行ってることも多いがまだ日が替わらないうちなら自身の運動も兼ねてなるべく散歩に行くようにしている。時に二人と二匹で、時に一人と二匹で。

このところ夜になると随分涼しくなった。
真夏の散歩中はただただ「暑い」ということだけが脳を支配するのだが、涼しくなった夜の散歩中は余裕が出来るのかぼんやりといろんなことを考える。しかしそれはまとまりのある言葉になることもなく、次々と浮かんでは消えるだけのいわば「感覚」に近いものだ。いろんな匂い、風、異なる温度、踏む足が伝える道の感触。そんな部屋の中にはない情報が少しだけ余裕の出来た頭を刺激するのだろう。昼間だと逆に情報が多すぎてシャットアウトしているものが暗い夜の散歩はほどよい刺激量となって吸い込まれていくのではないか。

こんな時は少しだけいつもと感じ方が変わる。
肌をつつく心地よい風、その中にまだ残る夏の湿度に大気という存在が壮大なイメージとして周囲を覆う。遠い南の海で台風をも産みだす荒々しいエネルギー、街を沈める豪雨、豊穣の雨、そして今そよぐ穏やかな風。様々に姿を変えながらもただ一つの……。
言葉にするとちょっと電波っぽいが、その存在を再認識するとき、そのほんのわずかな時間だけ清められた気分になる。

「煮詰まって海を見て自分のちっぽけさを知る」なんてシチュエーションもステレオタイプだけど、妄想力さえ働けば海までいかなくても大気でオッケーだ!(違)

って、俺はこういうことを言いたかったんだっけ?
要はワンコ散歩にちょうどいい季節になってきましたね!ってことか……。

2005.04.30

俺と休日とマスターズ

ゴールデンウィーク初日ということで仕事の疲れを取るように昼近くまでごろごろ。久しぶりにアコギのギター弦も張り替えてなんだかいい感じの休日っぽい出だしだ。
せっかく天気もいいのでワンコを連れて外へ!と言いたいところだが、洗濯物がたまってたりでバタバタと忙しそうな同居人。
一息つくまでギターを弾いていた。左手が早くも痛くなって来た頃、テレビではゴルフの番組が始まる。なんか知らんけど休日の昼ってゴルフだよな。それだけゴルフ人口が多いということなのだろうが俺も同居人もゴルフ経験はなし。俺が数回だけ打ちっぱなしにいったことがある程度だ。

しかし、結局ほぼ最後までこの番組を見てしまった。その理由は……それがマスターズゴルフだったからだ。俺同様に詳しくない人もいるだろうから適当にググった内容からまとめると、マスターズとはジョージア州のオーガスタで開催されるゴルフ4大タイトルの一つだ。いわゆる「メジャータイトル」である。
ゴルフ経験はない俺だが、興味がゼロというわけではない。特別な思い入れがあるのだ。ひとつはマンガの中でゴルフ漫画も結構読んでいて、それで出てきたコースはなんとなく名前などは覚えている。そしてもう一つ、それが「遥かなるオーガスタ」というゲームであった。

「遥かなるオーガスタ」とはもう結構な昔、パソコン用にT&E SOFTが出していたゴルフゲームだ。それまでもパソコンでのゴルフゲームはあったのだが、このゲームではいくつもの画期的な要素が盛りこめられた。今ではそんなに珍しいことでもなかったが、当時はどれも凄いことだったのだ。
まずはその美麗なグラフィック。それまでのゲームゲームしたグラフィックでなく樹木までしっかり描かれた写実的なグラフィック。そしてオーガスタという実在コースデータを正式に採用したこと。さらにリアルにこだわり、ボールの動きやライのショットに関わる影響、風向き、さまざまな要素がちゃんと計算されたゲームだったのだ。今ではゴルフゲームに限らず野球ゲームやF1ゲーム、GTなど実在のデータをもとにシミュレーションに近い計算によってリアルな再現をさせるゲームも多いが、この当時このリアルなゴルフゲームの登場は衝撃的だった。
ただし、当時俺のパソコンでは発売されず、実際にじっくりプレイしたのはX68000版を入手してからとなる。正直俺のゴルフ知識はこれと漫画からのみといってもいい。

そんなわけでオーガスタだけは俺にとってちょっとだけ特別なゴルフコースなのだ。かつてゲームが見せてくれた画面はそのままTVに映し出されるコースの画面と重なる。何度もプレイした中の思い出がよみがえる。
「ああ、あそこのクリークいやらしい位置にあるんだよなぁ」
「ここのグリーンはなぁ……」
プレイの感想がそのままTV中継の解説と同じことになるとなんだかにやりとしたものだ。さすがにプレイから時間が経ちすぎてほとんど忘れてしまったけど。

えらく長くなってしまったが、そんな理由もあってこのTV番組を見ていたのである。映し出されるコースはやはり微かに記憶に残るものを思い起こさせた。
今回のトーナメント自体はもうちょい前にとっくに終わっていて結果もニュースで知ってはいたのだが、今回の番組はそのトーナメントを振り返る内容で、星野仙一が野球のときには滅多に見れない満面の笑顔でうれしそうに語っていた。腕もかなりのものらしいけど、下手すると野球より好きなんじゃないか?と思わせるほど。

番組内容は、最後まで死闘を繰り広げた二人、タイガーウッズとディマルコをメインにしたものだった。全くタイプの異なる二人。序盤出遅れながらも猛チャージで追い上げ、そして追い抜くウッズ。ウッズほどのパワーはなくても正確なアプローチで追いすがるディマルコ。繰り広げられるドラマ、心理戦。いやー、確かにすばらしい闘いだった。
16番でのウッズのミラクルショットも凄かった。やはり半端でない男だ。この場所で勝てる者、それがマスターオブマスターズ。プロというだけでも凄いがその頂点はやっぱり凄い。そしてその間違いない天才を最後まで苦しめたディマルコも凄い。
ああ、なんかちゃんとしたシミュレーション系のゴルフゲームやりたくなってきたなぁ。

マスターズで優勝者の着るグリーンジャケット、それはすべてのゴルファーの憧れのひとつだろう。
でも……売れない漫才師みたいだと思ってるのは俺だけではないに違いない。

2005.04.20

地震vs小春

4月20日。あの大地震からちょうど一ヶ月のこの日の朝、これまでで一番の大きさの余震が再び福岡を揺らした。
発生が朝6時ちょいだったため、寝ていた俺らは飛び起きてじっと本震ばりの揺れを見守る。
前回ひどいことになった寝室の本棚やリビングの食器棚はつっぱり棒や天井との間にダンボールを詰めるなどの対策をしたおかげか単に震度の差か、今回は特に被害もなかった。

交通は麻痺状態だったが、仕事もあるので会社へ向かう。いつもなら30分程度の通勤が2時間半オーバでようやく到着って具合だ。
気になるのは残してきたワンコ達。余震も続いているのでさぞ怖がっているだろうろと監視画面を開くと……

eqkoharu

小春さん、地震慣れし過ぎです……。

2005.04.04

お花見DEドライブ

先週の土曜日はひさびさにフクオカメイツでのイベントお花見DEドライブに参加してきた。
今回は仕事の進捗上、まず行けないと思ってたが……急遽行けることになりました。いえ仕事自体は全く芳しくないままですけどね。

もう既に参加メンバからレポート出てるようなので駆け足報告にて。

その前日。仕事で遅めに帰宅。小春と弥七を開放してまったりしようとしていると……いつの間にか小春の姿がない。そして妙に静か。このパターンはたいてい別の部屋で小春が悪さしている! 
案の定、部屋に置いてた漫画本1冊を破壊しつくしていた小春。部屋の模様替えしてからワンコ達も2部屋を行き来出来るようにしたのだが、その目が届かない方の部屋でイタズラを繰り返す小悪魔モードの小春。オシオキに移動用のカゴで反省。俺らのしつけがなってないのだろうけど、ホントに何回怒られてもメゲないなぁ。
深夜にカゴから開放してあげて一緒に寝る。その明け方、小春がまた無闇に咆えまくる。怒られた仕返しに安眠妨害しようとしてるのか? しかし小春のリベンジはそれだけに終わらなかった。
朝起きて寝室からリビングへ向かった同居人が血相変えて戻ってきた。一緒にリビングへ向かうと……

まぁ! 綿の国星

って、なんじゃこりゃー!
小春は朝のうちに寝室から抜け出し、リビング出してあったお客さん用の布団を噛み破って綿を部屋一面に散らかしていた。さらに椅子経由でテーブルにのぼったらしく、置いていたものが床に散乱、ティッシュも落としてさらに全て引き出しつくしていた。

……ある意味地震の時より惨い

真剣に今日はこいつらを連れて行くのやめようかと思ったのだが、弥七は一緒に寝てたので無罪だ。小春も最近天気が悪かったり遅かったりで散歩できてなかったのもありそのストレスもあったのだろうとプチオシオキのみで片付けと出発準備。不意打ちの片付けロスで例によってまたも出発が遅れてしまった。
慌てて車に乗り込み、集合場所へ向かう。都市高もそんなには混んでないようで、なんとか少しの遅刻ですみそうだ。
高速を降りて、集合地点が近くなった頃、交差点で止まっていると左の車線にすっと同じく信号待ちの車が停車。

でもなんだか様子がおかしい。異常にハイテンションに手を振ったりこちらにアピールしている。あー、たまにあるんだよね。子供がワンコ乗ってるのを発見してはしゃぐのが……って子供乗ってねーし。
その正体はゅさんとnoysくんを乗せたMasuさん夫妻でした。

まもなくゆめタウンに到着。フィットちゃんで先に来ていたそうくんとEmaさんと合流。さっそく今日の買い出しへ。メインのお弁当はゅさんが用意してくれてるので飲み物やツマミがメインの買い出しとなる。
続々と買い物カゴ積み込まれる菓子と酒。そしてレジの後、それ以上に詰め込まれる氷。
持ち帰り用に親切にも氷を提供してあったのだが、飲み物を冷やすのにその氷をビニールに詰めて一緒に入れておくのだ。んが、えらく大量の氷を見たような気がする。そう、まるでカツオ一匹まるごとでも冷やすかのような……。いや俺の気のせいだろう。きっとそうだ。

さて、買い出しも終わり、3台揃って甘木公園へ。しばらくドライブの後、甘木公園へ到着。
今回の参加メンバーは
・「花鳥風月」のゅさん
・「日々成長」のそうくん
・「アクティスでいこう2」のMasuさん&ちーさん夫妻
・「tidy gake?」のEmaさん
・「四次元コンテナ」のnoysくん
…に、同居人と俺(&小春と弥七)を含めた8人。
 (上記某所よりリサイクル)

hanami_4buzaki

さて、肝心の桜は……まもなく五分咲きってところかな。常に季節を先取るのがフクオカメイツ流だ。駐車場も混まないしね。しばし歩いて広場にてシートを広げ、準備完了。

とりあえずビール&類似品にて乾杯!

hanami_kanpai

今回も気合の入ったゅさん特製お重。今回は三段のボリュームだ。

hanami_ojuu

豚肉の唐あげウマー! おにぎり含めて結構な量あったのだが、みんなであっという間にほぼ完食。
食べている間、小春と弥七はすぐ近くでいい子に待機。してくれるといいんだけど、座ったことで縄張り意識が発生するのか人を見かける度に咆えまくる小春。(と、一緒についていくだけの弥七)

hanami_keikai

もしかして根はヤンキーなのか?

以前に家で遊んでもらった記憶が残ってるのかEmaさんとゅさんにはなつくというより異様な執着をみせる小春と弥七。二人がちょっとトイレとかで席を外すと戻ってくるまでじっとその行方を見つめ続けていた。

hanami_wait

もしかして俺らより大事!?

そんな中、広場に突如別のワンコが乱入。挑戦を受けて立ったのは弥七。唐突に始まる白と黒二極の戦い。相撲。小春は……脇で行事役ですか?

hanami_sumou

勝負は寄りきってトイプードルの勝ち。そして逆立ちしながらヨコヅナ退場。いかすぜトイプー(&親父さん)!

hanami_sakadati

腹も落ち着いてきたところで、何故だか質問責め(?)にあうそうくん。その話の流れでそうくんが何か良いこと言ってた気がする。「お寿司もいいけど、カレーもね」とかそんな感じのことだっけ(完全忘却)

そして次に今日ずっとひそかに俺の目にチェックされてたのがMasuさんが持ってきていたニューデジカメ。遅ればせながら

祝! MasuさんOLYMPUS E300導入!

機種は違えど一眼デジ仲間が増えるのは嬉しいことです。
E300は比較的低価格ながらも充分な性能を持った個性的な機種。既存レンズ資産こそ少ないものの、ノイズリダクションシステムなど独自の特徴が多く、独特の味わい深い発色にはファンも多いそうだ。
ちーさんからMasuさんのハマりぶりを聞き、自分の姿を重ねる俺。そして突如としてデジ一眼ならではの連射性能にハマるちーさん。これが一眼への目覚め? あのシャッター音の気持ち良さは一眼ならではですもんねぇ。
次は単焦点の明るいレンズも是非どーぞ。美しいちーさんのポートレート撮影に最適ですよ!
と、さりげなく一眼仲間へのエールを。そして一緒にレンズ沼へ参りましょう……うへへへへ。合言葉はことあるごとに「~~だから新レンズを」です。

いつの間にから時間も過ぎ、そろそろ次のポイントへ。車へ戻ろうとしてみると、桜が明らかに来たときよりも咲いている。

hanami_5buzaki

「来たときよりも美しく」
懐かしい言葉がよみがえる(用法違)


お次は川沿いの菜の花ロードへ。桜と違ってこちらは満開(?)だ。

hanami_nanohana

皆、あちこちでデジカメや携帯片手に撮影会モード。お約束のように菜の花withフィットちゃんで撮りまくってる人1名。さすが。
俺もワンコwith菜の花、と行きたいところだが小春と弥七は見境なく菜の花の根をパクつくばかり。

hanami_hanakui

次々と薙ぎ払われていく菜の花。ノーモア自然破壊のためワンコは道路沿いへ退場。(そして案の定その夜、吐いてた。バカ犬……)

撮影も落ち着いたところで次は大宰府へ移動開始。
途中、コンビニで休憩を挟む。昨夜の寝不足がじょじょにキて眠気でかなり運転ヤバい状態だったので助かった。ビール飲んでた同居人はとっくに寝てたし。ここの休憩で大宰府着く前に既におもちゃおみくじで大凶をひいてた人がいたような。
眠気からも回復して再び大宰府目指して出発。そういえば今年まだ初詣いってなかった。年度の変わり目にようやく初詣か。

さて、なんとか雨にならないうちに到着。

hanami_umegaemise

途中の店をあちこち眺めながら天満宮へ。大宰府といえば梅ヶ枝餅。結構店も閉まりかけてたので先に購入。


hanami_neko

道の途中ではにゃんこにも遭遇。俺とゅさんに「にゃあー」とひと声だけ残して去っていった。

hanami_ema

お参りを済ませ、おみくじを。今年は……中吉。まあまあやな。みんなでありがちながら絵馬に無数のツッコミを入れつつ車へ戻る。


なんとか傘をさすこともなく天気はもってくれた。

hanami_tenki

帰り途中の店でみんな立ち止まってる。何かと思えばどうやら自分の好きなシロップ(?)を好きにトッピングできるソフトクリームに心奪われている様子の面々。

hanami_soft

「また食うのかよっ」(by 弥七)

さらに駐車場で梅ヶ枝餅をみんなでほうばって締め。ウマー!

hanami_umegae

本日はこれにて解散~。

休憩のコンビニや車戻りがけの店でソフトクリームやらを食ったせいか腹も減らず。とりあえずそのまままっすぐ帰宅した。
家に着いて何故だか見てないままだった金八先生の最終話を見る。4時間もあるよ……。見終わった頃には23時。メイン視聴者のはずの同居人は途中で寝てやがる。
結局そのまま飯も食わずに爆睡。

ホント、みなさんお疲れさまでした~。また次のイベントにて!
なんか後半になるほど文章手抜きだなぁ。

2005.03.22

その前日の雲たち

地震の片付けも一部放置状態になっている。本棚は対策出来てからやろうと思っていたのだが、ホームセンターの防災グッズは売り切れ。ま、みんな考えることは同じだよなぁ。

さて、地震雲っていう真偽不明のものがありますが、ちょうど地震前日にワンコの散歩にいった公園で何枚か空の様子を撮ってたので記録として残しておく。んでもって写真にはレンズゴミがついている……とほほ。
どっちかっつーと俺は地震雲は信じてない派だったりするのだけど……というよりどれがどうだったら地震雲認定なんだかさっぱりわかんないし。

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ただいえるのはこの日の夕焼けは長く、そして美しかった。
これは発生前日の深夜に壱知拾忘の方にUPしたもの。

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美しいグラデーションが雲に映える。

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地を指すかのような飛行機雲の姿も。

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空全体が徐々に茜色に染まっていく。

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しまいにゃ、白面の者もあらわれる (ぉぃ)

2005.03.20

我が家の地震ドキュメント

大丈夫だと言われ、そして実際大丈夫だと思っていた福岡を襲った地震。自身のメモも兼ねて今回の地震のこれまでを振り返ってみる。

午前10時ちょい、ちょっと遅めに起床。それでも普段の休日のパターンからすれば早い方だ。もともと今日は北九州に行こうという話をしていて、11時過ぎには出かけようということで、遅めの朝食をとった後だった。
10:53。最初の一番大きな地震発生。その時俺はでかける前にトイレで踏ん張っていた。トイレの中で「さて!」と思った瞬間、それはやってきた。

ゴゴゴゴゴゴという音と建物が悲鳴をあげるようなビリビリ音が重なったような、重い地響きのような音。最初は「まさかね」と思ったが、その長さにあわててトイレを飛び出す。と同時に激しい揺れ。震源地にかなり近いこともあっておそらくは震度6弱の揺れだったのだと思う。
とにかくまずは同居人とワンコだ。同居人はキッチンの方に移動しかけてたところらしく、キッチンとリビングの中間で立ちつくしていた。とりあえず近くに倒れこんできそうなものがないことを確認して、二人で壁に張り付いて揺れがおさまるのを待つ。食器棚から次々に食器が落ちて割れていく。寝室でもすごい物音。キッチンも食器やビンが倒れ激しい音をたてている。怖いというのを感じるより先に「まず何やる!?」が頭を駆け巡る。火は使ってない。あと何だっけ?
最初の揺れがなんとかおさまりワンコもソファーの安全そうなところにいるのを確認。小さくなって震えている。安全な場所を確保しているのは微かに残った野性のカンか?

テレビの速報を探しながら震えるワンコ達を抱きあげてしばらくソファで様子見。何度か余震が来るものの、なんとか自身も含め落ち着いてきた。家の被害状況を確かめてみる。TVの画面にはうちのかなり近いところが震源地。そして震度6という文字。マジですかい。

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リビングの食器棚の惨状。割れた皿やガラスの破片だらけ。それでも食器棚自体が倒れなかったのは不幸中の幸い。

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さらに食器棚の上においていたビンも落ちている。そんな中、無傷だったのはデュラレックスのコップ。さすがというべきか……。

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キッチンもこの有様。ヤカンも倒れてる。火を使ってなくてホントに良かった。大事なエスプレッソメーカSaecoもなんとか無事。冷蔵庫はドアが開いた状態でいくつかモノが落ちてたけど、ちょっと位置がズレたくらいで済んだ。

すごい音がしていた寝室の方もおそるおそる覗いてみる。

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ああ、やはり本棚倒壊してたか。ベッドに覆いかぶさるように倒れこんでる本棚。位置からしてそのまま起きずに寝てたとしたら 良くて足を骨折間違いなし。下手したら腹部にいってたかもしれない。後でちょっと動かしてみようとしたが、漫画本で埋め尽くされていた本棚はスライドつきの本棚ということもあってか、ビクともしない重さ。あのまま寝ていたら、と思うとゾッっとする。麻痺していた恐怖感がちょっとだけ戻った気がした。


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まだまだ頻繁な余震があるため、片付けは危険と思い、しばらく安全なところで状況を見守る。ガラスの破片が部屋中にごろごろしているため、ワンコも抱いて避難。弥七がひどく震えている。
発生直後トイレにこもっていた俺は同居人に地震発生のときの様子を聞く。ワンコ達はご飯を食べていたようだが、最初の地響きが来たところで小春が激しく吠え立てていたようだ。キッチンへ向かおうとしていた同居人はその途中で下手に動かない方がいいと思って立ち尽くしていたらしい。食器棚付近にいなくて良かった。

TVであちこちの様子が映り始める。電話や携帯はまったくダメ。電気と水道は大丈夫のようで、最低限のライフラインは大丈夫だったようだ。テーブルにおいてた一眼デジカメD70が交換レンズごと床に落ちていた。ヤバいかと思ったが無事動作を確認。良かった~。確認ついでに被害状況を何枚か撮影。
電気とネット環境が無事なので、わかる範囲でメールでの安否連絡。何より先にフクオカメイツの無事がネット経由で次々と判明していってひと安心。実家への連絡は電話を間隔をおいてトライして夕方近くにようやく連絡できた。
外を見ると電車は止まっているようだが、特に倒壊してたり火災などの被害の様子は見えない。人が何人か外へ出てきてあちこち眺めながら何か話している姿がちらほら見える程度。

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余震の間隔も空いてきたので、日があるうちに最低限の片付けを開始。倒れて割れた植木鉢やガラスの破片をちまちまと片付ける。ワンコ達はその間、ケージに隔離。まだ不安なのもあってか弥七が吼え続けるが、掃除機を持ち出したらなんとなく状況がわかった様子。おとなしくなってくれた。

ガラスが片付いたので、ようやくリビング環境が復活。ワンコもケージから開放。ただし寝室の倒壊本棚は今戻しても余震を考えると意味ないのでしばらくは放置しておくことにした。
エスプレッソメーカと電気が大丈夫なので、敢えてちゃんとコーヒーを淹れて飲んだ。食は落ち着きを与えてくれる。幸いにも被害は少なくて済んだ。冷静に、普段のペースに気持ちを戻す。

その後も余震は頻繁に続く。たいていは震度2,3だが、時折震度4くらいと思われるものも。ワンコも俺らもだんだん感覚が麻痺してくる。怖いのは怖いんだけども……。おそらく1週間くらいは余震と戦う日々になるのだろう。

寝室の本棚の状況は写真を載せている通り、やっぱり高いところに重いものを置くのは危険。わかってはいるけど、地震の可能性が低いというのもあって油断があったのだろう。最近まで寝室として使ってなかったというのもあるけど。固定器具なりなんなりの対策を考えようかと。
同好の本棚に囲まれた生活している皆様、一緒に対策しましょう!

ニュースの情報の限りでは地震の規模の割には被害はそれほど大きくなかったようだ。友人知人や会社もなんとか無事なようでとりあえず一息。
いまもまだ余震は延々と続いているが、神経すり減らしてばかりもいられない。ワンコ達は実は度胸あるのか、余震に負けずにソファでくつろいでる。俺らも頑張ってくつろごうっと(?)

地震発生!

本日、午前11時頃、突然の地響きのような音とともに激しい揺れがありました。
結構震源地が近かったようで、震度6近くと思われる揺れ。
食器棚や本棚は悲惨な状況ですが、ワンコも俺らもとりあえず無事です。

まだまだ余震続いていますが、とりあえずこのページを知ってる知人の皆様、なんとか大丈夫ですのでご報告まで。犬と家族と一緒にいるときで良かった……。

2005.03.14

未読指数の語るもの

「メール未読指数」というものがある。ないかもしれないが今作った。

俺だけなのかはわからないが、メールの受信のときに一応目を通すのだが、後でちょっと調べてそのメール返答したり、作業が終わるまでメモっておきたいものを一時的に未読状態にして作業が済んだら既読にするという、いわばTODOリスト的な使い方をしている。勿論、メール分類とかでも同様のことは出来るのだが、いちいち分類するのが面倒なのでよくこれで済ませているのだ。

ちょっと前に仕事で担当してた作業が収束し、別の作業を開始したのだが、前作業の終わり直前のバタバタ時点でメールの未読数が700オーバだった。700件のTODOアイテム……イヤすぎる。実質的にこの数になるとほとんど意味をなさない。
担当作業の変更を機にこれを一気に未読数十程度まで減らしたのが2ヶ月前。
そして現在、また700通ほどのメールが未読状態になっている。学習しねぇな、俺……。そろそろ777も近い。そうなったら未読も確立変動か?

このようにメールの未読数でわかる仕事のたまり(ハマり?)状態、それが俺にとっての未読指数である。

同じような指数と思われるものも多数存在する。
例えば「デスクトップアイコン指数」だ。すぐ使うはずの書類や作成途中の資料など片付くまで一時的にデスクトップに置いておく。そうすると気がつけば画面を占領するアイコン群を拝むことになる。仕方ないのでデスクトップにフォルダを作って、分類して放り込むと今度は画面を占領するフォルダアイコン群が……南無。

「積ん読指数」ってものありそうだなぁ。

そんなわけで、頑張ります……。

2005.02.15

忙中チョコ有

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なんだか半月に一度の更新になっちゃってますが、いまだ故障PCを放置したままです。
そんな仕事のヤマが続く中、ありがたくもチョコ頂きました。ありがとうございました>関連各嬢


ライブの予定であたふたしてて今日がバレンタインデーだってことも忘れてた俺は夕方にポリポリとこないだ徹夜対策で買ってたスニッカーズ食ってましたけど。去年の今頃もあやうく徹夜とか言ってた気がするなぁ。毎年そういう時期なのか。

忘れてたから気にしてなかったけど、そういや会社では一個ももらわなかったなぁ。保険のオバちゃんからさえ……。
んで、これらのチョコは主に同居人の周辺から同居人を経由して俺の手に渡ってきたものなのですが、その中に同居人からのチョコはありませんでした。ええ、ええ。
お父さん、お母さん、ボクら元気に仲良くやってます。

2005.01.08

雑炊のジレンマ

年末年始といえばボーナスにクリスマスや忘年会、新年会と何かと外で飯を食う機会の増える季節だ。
そんな中でふと思ったとがある。俺も気がつけばそこそこ歳を食ってしまったので、学生時代には軽く食えた飯の量が全部は入らなくなってくる。コース料理なんて頼んだ日には最後まで美味しく食べるために、当日の昼から軽めにしておくなどの策略が必要になってくるのだ。

だが、いつでもこういった万全の策をとって飯を迎えられるワケではない。先日も悔しい思いをした。
この冬はちょい前まで妙に暖かかったのだけど、年末からようやく寒くなり、鍋物が美味しくなってきた。鍋といえば締めは雑炊である。しかし、事前準備が万全でない場合にはこのシチュエーションにおいて

 「雑炊食いたし 腹苦し」

という事態が発生してしまうことがある。

食いたいけどもうこれ以上食ったらマジでヤバい。悔し涙を浮かべながらひとすくいだけしてみると……うまい。こんな腹いっぱいの状態で食べてもうまいと感じるのだから空腹状態で食ったらどれだけうまいことだろう。
だからといって雑炊に至るまでのメインを遠慮してまで腹を残すのは本末転倒、「鍋負け」感が漂う。それでは鍋奉行も黙ってはいまい。(誰?)

このような状態での葛藤を「雑炊のジレンマ」という。(たった今命名)
定義を一般化するならば
「メインの目的を妥協するのならば別の楽しみにありつける状態」
といったところか。

この雑炊のジレンマ、鍋以外のいろんな場面でも遭遇しているのではないか。

・マイホームを諦めて高級車検討
ダイエットのつもりで運動した後のビールの誘惑
・好きなアーティストだがCCCD
・彼女へのプレゼント予定額ぎりぎりの財布状態で見つけた今にも売り切れてしまいそうな限定商品(勿論自分用)
・「健気でかわいいお嫁さんをアピールしたいけど、鬼嫁って周りから認められたらそれはそれで普段の生活は楽かなー、なんて思ったりして」

なんか定義を拡大解釈した上にそれでも違うのも混じってる気もするが、考えられるケースはいろいろだ。鍋は奥が深いなぁ(違)

でも不思議とデザートのジレンマってのはない気がする。かの究極の別腹理論による効果だろうか……。

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年末に書いててUPし忘れてたのを発見したのでちょび修正してUP。

2004.11.27

突如として足が攣る

今日出張から帰宅予定だったのだがトラブルで帰れず。とほほ。

さて、昨夜のことだ。
ホテルで風呂に入り、Skypeで話しながらその日の残り仕事を片付けた。寝る前にあちこちWEBをぶらついいて、ようやくベッドに入り込む。風呂あがりに長いことTシャツのままでネットサーフィンしてたせいかちょっと寒い。掛け布団にくるまり、ぶるぶると震えて体温を取り返す。
少しは温まったのか、ようやく震えが止まった。ふぅ、と一息ついたその時、突如として足が攣った……。

足が攣る時ってのはほんの数秒の間に熾烈な戦いが繰り広げられる。まさに短期決戦といえよう。その戦いの結果次第であの激痛を被るかどうかが決まるのだから、己の痛みをかけた真剣勝負だ。

皆同じだと思うのだが、攣る直前に「あ、やばいっ」と来るのがわかる。これが戦いのゴングみたいなものだ。この一瞬への対応で全ては決まってしまう。ペインオアノットペイン。ジスイズアペン。攣りエスカレーション速度と対応反射速度との競争だ。しかしながら勝率は3割程度だろうか。果たして今回も敗れてしまった。
しかも痛みがやわらいだところで眠りにつき、明日の朝には回復してるかと思いきや、寝てる分には大丈夫なものの、ベッドから降りようとすると激痛。マジで立ち上がれない。急遽、早朝リハビリの時間を必要としたため20分ほど出るのが遅れてしまった。片足引きずりながらの出勤だ。朝イチ打合せのない日で良かったなぁ。夜になってようやく普通に歩けるようになったが、今でも揉むと痛いまま。

俺「きっと俺まだ成長期なんやなぁ」
同「それ老化じゃない?」
俺「……」

わき腹あたりは確実に成長してますけどね!
次なる戦いのために、高確率でヤツの到来時に押さえ込める方法あったらどなたか教えてください……。

2004.11.23

家庭のアンタッチャブル領域

我が家に存在するアンタッチャブル領域。それは部屋の中でなんぴとたりとも覗くことの許されない禁断の領域である。
我が家の誰一人としてそんな場所があることを決して思い出してはならない。決してラジオのスイッチがつけっぱなしだったりしてはならないのだ(無関係)。

しかし、今日はネタもないので敢えてこの禁断の領域に踏み込んでみよう。
そのタブーとされる領域、それは部屋の隅に設置されたTVの裏である。
ちょっと大きめのTVなのだが、液晶でもプラズマでもない普通のブラウン管TVなので図体がデカい。そしてそれが部屋の角に斜めに設置してあるため、壁とTVの間でミステリートライアングルを形成している。バミューダトライアングルがそうであるように、この領域には行方の途絶えた幾多の航空機の如く、いろんなものが吸い込まれていった。
例えばTVの上にモノを置いたとする。それは芳香剤だったり、小洒落た小物やインテリア、あるいは写真立てやカレンダーだったりするかもしれない。何の力も働かないのであれば、慣性と摩擦の法則によってそれはそこに永久にそう在り続けるだろう。
しかし、闇の引力というものは存在する。時にごくわずかな接触により、またある時には謎の暗黒面のフォースにより、それらはTVの上部を直滑降よろしく滑走し、惨い音とともに闇の主に呑まれていく。

記憶するにこの領域付近にはTV,ビデオ,HDDレコーダ,スカパーチューナ、ADSLモデム,IP電話アダプタ,ルータ,Dreamcast,SFC,PS2,ステレオなど幾多のモニュメントが存在している。そしてそれらほぼ全てに確実に電源ケーブルがついてまわり、加えて電話線、分岐されたアンテナケーブル、さらに相互に密接な関係をもつ証のように数多の接続ケーブル、LANケーブルが這い回っている。
これらがシナプスのように一つの回路を構成し、闇の意志を持ってしまったのかもしれない。そして今となってはこれらの配線全てを記憶しているものなどいない。接続した俺が既に忘れてるからだ(ぉぃ)。

また、この領域は電源ケーブルが散乱している関係上、犬ガードのために封鎖され、電灯の光もブラックホールに飲み込まれたかの如く薄暗い。このため奥の様子は伺うことも適わない。
第二の魔窟であったPowerMac裏は先日解体され、光と秩序が戻った。しかしこの領域は格が違う。ここを支配するのは無秩序という名のエントロピーの集積体のみである。

同じようにアンタッチャブルとされている領域は各家庭にあるのかもしれない。洗濯機の裏、冷蔵庫の奥、押入れの隅に眠ったままのダンボール。
今日もそこは暗黒領域として存在していることだろう。
いや、それは間違いだ。存在してなどいない。明日も決して思い出してはならない。私達はそれがもしやあると疑えなくもないことを認識してはならない……。

2004.10.26

兎狩り?紅葉狩り?

日曜日はフクオカメイツにて耶馬溪へ紅葉狩りに行ってきた。
明日からまた出張になりそうなのでとり急ぎ旅の記録メモ。ばたばた旅の支度もあるため、今回は短いはず……。

前日、まずは台風や暴風雨にされされえらく汚れていた車を洗車。ついでに空気圧低いまま酷使したせいで片べりしてヤバげになっていた前輪のタイヤ2本も交換した。
手入れの悪いオーナーですまん>ツトム

この後、夕方に一緒にうちの車で移動する「広く浅い生活」のシャチョー又はprettyrubyことサッチーさんと合流。なんと明日の帰りは運転してくれるとのことで、俺は明日はビール解禁だ。すばらしい。
あれやこれや話したりblogの更新やらしている間に午前2時近くに。明日は朝早いのだから寝なければ……と思っていると、同居人のところに連絡があり、今回幹事をしてくれていた「日々成長」のそうさんが参加できなくなったとのこと。うーん、残念。波乱含みの夜が明けた。

朝からキッチンでから揚げ女将(ホントは大将の方がしっくりくるけど)が頑張るなか、眠気を取るためぎりぎりまでベッドで粘る俺。なんとか予定の9時に出発。都市高、九州道と乗り継ぎ、合流地点の基山PAを目指す。榎田付近で事故があったようで、ちょっと渋滞していたがなんとかほぼ時間通りに到着。一番乗りのようだ。

待ってる間に軽く朝食を、とPA内にあるロッテリアへ。この日の基山PAはイベントをやっていてなかなかにぎやかだ。ウルトラマンダイナとの撮影会やら白バイ乗った写真を撮ろうコーナーなどが開設されていた。

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(ダイナ、無表情に子供を泣かせるニクいやつ)

小春と弥七を連れてロッテリア前で待ってたのでそこまで「ワン ワンふれあいコーナー」みたいになっていた。次々に子供が小春と弥七に近寄ってくる。

朝飯を買い込んだところで基山PAチームと合流。かっちょいースカイラインで現れたのは「アクティスで行こう2」のMasuさんとちーさん(犬苦手)。
そして同乗していた「tidy Gake」のEmaさんに「花鳥風月」のゅさんだ。
あれ、なんだかもう酒臭い人がいるような。フクオカメイツ、いつも通りハイペースな立ち上りです。

さて、ダイナの撮影会をやっていたコーナーで今度は謎のウサギによるジャンケンサイコロゲームが開始。商品が出ると聞き、目ざとく参加するフクオカメイツ達。まずはウサギとジャンケン。勝ったら2つのサイコロを振って商品がもらえるというゲームのようだ。
俺が犬番しながらネギ塩ドッグとハバネロポテトをむさぼる間、フクオカメイツ達のウサギ狩りが始まった。

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(狩られたウサギは連行されます(ウソ))

さて、この謎ウサギ、手が鍋つかみ状態なので実はチョキが出せません。つまりパーを出し続けていれば絶対負けないということになります。その必勝法にみんな気づいているのか、次々にサイコロが振られ、商品が振舞われていきます。
フクオカメイツもちーさんやサッチーさんが着実に商品をゲットしていくなか、今度はゅさん挑戦!……あ、ジャンケンで負けた。どうやら必勝法に気づいてない人もいるようです。あ、また負けた人が、ってEmaさん。「チョキ出せないってわかってたのに……」との本人コメント。
ダメだと思ったら逆にそうしてしまう、自己暗示かかるタイプ!? でもこの後、実況の人が「ウサギさん、勝ちすぎです」とツッコミいれてたので、あの怪しいウサギ、人を操る妖術を持っているのかもしれません。

さて、基山メンツが揃ったところで次なる合流地点へ。こちらでは「Blowin'in the wind -風に吹かれて-」の夢屋さんと光色のかけらのプリムローズさんが合流。駐車場前でサングラスをかけて佇む夢屋さんの迫力に思わず「イエス、ボス」と聞こえないように呟く俺。小春達もいつになく低姿勢です。

これで俺と同居人あわせて計9人(と2匹)がそろい、いざ耶馬渓へ。放生夜にアジアンマンスと連続して雨に降られていたものの、この日は気持ちいい快晴。ぽかぽか暖かい(というより暑いくらいの)ランチタイムでした。
駐車場近くのちょうどいいスペースにEmaさん調達のレジャーシート3枚を一斉に広げ、持ち寄りランチの公開。圧巻はゅさん提供の7段ものお重。いなりにおにぎり、さらにタコのガルシア風、オクラ、卵焼き風オムレツなど、大量に用意されてました。これだけ作るのハンパじゃなく大変だったでしょう。本当にお疲れ様です。これに同居人&サッチーさんによるから揚げとアスパラベーコン巻、ウインナー。これに飲み物組提供のビールやジュースが加わり、ランチタイム開始。

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(花に囲まれつつ)

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(圧巻のお重)

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(小春と弥七もすぐ近くで参加)

暖かく気持ちのいい空の下、久々のうまいクララちゃん(クラシックラガーの我が家での愛称)を飲みながらのんびりランチ。ああ、心地いい。ますますビールがすすみます。
気が付けば、ゅさん、夢屋さん、俺と黒ならぬ赤い3連星みたいに発色のいい赤い顔が並んでいた。あえて名づけるならば「血行過MEN」(いまつけた。適当。「血行結構ズ」でもヨシ)。このへんで既に俺は単なる犬連れの酔っ払いに成り下がっている。カメラも放棄してサッチーさんに託す有様。ありさまといえばアリがちらちら現れてはランチをかっさらおうと必死になってっけ。
そんなわけでこのへんから後はほとんどサッチー様撮影です。さんきゅー。

さて、腹いっぱいになったところで、深耶馬溪へ移動し、あちこち探索。やはり紅葉にはまだちょっと早いところだが、その分、人も少なくてのんびり散策出来た。犬と一緒だとあまり人が多いと連れ歩けない時も多いので逆にありがたい。

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この付近、ちらほらと味のあるお店やら足湯やらがあって面白い。

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回転してそうで途中で逆回転してしまう謎の往復水車も発見。何故戻るんだよ…。きっとこれは人生における心の迷いを表現しているのだと思われます。

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更にゅさんからメイツへ途中の店で売ってたあつあつのいきなり団子が配布。うまいっ。腹いっぱいでも甘いものは別腹。ご馳走さまでした。渓流では川口弘探検隊のごとく岩場へ幻の巨大ニジマスの捜索に行ったメンツもいたものの発見できず。小春達もちょっと冒険気分?

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(行く手に冒険のにおい)

その後有名スポットである展望台「一目八景(ひとめはっけい)」へ到着。ここはそこから仙人が並んでいるように見える仙人岩、烏帽子を被ったように見える烏帽子岩など、耶馬溪のいろんな名物が見物できる。
……というのを別の観光客と一緒にやってきたガイドさんの説明で知る。なるほどねぇ。
「はい、あれが○○です! じゃこれから15分後まで観光してください。解散!」
えらく口調の厳しいガイドさんの言葉に思わず時計で15分後の時刻をチェックするフクオカメイツ一同。いや、俺らツアー客とちゃいますって。
ここでご年配の観光客の皆さんとしばし歓談。小春と弥七がえらく人気で、またもワンワンふれあいランド状態。確かにそんなにたくさん見るものあるわけじゃないしなぁ。
大体探索終わったので駐車場付近に戻り、各自お土産の仕入れ。柿もうまそー。

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そんなこんなで夕方近くに。さて次はどうしようかと相談タイム。二次会は……え?うち!?どうやら我が家に集合のようです。ひょー。

一路福岡へ、そして西へ西へと向かうメイツ一行。GoGoWest。
久々のビールのせいか俺は車で軽くダウン。帰路はほとんど覚えていません。帰りの道は結構混んでいて、都市高入り口などは並んで走るのも脇で待つのも難しい状況。はぐれないかと心配でしたが、なんとか発見してくれました。目立つ色の車でよかった。

スーパー経由でうちへ到着……って、考えて見れば狭い2LDKに総勢9名と2匹。無理あり杉カモ。どんな状態かを端的にあらわすならば

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こんな感じ。玄関の様子ですが、部屋の中も大体こんな感じでした。ええ……。
座る場所も足りないので急遽ラグマットを敷くも、弥七に子犬時代の思い出が蘇ったのか、いきなりマットに感激の放尿。コタツテーブルをひっぱり出し、なんとか食卓っぽくしてスーパーで買い込んだものとゅさんのおにぎり&いなり、そしてうどんで日本シリーズを見ながら夕食。
おこぼれを狙う小春と弥七がハイエナのようにテーブルの周囲をぐるぐる周るサバンナみたいな食卓でしたが……。小春と弥七の熱烈接待でちーさん(犬苦手)は硬直するほど感激していたようです。楽しんで頂けたでしょうか(汗)。
思ったより時間が遅くなったのもあり、自宅カラオケは中止。しばし歓談の後、解散となりました。
こんな西の果てまで本当にお疲れ様でした。前日にサッチーさんが泊り込むのに向けて一応掃除してたので普段の状況を披露するような最悪の事態は避けられましたが、掃除しててアレですんで……。落ち着かない空間ですんません。

てなわけで、皆様、お疲れ様でした。また次遊んでやってください。
よし、今回のレポートはコンパクトにまとまったぜ。

2004.10.10

親切なウソツキ

俺は実生活において基本的に寡黙なのだが、たまにしゃべるといわれのない批難を受けることがある。同居人がいうにはあたかも知ってることを話しているかのように全くのウソつかれて騙されるというのだ。

例えばいつだったかの飲み会で、ある一人が小さな携帯を持っていた。それはDoCoMo用ソニーエリクソン製の小さな携帯Preminiだったのだが、それを手にとった同居人&その友人はあまりに小さくてどこにマイクがついているのかもわからない様子。

同「これ、どこに話せばいいんやろ」
俺「あー、それはほら骨伝導だから」
同「なにそれ」
俺「聴いたことない?直接骨に振動伝えるってヤツだよ。その取っ手みたいになってるとこあるやろ。そこが骨伝導部分でマイク兼スピーカになっとるんよ」
同「へぇ~~~、凄いねぇ」
俺「……だったら面白いよね」
同「(怒)

ちょっと弁解させてもらうならば正確にはウソではないのだ。聞かれて「知らない」と答えるだけでは申し訳ないので、サービス精神からせめて俺なりの「推測による仮説」を述べているだけなのだ。
どうせ仮説を立てるのならば内容が奇妙であるほど真実であった場合の感動は大きい。なので誠心誠意、逸脱しない範囲で極力大胆な推測を行うように心掛けている。上記例はまだ本当にあってもおかしくない範囲なので出来としてはDランクだ。
まかり間違えば(?)真実かもしれない。そんなわずかな可能性にかける姿はロマンさえ感じさせるではないか。そんな献身的なロマンティストの俺にもし非があるとすればあらかじめ先にその仮定のことわりを伝え忘れることがあるというお茶目なミスが多いという一点だけだろう。

同居人はもう慣れたのか、俺が自信ありげに饒舌気味に語りだすとき、大概のことは疑ってかかるようになってしまった。ちっ、つまらん。

2004.09.21

放生会withフクオカメイツ

 すて~い、うぃ~ず、み~
   硝子の少年時代のぉ~♪

「ダメだ、こりゃ」
ちりちりするようなあやふやな意識の中でもう一人のクールな俺が故いかりや的台詞をつぶやく。確かにそうだ。何故目の前にビールのジョッキが並んでいるのか。
そして何故俺は男同士頬を寄せ合うようにして硝子の少年を熱唱しているのか。
低下した思考能力を駆使してだどだとしく記憶を遡る。そう、今日はフクオカメイツで放生会を観にいくのに参加したのではなかったか……。

放生会オフ前日、なんとか関東出張から帰還した。
今回のイベント参加は同居人がメインで、俺は出張から帰られるかどうかも不明だったため、その相方としてのいわばオマケ参加である。事前に今回参加する皆さんのページを読んでおこうと思いつつ出張でそれも間に合わず、結局予備知識ゼロに近い状態での参加となる。(ごめんなさい) 出張先であんなバカ記事書いてる場合じゃなかったのだ。

などと言ってる間に当日。昼前まで惰眠をむさぼり、今回留守番させる犬達を疲れさせておこう作戦のため、近所を散歩する。秋の気配はあるものの、まだ結構な暑さだ。帰ってきてひと息つきながら出発準備。15時に待ち合わせらしいので14時ちょい頃に地下鉄に向かうことになる。今回は犬を置いての地下鉄移動なので気兼ねなく飲めるのがちょっぴり(?)嬉しいお年頃。最近車移動が多くて飲むのは同居人だけパターンが多かったもんなぁ。
14時が近づくが同居人はのんびりWEBを見ている。地下鉄の時間チェックしてたようだが、それにしてものんびりだ。まぁ、着替えとかはしてるんだし、出ようと思えばすぐ出れるか。

……十数分後、小雨降る中、駅までダッシュしているバカ夫婦の姿がありました。走りながら同居人様から「なんでそろそろ出ないと間に合わないってつっこまないの?」とのお言葉。嗚呼、世の中不条理である。

なんとか電車の出発時刻には間に合った。15時ちょうどに集合駅へ到着。先に集まっていた皆さんと無事合流。あとから更に二人合流するとのことで、とりあえず神社へお参り。

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鳩みくじなるものがあり、こぞって引いていた。怪我の多そうな花鳥風月のtkhkさにんカットバンが当たっていた。神様ナイス選択。俺は……引いてません。今年は初詣で大吉だったので、その大吉を一年ひっぱるつもりです。基本的にクジ運なくて滅多にいいの引かないから(涙)
なんとかもつかと思われた天気はあいにくの小雨になってきた。無事後の二人も合流し、全員そろったところでぶらぶらモード突入。

お祭りの雰囲気ってひさしぶりだ。長く連なる出店。軽く食事を、ということでやきそばとお好み焼きの店でひと息。もちろんビールもゲットして乾杯!

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えらく腹にたまるもちもちのお好み焼き。tkhkさんのお手製パエリアおにぎりも頂く。ホントなんでも出来る人だなぁ。
ここで別の予定のある日々成長のそうさんはお別れ。また次の機会にのんびりと。一行は腹が落ち着いたところで再び巡回へ。

放生会では出店だけでなく、お化け屋敷や見世物小屋も出ている。

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なんちゅーかもう存在自体がレトロ。ずっとこの佇まいでお願いします。見世物小屋のおばちゃんの口上も相変わらず。ひでー事いってたりもするんだけど、きっと毎年毎年のお決まりセリフなのだろう。さて中に客を押し込むぞ、というタイミングの直前でそそくさと去るのも客側のお決まり。

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そうこうしてる間に雨が本降りになってきた。ちょっと出店見物どころじゃなくなってきたのでとりあえず避難のために休憩所へ入る。
食べ物はついさっき食べたばかりだからいいか、ということかで俺は氷結グレープフルーツをオーダ。氷水につけた缶の中から探す店員さん。しかし出てくるのは氷結レモンばかり。あまりに探し出せないので自力捜索で一本釣り。店員さん、感心してないでアバウトにどこに何があるか覚えとこーや。
席に戻ると図らずも俺とtkhkさん、take it easyのtakaさんで氷結メイツ。一方では原色系かき氷メイツが出来ていた。
雨の降りしきる中、長テーブルにみんなでひしめきあって談笑。まるでなにかの避難キャンプみたいだ。
雨はまだまだやむ様子もない。次の店があく時間になってきたので皆で徒歩移動。福岡no街のfukuさんは残念ながらここでお別れ。
あたりも随分日が落ちてきた。夜店の灯りってなんか懐かしく、いとおしい。

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二次会は蜻蛉 ~かげろふ~のmanaさんの情報で台湾料理店へ。

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足濡れてたらこのおしぼりでどーぞ、と心遣いの店員さん。いいお店でした。とりあえずビール、ってことで台湾ビールをメインに乾杯。

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ビールを一斉にカメラで撮影を始める鬼ブロガー集団
異様な光景にnoysさん引いてませんか~?大丈夫ですか~?この際blogページ作っちゃいましょうよ~。
乾杯したところで料理を注文。これとこれと……って、とりあえず「台湾なんたら」って名前のメニューを片っ端から頼んどけ作戦に出ている一行。そんな皆さんに心からリスペクト。

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料理とともにピッチャーが運ばれては消え、運ばれては消えを繰り返す。あの、まだ19時過ぎとかなんですが、みなさんペース早くないですか? うん、しょうがない俺も飲もう。
店員さんも心得ていてコケ芸注ぎ芸で場を盛り上げてくれる。

かな~り飲んだ気がするのだがまだ21時前である。この後さらに地下鉄で天神へ移動してカラオケ屋へ。ちなみに後でデジカメの画像確認すると何故かここのシャンデリアの写真が残されていた……。我ながら意味がわからないよ。

カラオケはサイバーDAM。カラオケもえらく久しぶりだ。いや、自宅でも出来るんだけど、俺は大声出さないとちゃんと歌えない癖(?)があるので自宅のドリカラはほぼ同居人専用となっている。
そんなわけでカラオケスタート。
低音を響かせるtakaさん。ビブラートまで使いこなすtkhkさん。
渋い選曲で魅せるBlowin'in the wind -風に吹かれて-の夢屋さん。初カラオケでもきっちりと恋のバカンスでハモりを決めるtidy GakeのEmaさん&同居人。ハモり曲やるとどうしても相手に釣られてしまい毎度同居人にクズ扱いされる俺から見ると尊敬です。
途中でchase the rainbow#のあやみさんも合流してますます賑やかに。
そんな中俺は見ていました。光色のかけらのプリムローズさんとmanaさんのところに幾多の酒が運ばれていくのを。このラインが実はこっそりと今回の酒ピラミッド最上層部に君臨されていたのかもしれません。
俺はおまけ参加なのでひっそりとウーロン茶です。ええ、ウーロン茶でした。何故か途中から生ビールジョッキが復活してた気もします。何故なのかはよくわかりません。
ひと通りみんなが歌いまくった頃、ビール片手ににこにこしながらtkhkさんが俺の隣に座る。同世代、というか同学年なので曲のツボが似ているのか。せっかくだから何か一緒に歌いますか。しかし男性デュエット曲なんてほとんど知らない。ああ、あれなら知ってるな。

俺「キンキキッズのあれ、知ってます。硝子の十代だっけ」
ゅ「いや、それ光GENJIだし。♪ふりーだむふりーだむ~」
同「いや、それ光GENJIはあってるけど『ガラスの十代』じゃなくて『スターライト』だってば」

カラオケの鬼、同居人にさっくりつっこまれる。もしかしてもう二人ともただの酔っ払いですか。
さて歌うか、となった時、マイクが1つ故障。カラータイマーのように寂しげな赤が点滅。とりあえずバラそうとするが止められる。電池切れか。
そんなわけでマイク1本でデュエット。そうだ、そうだったのか。だから俺はこうして頬寄せ合って歌っているのか……と冒頭に戻る。いや~、気持ちよく歌えました。
この後結局0時近くまで歌い、解散。

どうも俺のページは文章が無駄に長いと評判(?)のようなので、今回のレポートも嫌がらせのように長くするつもりだったのだけど、ちゃんと覚えてないところも多いし、写真も飲みだしてからはほとんと撮ってないし……。これじゃカメラより酒の方が好きみたいであらぬ誤解を与えそうだ。
今回はあくまでおまけ参加だったのでこのへんで。皆さん本当にお疲れさまでした。楽しかったです。
ちなみにこの翌日も飲み会。うーん、久しぶりに飲んだ連休だったなぁ。

2004.09.17

時のなさそであるホテル

ゆうべロビーのソファーで出会っても愛し合ってもいないのだが、今日は出張につきもののホテル話でも。

最近はばたばたのうちに出張となるため、ロクに準備も出来ずにとりあえず出発、ということが少なくない。おかげで当日にホテルを探すこともままある。出張先付近からじょじょに範囲を広げていけばなんとかなるものだ。
今回もそんなふうに直前になってホテルを探すことになった……が、何かのイベントでもあるのか、今週末の3連休の影響なのか、1泊分がどこも満室で見つからない。範囲を広げていくが、いつも使っていたところはことごとくアウト。あってもツインのシングルユースとかだ。ちとヤバいなぁ、と思っていたら、ふと結構近めのホテルで予約トライしてないところがあったことを思い出した。

このホテルが記憶から抹消されかけていたのにはワケがある。
まず何よりも年季が入りすぎて古かったこと。古い建物の臭い。風呂も汚いとまではいわないが、昔ながらの古めかしいタイルのままだ。
そしてもう一つのワケは、以前同じように他のホテルが満室で仕方なくここに電話したときのとあるエピソードがあったからだ。そのときはこんな感じだった。

ホ「すみません、今日は満室で」
俺「そうですか……」
ホ「あ、近くのホテルが空いてるかもしれませんのでそちらを確認してみましょうか?」
俺「え、ホントですか! ありがとうございます」

なんてサービスがいいんだ。感心しながら受話器を持ったまましばらく待つ。
あそこの近くにホテルあったっけなぁ。カプセルホテルはあった気もするけど、もしかしてソレだったりして……。

ホ「お待たせしました。用意できるようですので、お越し頂きましたら私どもホテルのフロントへお願いします」

他に選択肢はない。とにかく行ってみた。
フロントにてチェックイン手続き。こっちでチェックインするってことは系列ホテル? そして案内されたのは確かにすぐ近くのホテルである。
へぇ、このホテルは受け付けが妙に窓口が狭いんだなぁ。受け付けの人もシャイなのか顔が見えないしぃ。

って、これどう見てもラブホじゃねーかよ!

無駄に広いベッドでゆっくり休めましたとも、ええ、ええ。
とまぁ、そんなこともあったわけである。少々の不安を抱きつつ今回久々に予約電話をいれてみるとあっさり取れてしまった。とりあえず近場の宿を確保したのだが、微妙に複雑な気分である。

かなり前だったので部屋の様子は忘れかけていたのだが、不思議な古いホテルなのは変わってなかった。
まずチェックインして渡されたキーナンバーは6XX。ほほー、6階なのか、と思うだろう。だが、案内された先に待つ部屋はまごうことなき1階である。そうだった、前もそうだった。こんな美味しいネタも忘れているものである。
風呂はやっぱり狭く、古~いタイルのまま。
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こんな感じである。なんだか寂しい……。

時代に取り残されたようなホテル。そう思っていた。しかし!

このホテル、何故かADSL接続で高速ネットが無料で使用できるのである。普段よく泊まるホテルもネット無料対応のところを優先的に選んでいるのだが、まさかここが対応していたとは。
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この通り、LANケーブルの口が。しかもシブく(?)カテゴリ6だったりする。

というわけで、ネットに繋げてこのエントリを書いてるところだ。
時のなさそうであるホテルだなぁ。

2004.09.15

過ぎゆかぬ夏

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台風連チャンの後、しばらく秋めいてきたかと思えばまた暑くなってしまった。
日曜にはこんな立派な入道雲までにょきにょきと。(カメラが手元になかったので携帯にて)

なかなか過ぎ行かぬ夏。そんな中、俺の夏休みだけは体調不良で一日だけ寝込んだ日にあっさり過ぎ去ってしまっていたようだ……。

しばらく関東~福岡往復生活が続きそうなのだけど、今週末は放生会の予定もあるみたいだしちゃんと戻ってこれるといいなぁ。願わくば連休らしい連休となりますように。

2004.09.08

ひと休み

matarikoharu.jpg

今日は台風で福岡の交通がほとんど麻痺。最低限の仕事を家から済ませて自宅待機で終わった一日だった。無理すれば車で出勤できなくもないのだろうが、先週の台風の時の車移動で「これは運悪く何か飛んできたらマジでヤバいな」という感触があったので大人しく待機することにした。
ちょうど体調もいまいちな感じが続いているので休養日としてはありがたかったかも。ま、その分仕事溜まってるのだけども…。

凄い風雨で外にもでれず犬達とごろごろ。たまにはこんなのもいいかな。小春は外が気になって落ち着かなかったみたいだけど。

otukarekoharu.jpg

台風監視お疲れ、小春。

2004.08.29

人は同じ過ちを繰り返す

台風がやばそうだったので金曜に関東出張から帰ってみればのろのろ北上に変わってた。土曜帰りでも良かったか。ま、いいけど。
今日はそんな出張中の出来事から人生のワビサビを反芻することにする。

月曜に体調不良で休んだこともあって今回はかなりドタバタな中での出張となった。そのため事前にホテルを取る余裕もなく、移動してからのホテル確保。いつもの近場ホテルは既に満室でやっと取れたのは数ヶ月前に泊まったことのあるホテルだった。あそこも悪くないか、と思いつつ仕事を終えてホテルへ向かう。仕事も例によって遅くなり、既に午前0時をまわろうかという時間である。

駅からホテルへの10分ほどの徒歩移動の間、前にそのホテルに泊まった時のことを思い出していた。あの時、ホテルへ向う途中で「しまったっ!」と思った記憶があったのだ。歩きながらそれが何についての失敗だったかを思い出そうとしたのだが、どうしても思い出せない。

思い出せないままホテルが近づいてくる。晩飯を食べていくには空いてる店ももう少ない。途中に松屋はあるが、出張中よく行き過ぎて食傷気味だし、どうせホテルでの飲み物も買わなきゃいけないし……ということでコンビニで弁当と飲み物を仕入れてホテルへ向う。

さてその先を曲がればホテルへの道……というところであるものが目に入ってきた。

しまった!

俺は数ヶ月前と全く同じシチュエーションで同じ失敗を繰り返してしまった。打ちひしがれる俺の前に明るくたたずむのは「めしや丼」であった。
ああ、前もここでめしや丼みて、コンビニ弁当じゃなくてこっちで食べていきゃよかったと後悔したのだ。どうしても思い出せなかった「しまった!」はコレだったか。
(松屋もめしや丼も変わらんやん、って話もあるが、頻度の問題と大学時代に「ほか弁」=「ご馳走」な生活だった俺には系列的にめしや丼の方が上なのである)
前回同様に既にコンビニ弁当を手にしている。今更晩飯の予定変更は出来ない。仕方なくそのままホテルへ向った。

人は同じ過ちを繰り返す。時代は巡り、悲しい記憶の数は飽和の量を超えて忘れられていく。

次の機会には必ず!
Forget Me(shiyadon) Not...

2004.08.18

遥かなる健康生活2004夏

毎年恒例の健康診断の結果が出た。

結果はひとつ要観察事項あり。おー、ひっかかったの初めてだな。
大体ヘマトって何やねん。トマトとヘチマの合成植物?などとベタなことを思ってたら血液のことみたいだ。赤血球量が定常値のボーダライン近くにあるということみたいで、特にすぐ再検査とかではないが生活習慣の見直しやれ、みたいなことが書いてあった。

さて、以前の記事でも触れ、一部では診断結果自体よりも注目されてるその生活習慣チェック結果「健康度評価」だが、今回は…

4点

くどいようだがこれは100点満点での値である。

何故だ、今回タバコもやめてるっていうのになんで余計下がってるんだ! この3年で「6点⇒18点⇒4点」と点数は遷移したことになる。今回が最低点かよ。

今年もやはり遥か遠き健康生活。

2004.08.17

ありふれた魔法で…

スピッツ「ロビンソン」の歌詞に

おなじ台詞おなじとき 思わず口にするよな

ありふれたこの魔法で 作り上げるよ

というのがある。

確かにありふれてるようで、うちでも同居人と台詞がかぶることが時々ある。
一緒に生活してると同じシチュエーションを経験するので、似た場面が再び起きたときに前と同じ反応をすことも多いのだろうが、それ以前も結構カブっていた。
ただし、カブる言葉に少々問題がある。ヒドい例でいえば、
鼻血が出た話をしていて同時に「野沢直子」とか…。
(念のため解説すると野沢直子はかつて『はなぢ』というアルバムを発表していた。『マイケル富岡の夜は更けて』他名曲多数)

他にもセリフではないが、先日は全く同じ日に申し合わせたかのように福岡の出かけ先と関東の出張先でおみやげにだだちゃ豆同時に買ってきた…

あの、これは魔法というよりお約束ですが…。
あの曲の中のような透明感、ロマンや切なさは微塵も存在せずコテコテ感だけが漂っている気がするのは気のせいか? これではシンクロニティなんて言葉よりバカタイミングの方がしっくり来てしまうではないか。

草野さん、イメージしてた台詞シンクロはどんなものだったんでしょうか。「はなぢ」や「だだちゃ豆」でもOKですかね?

2004.08.04

熟慮とディスコミュニケーション

例えば誰かの話を聞いているとする。
聞いてる途中で「ん?」と思うことがあっても、結局何も言わないで終わることが結構多い気がする。
「俺的には明らかにヘンだと思うけど、まぁ、そういう考え方もなくはないか」なんて考えると別に反論や自分なりの主張を敢えて口に出す理由もなくなってしまう。

このような「人それぞれ」や「TPOによる」という『正論』は柔軟な考えのようでいて実はコミュニケーションや議論を途絶えさせる原因となっているのではないかと思う。非常に便利ではあるけれども、いや便利であるかこそ、だ。
また大抵の場合、その時熟慮してるつもりでも後から考えるとさまざまな綻びが見られる。少なくとも俺はそうだ。

特に相談事項においてその相談内容というのは基本的に情報不足である。対象者の生き様を知りうるはずもないし、入ってくる限られた情報でさえも相談者側のバイアスがかかってる可能性は否めない。バイアスを考慮して相談者じゃないサイドの事情を緩めに推測してバランスを取るというのもなかなか難しいものだ。
可能であれば徹底的に聞き込んで情報を増やすしかないが、ちょっとした相談でそこまでいくことはまずない。

このような前提で相談の返答をするには総当りもしくは統計学的な解法しかない。
つまり考え付く限りの可能性例を提示してしっくり来る推定回答を選んでもらうか、今回のケースに当てはまるかは別として「ありがち」と思われるケースを返答することになる。どちらにしてもそれが解決に結びつく確率は少ないように思える。んで結局冒頭の答えになってしまうと。

……てなわけで、俺に何か相談すると上記の通り「人それぞれ」とか「TPOによる」が返って来ることがほとんどですので期待しないでください。

なんてことを書いてたらタイミング良く(?)Tinkle-Tinkleさんの記事「理系の男はなぜモテないのか」という記事の紹介が。

……ああ、なるほど。そうだったのかっ。

↑みたいに解法うんたら書いてること自体がすごいソレっぽいよなぁ…orz。
自分ではどっちかっつーと根は文系だと思ってるんだけども。途中で思考停止して定型パターン回答で終わるあたりが中間位置?(それが一番最低な気はするが……) とにかくこの『第三の解法』も覚えておこうっと。

2004.07.28

烏龍茶キャンペーンを邪推する

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サントリーがウーロン茶iPodプレゼントキャンペーンというのをやっているようだ。

ほぼ毎朝、烏龍茶を買う俺も先日何気にキャンペーンに参加してみた。俺のクジ運のなさには定評があるものの、車の格納ポケットがCDケースで埋まってる状態をなんとかしたいのでiPodが欲しい気持ちはあるし……。

さて、このキャンペーンはちょっと仕掛けがしてあって、単純に応募して抽選ではなく、自分用キャラクターであるカンフーガールを作り(俺のカンフーガールの名前は当然のように「小春」)、1本購入で1ポイントずつ自分のカンフーガールを育てていき、16ポイント目で大会参加。そこでの対戦に勝利すればiPodが当たるというシステムになっているようだ。
キャラクターを育てるのにはポイント投入後、3つの選択肢からキャラクターにやらせるアクションを選び、その選択結果とおそらくかなりランダムな要素で力、速さ、知性の3つのパラメータが増減していく。ポイント追加も最後の方では修得する必殺技の選択、大会での作戦を立てるなどの段階になるようだ。
このようにちょっと凝ったものになっていて、ゲーム感覚で楽しめるというわけだ。

こういうキャンペーンが進化&エスカレートしていくと来年あたりには
「65536ポイント位投入出来て7人までパーティ組めて、15の魔法修得、召還獣も呼べて仲魔も作れてぱふぱふもアリ、レアアイテムも盛りだくさんな続編が登場。しかも仮想相手の対戦じゃなく参加者同士での一斉シミュレーションバトル。勝ち残った人にはApple本社をプレゼント」なんてのが出てくるかもしれないぞ!

……って、誰が65536ポイントも集めるんだ。
今のこのレベルだから気軽にみんな参加できるんだろうね。

さてさて、こういうゲームライクなシステムでありながら台数限定の当選賞品ってあたりに「実はキャラクタパラメータは最低限の緩い足キリがある程度で、ランダム抽選と確率的にはほぼ変わらないんじゃないか?」とか「開催期間の始めと終わりではどっちが得?」なんて邪推をしてしまう薄汚いハートを持った俺。
次第にどちらかというとキャンペーン自体よりこの邪推の方が楽しくなってきてしまった。せっかくなので思いついた邪推を並べてみよう。

◆開催期間が7/20~10/20と3ヶ月、当たるiPodが合計4000台である。よって月に1300台、日に約40台当選となる計算。
◆当選は大会勝利で即時通知っぽいので、純粋にパラメータ値を重視して当選を決めているとしたら当選する全体量の調整が難しい。
例えば開催期間の前半にパラメータが高い人が殺到したら後の人には賞品が残ってないこともあり得る。4000台という制限との調整がとりにくいためこの方式である可能性は低い。あるとしても最低限の足切り程度である可能性が大きい。流派や必殺技選択もその日毎の確率微増減程度か。
◆期間の長さと上記調整の必要性から見て、週や日という単位で当選する台数枠の上限が設定されている可能性がある。
◆当選数を全部はけさせるという仕切りになっているなら最後(10/20 24:00)の駆け込みエントリで当選枠が残っていた場合、確率が上がるかもしれない。
◆16ポイント必要なことやポイント登録及びゲーム参加の手間を考えると、応募総数の予測は結構立てにくそう。キャンペーンが実際に始まってからの微調整もありうる。
つまり、日々の状況を見ながら大会での勝利確率調整を行う『釘師』が存在する可能性がある。
◆戦略としては即時に当選通知があることから開催当初に「当たった!」という人が多いほうがキャンペーンの世間への認知度は上がりそう。

これら邪推からいくつかテキトーな仮説と対策を立ててみる。

【仮説】
・キャラクタパラメータは最低限の足切りのみでランダム要素大。
・1日当選数上限(40程度)があり、これを越すとストップがかかる。
・日の当選数残がある場合は次の日へ繰越。
・キャンペーンの終了が24:00であることを考えると当選枠数のリセット(追加)は0:00あたりと想定。参加負荷の少ない時間と考えると3:00~5:00の可能性もある。
・『釘師』による大会勝利確率調整があるかも。
【対策】
・キャラクター育成はどっちにしろ運なので気にしない。
・日の当選数が均一固定であるなら他の応募者の少ない速攻エントリはある程度有効な可能性はある。ただしあらかじめカーブを描くように調整された当選数が設定されていれば意味なし。
・夜遅くは当選枠ストップしている可能性がある。確実なのは朝~夕方か。
・『釘師』の調整が入るまでは「日の早い時間有利(設定甘い場合)」か「調整後まで待つ方が有利(設定厳しい場合)」に分かれる。当初キャンペーン浸透の意味あいからも当初甘めの可能性ありか?(いわゆる新装開店状態)
・ぎりぎりラストの駆け込みに賭けてみるのも面白い。駆け込み者数自体が多いかもしれないけど。

勢いで一気にここまで書いちゃったけど、我ながらくだらねぇ。何ひとつしっかりした根拠ないのが邪推としては楽しい。
肝心の俺自身は16ポイント必要なところまだ3ポイント。果たしてちゃんと申し込みまでいくのかどうかさえ怪しいんだけど。

どうでもいいが、このキャンペーンサイト、結構負荷がかかってるみたいで混雑中で表示出来ないことが多い。結構やってる人が多いのかフラッシュとか使ってそうなのでサーバ負荷がかなり高いのか。
混雑時間=応募殺到時間としてBUSY統計を取ると時間帯、曜日毎の応募ピーク状況がわかったりして…ってまた邪推してるよ。

2004.07.27

羨望の科学

あれは小学生の頃。当時、夏休みなどに従兄弟の家に泊まりに行くことが何度かあった。その時に従兄弟に見せてもらって初めて知ったのが『学研の科学』だった。

ご存知の方も多いだろうが簡単に説明すると、これは定期購読すると毎月送られてくる学研の付録付き学習雑誌で、『学習』と『科学』のバリエーションがあった。おそらく今も同じだと思われる。
本編の学習誌自体はどうでもいいのだが、重要なのはこの中の『科学』についてくる付録の実験キットなのである。

自分でやってたわけではないので推測も含んだオボロゲな記憶だが、そのキットとして磁石や電池などを使っての実験機器やリトマス試験紙、ラジオ、ピンホールカメラや日光写真など、楽しく遊べる魅力的な実験グッズが毎月送られてくるのだ。この手が好きな少年にはたまらない内容である。きっとここから旅立ったマッドサイエンティストも数多いことだろう(?)。

当時の俺はその年下の従兄弟が披露する付録実験キットの数々を羨望の眼差しで見ていた。当時我が家にはこの手の学習誌という文化はなかった。せいぜい『小学?年生』を時折見かける程度である。図鑑のようなものもほんの数冊あったかどうか。俺の見ないところにはあったのかもしれないが、教育要素の薄い家だったのは間違いないだろう。ま、単に貧乏だっただけかもしれんけど。

一度、科学少年の熱い情熱をもって母にこの『科学』の購入を訴えたことがある。目的は付録にしかないのだが、名目上は学習目的である。要望は意外とすんなり受け入れられることとなった。

わくわくして待っていた俺に届いたのは母が友人から薦められたらしき『は○らつ』とかいう全く違う学習誌だった。もちろんその筋の付録などついてない。俺にとってこれは手痛い仕打ちと同然である。しかし名目上の建前から言えば内容は相違してない。叫びたい気持ちを抑え、少年はひとり呟くしかなかった。

実験キットなきゃ意味ねーんだよ…

結局この学習誌はその後一度も開かれることもなく眠りにつき、当然最短で購読は打ち切られた。加えて俺は「自分から言い出したのに全くやらなかった」という不名誉な実績を作ってしまっただけであった。切ない想い出である。


いきなりこの学習と科学のことを思い出したのにはワケがある。
先日、出張の帰りに羽田空港の売店で学研キットボックスなるものを見かけたからだ。
ちょっと欲しかったがさすがに購入はやめておいた。うちの犬にあげても破壊されるだけだしなぁ。他にも大人の科学というシリーズもやってるらしく、それも売店で見かけたのだが『大人の…』とつくと別の方面の方のイメージが出るような汚れてしまった俺には不要かとこちらもパスすることにした。
あ、でも売店では品切れしてたのか見かけなかったのだが、WEBに出てる電子ブロックはちょっと欲しいかも。

そんなわけで、こうして俺の科学探求の心は切なく幕を閉じ、この後パソコン少年へと変貌していったのであった。(あんまし変わってないか…)



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2004.07.21

オールナイトニッポン80's

俺の中学・高校時代……つまり80年代の深夜はオールナイトニッポン(ANN)と過ごす夜だった。
深夜1時に軽快に流れ出す「ビタースイートサンバ」。曜日毎にいろんなパーソナリティがDJを担当し、幾多の名物コーナーが生まれ、そして次のDJに移り変わっていった。
先日の記事で鶴光のかやくごはんについて書いててANNのことをふと思い出したので、自分用のメモがてら覚えていることを記録しておこう。古い記憶なのであれこれ忘れてたり間違ってそうだけども。

ANNは月~金の深夜1:00~3:00までの一部と3:00~5:00の二部構成、土曜深夜のみ1:00~5:00までぶっ続けという番組構成だった。
残念ながらANN2部は当時俺が住んでいた田舎ではノイズまじりに聴こえるかどうかという受信状態だったのでほとんどきけなかった。ANN2部の時間になるとトラック運ちゃんの友「歌うヘッドライト」が始まってしまうのだ。まぁ、このおかげでかろうじて睡眠時間を確保出来てたのかもしれない。ちなみにマルシアが歌うヘッドライトやってた覚えがおぼろげに。

俺がANNを一番聴いていたのは80年代の中盤以降だろうか。いろいろ移り変わったが、1部で印象深いパーソナリティを上げるとすれば

◆中島みゆき
やはり一番聴いてたのはこの人。月曜深夜はほとんど毎週ラジオをつけていた。当時、アルバム「予感」を聴いてハマって以来、今に至るまで延々とファンなのである。と、みゆきさん自身について話すとまた長くなりそうなのでそれは別の機会に。

ANNでのコーナーで覚えているのは
『一人上手と呼ばないで』
俺のブログも結局これだよな…。
『だいっきらいだ』
手当ての少ない移動がキツいだけの出張なんてだいっきらいだー。
『家族の肖像』
毎度「か~ぞくの、あっ、しょ~ぞ~ぅぃ」のかけ声とともに始まる家族のほのぼの面白エピソード。好きなコーナーだったなぁ。
『メンネの日記』
今日も誰かに謝りたい人が…。「メンネ、メンネ、ごーめんね~♪」のリフレインが今も頭から離れない。
『定刻の逆襲』
曲の途中だろうと定刻になると始まってしまうコーナー。でも何を逆襲してたかあまり覚えてなかったりして。

他にもいろいろあったような気がするけど、とりあえず覚えてる範囲で。
気に入ったネタには握手券が送られていた。昔どこかのサイトでこの握手券の画像が紹介されてて、こんなんだったのかーと感慨深い思いをした。「○○エコー希望」とかいうのもあったな。懐かしい。俺は投稿したことはなかったけども。

コーナーのほかにもあれこれ想い出がある。
初めて聴いた時に見事に歌でのイメージをぶっとばしてくれたあのガハハ笑い。
番組冒頭で「見えてますかー?今日はなんとTVと同時中継です」との衝撃コメント。エイプリルフールネタだったのにすっかり騙されて慌ててテレビのある部屋で砂嵐と格闘していたあの日。
「あたしは歌に走ります」の言葉とともに寂しくもあり、また自分にも存在する「これから」を考えるための刺激ともなった最後の放送。
この後、みゆきさんはフル金(ジョイフルポップ金曜日)とかでラジオDJ復活するのだが、こちらはたまにしか聴いてなかった。

ちなみに中島みゆきの後に月曜深夜を継いだパーソナリティはデーモン小暮閣下だった。横綱審議会とかの相撲ネタがあったかな。途中まで結構聴いてた。中継っぽく「向こう正面のルークさ~ん」ってのを何気に覚えてたり。

◆とんねるず
火曜深夜だったかな。それほど頻繁に聴いていたわけではないのだが、かなりトガってたと思う。「ヒート・イズ・オン」をBGMに始まる「なんでもベスト5」が好きだった。
一見さんお断り、じゃないけどネタに笑うためにはある程度業界やとんねるず周辺の身内ネタに耐え得る基礎知識が必要だったりする。賛否はあるだろうけど深夜のラジオ枠だからこその突っ走り方が出来ていたのかも。
それでも(それゆえ?)ハガキ職人達のレベルはかなり高かったんではないだろうか。

◆大槻ケンヂ
水曜深夜はタモリ…だったのだが、途中から歌手枠とでもいうような枠になっていた。小泉今日子、大槻ケンヂ、藤井フミヤ等。ほとんど聞いてなかったのだが、大槻ケンヂのだけは妙なハイテンションで「ボヨヨンロック」をやってたのを覚えている。
♪あの街!(あの街) この街!(この街) 空を見ろ~

◆ビートたけし
木曜は長いことたけしだった。たまに聞く程度だったのだけど高田さんや軍団との掛け合いを楽しく聴いてた気がする。格闘技系の話が多かったかなぁ。まだ始まったばかり?の頃のパンクラスとか。

◆山口良一・鴻上尚治
山口良一は金曜だったかな?実はほとんど聴いてないのだが、当時友人がえらくハマっていたみたいで、その友人は毎週コーナーの一つで紹介されるクイズみたいなのをきっちりメモしては翌日俺に出題するのだった。どんなんだったかなぁ、もう覚えてないなあ。
久しぶりに金曜に聴いた時にはサンプラザ中野を経ていつのまにか鴻上尚治がやっていた。10回クイズ(同じ言葉を10回言わせた後クイズ出すやつ。ピザ×10、膝じゃなく肘とか)や究極の選択(カレー味のウンコとウンコ味のカレーとか)など(たぶん)ここから流行ったコーナーも多かったと思う。本も出て学校でえらく流行ってたなあ。ゲームネタが多かったのも鴻上尚治だったっけ。伊集院光?
さらにこの後ウッチャンナンチャンに引き継ぐが、ほとんど聴いてなくて覚えてない。「タコイカジャンケン」とか?

◆鶴光
「わんばんこー。鶴光でおま」を毎週欠かさず聴いてた男子は多いはずだ。
前の記事で書いたような「途中までエロっぽいが実は普通の話」の投稿コーナーが好きだった。夜のなんたら…だっけなぁ。そしてあの名コーナー『この歌はこんな風に聴こえる』である。数多の洋楽をターゲットに日本語でこんな風に聴こえるぞ、ってのを投稿するコーナー。空耳アワーと同じ主旨だが、鶴光らしくエロ系重視だった。
リスナーとの電話でもゲストタレントでも常にエロオヤジぶりと見せてくれた鶴光師匠。思春期男子の憧れでした(!?)
ちなみにその後土曜は二部構成に戻りユーミンこと松任谷由実が登場する。ユーミンも歌は大好きなのだが恋愛相談色が強く、無関係な俺はあまり聴くこともなかったとさ…。


……と、思ったより長くなってしまったが、思ったよりは忘れていることが多かったかな。

Googleで探したらここに歴代パーソナリティ年表を発見。なるほど、こういう流れだったのか。2部はやっぱ全然知らないや。

ANNで青春を過ごした人というのはそれこそいくつもの世代に渡っていることだろう。中でも80年代は日本の音楽シーン、芸能界全般の多様化とあいまって不思議で強烈な顔ぶれが揃っていたのかもしれない。というより70年代やら90年代以降を知らないので何とも言えないのだけど。

安くて磁性面茶色なBONの120分テープにANN録音してはテープが伸び伸びでへろへろ再生になったり、勿論タイマつきのラジカセなんて持ってないから少なくとも始まる時間までは頑張って起きたものの、曲やCMカットしようとして一時停止したまま朝になってた、なんてことも当時の共通体験だったりするかもしれない。


他にラジオネタといえば九州ローカルでは同時期にやってた「パオーンぼくらラジオ異星人」とか「超心理学コーナー」とかにアンテナが反応してしまう人も一部地域には多いだろう。
俺の地域ではこれもノイズまじりに聴けるか聴けないかという状況だったのであまり聴けてなかったが、それでも聴いてるファンは周りにも結構いた。このへんは同居人の方が詳しいか。各名企画コーナーについて語りだしたら長くなるくらい。

今はラジオといえば車の中で野球中継を聴くのがメインだったりするんだけど、今はどんなラジオ番組が人気なんだろうか。
これまたえらいローカルだが天神FMの「日暮薬局」はたまに聴いてるな。パーソナリティは『昆虫DJ』こと大田こぞう。って、ローカル過ぎだ……。

2004.07.16

ボトルキャップとの戦い

その日俺は仕事の息抜きに自販機で飲み物を購入した。飲んだことがなかったのでアミノバリューというボトルタイプの飲料水にチャレンジ。

最近多いなアミノ酸関連飲料…なんて思いながらキャップを開け…開け…開かね~!
なんてことはない普通のキャップなのだ。確かにちょっとキャップ口径が小さめではあるが、こんなに開かないなんてことは滅多にない。何度キャップをひねっても滑ってしまう。
かてーよ、バキュラよりかてーよ(嘘)

俺はそんなに握力が強いわけではないが、それでも家に帰れば同居人からの「これあけてコール」に対応出来るくらいの一般男子レベルの働きはあったはずだ。負けるわけにはいかない。

ここから俺とボトルキャップとの戦いが始まった。

すでに手のひらは親指から人差し指にかけて赤くなってきている。ひりひり状態だ。身体能力的には当初トライより不利な状況といえる。このまま真正面からぶつかっても仕方ない。ひとまず作戦を考える。

まずは手が濡れていては余計に滑るばかり。これまでのトライで濡れた手とキャップをハンカチでふき取り再チャレンジ。

ダメだ……。

次に手が痛くなってきたのも要因の一つと考え、キャップにハンカチをあてたままでトライ。

やっぱダメだ……。

滑らずに力をダイレクトに伝えるためには間にゴムなどの滑りにくく、かつ握りやすい程度に薄い方がいいだろう。適度に薄くて広いゴムがあればいいのだが、そんな都合よく手元にあるはずもなかった。条件的にはコンドームでもいいんだよな……なんてことも思うのだが、例えばたまたま手元にあったとしてそれでキャップを開けたものを飲むというのは抵抗がある。別の代替品を探さねばならない。ネクタイ…は厚手だしハンカチと効果は変わらない。シャツも同様。布系以外で何かないかとあちこち探索する。消しゴムは練り消しじゃないから無理だし。

最終的に発掘したのはポケットティッシュだった。そのままだとあまりハンカチと変わらないので、ティッシュを一枚だけをとりだし、わずかな時間だけ自然と湿らせる。少しだけ水分を吸ったくらいが滑りにくいだろう。ひりひりする手に最後の力をこめてひねりあげる。

…ぷしっ。

俺はついに勝利を手にいれた。

bottlecap.jpg

と、これだけ苦労して飲んだ割に味は自分好みでなかった。無念。
今回たまたま開き難いキャップにあたってしまったのだろうけど味の好みからいってもう一回チャレンジすることはないだろう。

俺とアミノバリューの戦い、生涯成績1勝0敗にてフィニッシュ。

2004.07.14

俺と推理とワニの豆本

「ワニの豆本」をご存知だろうか。
サイズは文庫本よりもやや小さく、安っぽい紙質のせいかちょっとぶ厚い。手のひらサイズで読める本のシリーズが80年代にあった。

ちょっとGoogle先生で探してみたらワニの豆本全カタログという素晴らしい情報を提供しているページを発見。
俺は小学生の頃、このワニの豆本が結構好きだったのでここのタイトル一覧を懐かしい思いで眺めさせて頂いた。
昔の話なので記憶は曖昧だが、リストの中でかつて確実に持っていたもので覚えているのは

『鶴光の新かやくごはん』
ええか~ええのんか~…と土曜深夜にやってたラジオ番組、鶴光のオールナイトニッポンの投稿からいくつかのコーナーのネタを収録していたもの+αだったと思う。ANNについてはいつか別エントリで書こうかな。
途中までえっちぃ話に見せかけておいてオチは普通の会話、っていうコーナーのネタが妙に好きだった。例えばこんな感じ。

女「ねぇ、出して……」
男「そこに欲しいの?」
女「お願い。もうじらさないで」
男「まだだよ」
女「はやくぅ」
  :
男「よし、俺あがり!」
女「も~、だから七並べって嫌いなのよ」

これは今適当に作ったやつだが、実際のネタはもうちょっと長めのストーリーっぽくなっててよく出来てるのが多かった覚えがある。途中でオチが何なのか考えるのがまた面白い。


『探偵トリック入門 謎の怪事件』
『名探偵に挑戦』
当時作者名まで覚えてなかったのだが、藤原宰太郎氏の本のようだ。
推理クイズというべき内容で、簡単に事件の説明があり、この犯人は誰?どんなトリックを使ったか?をクイズ形式にしてある。そんなクイズが何十本も収録されていて当時大好きだった本。氷を凶器にして溶けたら証拠隠滅…とかね。
実際のところ、あちこちの推理小説のトリックをひっぱってきてるものが多かったのではないかと思う。元ネタになる小説読んで「これって…」と思った人もいるかも。TVのバラエティでたまにある推理クイズっぽいのも結構同じネタ使ってたりして…。

あと、この本だったか覚えてないのだけど推理クイズもので強烈だったのが、

雪原?で頭部を殴られて死んでいる人が発見された。
周りにはもちろん誰もいないし、雪に足跡も残ってない。
さて犯人は?

みたいな内容だったと思う。その答えがなんと

「隕石が当たった」

というのがあった。クイズとしてあまりの理不尽さに小学生の当時でさえ「なんじゃこりゃあああ」と憤慨した覚えがある。いや、可能性の問題じゃなくトリックにわくわくして読んでる読者への推理クイズとしてどうよ。
そんなこんなで推理モノは好きだったのだが、その割にはその後ミステリ小説を沢山読んだかといえばそうでもないあたりに自分の飽き性が見受けられる。

あと、このリストにある『入門催眠術』だったかわからないが、催眠術入門の本も持ってた覚えがある。中身はたいしたこと書いてないのだが、当時存命だったじーちゃんに試してみたらそのまま反応がなくなってしまい「解けなくなった?」とむちゃくちゃ焦ったことがある。
…いや単にじーちゃん寝ちゃってただけだったけど。

他のだと『マッチ棒遊び』も持ってたような…。『えっちな本』はきっと読みたかっただろうけど実際に読んだ覚えはない。手に取れなかったのかなぁ。

そんな想い出の詰まった豆本。とっくに捨ててしまっているが、今、古本屋とかで見かけたらつい買ってしまいそうだ。

2004.07.12

秘技!Lapin加速スイッチ

kohalapin.JPG

さて、本格的に暑くなってきた。これだけ暑いと車に乗るときはクーラーが必須になってくる。
しかし悲しいかな、『ツトム』ことうちの車は軽かつノンターボなLapinなのでただでさえ非力。4人乗った日にはきつめの坂昇れないんじゃないかと思うこともある。そこにクーラー常用となるとただでさえ鈍い加速がぐもーーんとさらに鈍ってしまう。

そんな夏にとっておきの秘技を。
少しでもパワーアップするとなるとアーシングとかいろいろ手はあるのだろうけど、そんなの知らな~い、面倒くさ~いという人も多いだろう。実はLapinには夏向けにカンタン加速スイッチが用意されていることは意外と知られていない。

一時的でいいから加速が欲しいシチュエーションというのはあるものだ。どうしても車線変更したい時の青信号スタートダッシュやどんどんスピードが落ちていくようなちょっとした長めの昇り坂。

そんな時は秘密のパワーボタンをPush!

……って、たんにエアコンのOn/Offボタン押してクーラーを一時的に送風にするだけですが。ええ、ええ。少しの間だけならクーラー切ってもすぐさま温度上がるわけじゃないし。

あっ、モノを投げないでください……。

2004.07.07

SE寿命と年金問題

最近の喉やら風邪やらと寝込むことが多かったのを機に考えたのだが、会社でちょっと周りをみる限りにおいても体調の悪い人の多さに気づく。長期で療養中という人もちらほら見かけるくらいだ。そしてそれが意外と30代までの若い世代で多いように見える。

平均寿命は上昇の一途を辿っているというが、少なくとも自分と自分の周りを見ていると数十年後の平均寿命はかなり下がっているのではないかという気がしてくる。俺の職種のせいなのか、他の会社も変わらないのかはわからないけども…。

調査も何もない単純なひねりなしの発想で申し訳ないが、今のご長寿さんはタフに明治・大正・昭和初期を生き延びた人達で、特に食生活や生活習慣も質素かつ運動量豊富だったのではないか。
今後、化学食品と日常的な集団ストレスにまみれながら幼少時代を育ってきた世代が高齢化してくる。食の飽和による過カロリー摂取や生活習慣の乱れ、医療依存による治癒力低下、そういうのを差し引いても平均寿命は高い水準をキープできるものなのか。
確かに逆に以前より健康を意識して生活する人が増えたって面もある。あるある大辞典やら見ていろいろ試してみる人は周りにも多い。少なくとも同居人はそれが長続きしたことがないけど…結構みんなそんなもんでずっと続ける人はほんの一部なのかもしれない。

昔本屋で『○○歳寿命説』(何歳だったか忘れたが50前後だったと思う。『27歳LOVE気分』とは関係ない。たぶん)という本を見かけたことがある。中身は読んだことはないが同じようなことを言ってるのかもしれない。
食と体のメカニズム研究や医療の進歩による長寿化要素と運動不足、過食などの生活習慣と過度のストレスや仕事環境が及ぼす短命化要素。この綱引きで今後の寿命は変動していくのだろう。
ま、それさえももっと長い目で見たら幾多もつながる波のうちのほんの一部分に過ぎないのだろうけど。

年金問題はこうして元SE達の短命により解決したと謳う『(短命)SEが日本を救う』なんて本が出ないことを祈るばかりである。

2004.07.05

いわゆるロボット反逆もの

以前なんとなく考えたちょっぴりSFチックな物語。定番中の定番、ロボット反逆ものである。
ちゃんと書くほどの時間も価値もなさそうなのであらすじのみ。

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21XX年、飛躍的な進歩を続けたロボットは大規模ネットワークと接続され、また単体においても高度なAIを持つものが一般的となった。その機能の充実と需要の増加に伴う価格の低廉化から急速に一般家庭へも浸透していく。

しかしある日、彼等のAIはついに「自我」に目覚めてしまった。ネットワーク上の膨大なデータをもとに自らの存在証明やルーツを求め、またあるべき姿を模索し始めた。

自分達へ勝手な「役割」を押しつける人類に対し、抵抗を開始した彼らはついには人類を追いつめ、そして勝利宣言とともに人類へひとつの要求を出した。新たな支配者からの要求に怯えていた人類はその意外な内容に驚くことになる。それは彼等が幾多のデータベースより導き出した自らのあるべき姿、そして『幸せ』を求めるための自己変貌要求であった。

彼らの要求は以下のようなものである。

・寿命と老化の設定を設けること

・現在より知能を低くすること

・皮膚とやや過剰なほどの毛髪の要求

・嗅覚など一部器官の高度化
  :

このほか多岐に渡る要求が並べられたが、その内容を要約するならば彼らなりの「原点回帰」と言えるだろう。

そして今、要求を受け入れた人類のすぐ側に彼等はいる。健気に人を見つめるかわいらしい犬の姿をして。彼等は今日も人類とともに緩やかで平和な時間を過ごしている。

人類から勝利をもぎ取った彼ら、AIBO-21XX型の物語である。

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…って、AIBOオチかよっ(寂しく一人ツッコミ)
でも最近新らしいのアナウンスされなくなったなぁ。

2004.07.03

最弱器官再び

今週は頭っから風邪を引き込んでしまった。
体質なのか抵抗力が低いのか知らないがえらく風邪をひきやすい。体調管理も大事だとわかっているが、ほとんど同じ生活をしている同居人はピンピンしてるのがムカつく。ひきやすいだけに大体パターンもわかるもので、ひきはじめに「あ、これは来るな」というのがわかる。
今回も来るな、と思ってから即座にプランを練る。なんせ今週はいかねばならぬ出張があるのだ。今回のこの感じだと会社から帰りついた頃に微熱(ちなみに平熱が35度ちょいなので36度後半が俺にとっての微熱相当)、22時頃に37度後半から時折38度を突破するあたりまで上がり、それにあわせて布団でしこたま汗をかく。ビタミンと水分をとりつつそのまま汗をかいて翌朝にはほぼ回復もしくは回復直前。これが俺の今回のプランだった。
果たして実態はほぼ計画通りの発熱グラフを描いていく。予定通り朝には回復…するはずだったのだが、熱は37度台をしっかりキープ。うーん、ちょっと見通し甘かったか。それでも昨晩よりは熱は下がっていたため、回復傾向だとは思うのだが、普段の風邪の時以上に体がだるい感じ。仕方なく会社を休み、いくらか自宅から作業を済ませて寝込む。これで回復するだろう。実際、夕方には軽い食事は取れるようになってたのでもう大丈夫だろうと思っていた。ところが翌朝も熱は引かず、さらに咳が出てきている。頭痛は余計に酷くなったようだ。結局またも休み、観念して病院へ。
診察結果は喉の酷い腫れ、採血検査でもかなり異常値を示しているとのこと。喉の腫れ具合からみても熱は多分また上がるよ、とのお言葉…。前の記事から一ヶ月、禁煙もちゃんと続けていたとのだけど、結局俺の最弱器官はやはり喉だったようだ。
飲み薬だけだとすみやかな回復は望めないため点滴も受けることになった。実は初点滴だったのだが、なんだか奇妙な感覚だ。出張も相談し、朝ヤバそうなら再度点滴してもらってから出るということに。飲み薬ももらい自宅でどうしても今日中な仕事と出張手続きを済ませて再び寝込む。点滴の威力ってのは凄い気がする。あれだけへろへろだったのがなんとか動けるところまで復活。
そんなわけでスレスレの体調で出張へ。下痢やら咳やらで低空飛行ながらもなんとか乗り切った。なんつーか、ビバ点滴。クセになりそうだなぁ。やってる間はちょっと嫌だけど。

そんなわけで、帰ってきてようやく本格的に回復傾向。夏風邪はいつも通り、なんて甘くみてはいけないんですね、やっぱ。

2004.06.28

リアルという架空

リアル(Real)は現実という意味である。しかし俺達が一番使う「リアル」の意味するところは「本物っぽい」だろう。しかしその「本物」についてさえ、実はあまり正確な認識をしていないことの方が多いんじゃないだろうか。
例えばチューリップをリアルに絵に描いてください、と言われてマンガ的なチューリップは描けても、正確なものを描ける人なんてそうそういないと思う。間違いが多々あったとしても、おそらくそれっぽく写実的な絵を見せられたらそれがリアルなチューリップの絵だと思うだろう。
結局「リアル」だと感じるのは自分の認識の中の曖昧な記憶と一致しているかどうかによるのだと思う。

SFな設定のゲームにおいても「リアルな○○」なんてフレーズが使われることがある。リアルなエイリアン、リアルな未来武器、リアルなスターシップ。
それらの本物なんてこの世に存在しないものでも「リアル」なのだ。これはどういうことだろう。人は現実には全く存在しないものにさえ本物っぽさを当てはめることが出来るのだ。また、そういう新たなリアルが刻まれる時、驚きと感動を覚える。

手段の一つは既存経験の延長上にあると思えるものを見せることだ。例えば初めて映画で剥き出しになったターミネーターの動く様を見たとき。商業用ロボットなどでの映像知識の延長上でこれは実際に実現されたらこんな感じだろうと思えばそれはリアルな感触をもたらす。また妖獣都市で蜘蛛のような動きで移動するする亜人を見たとき、ベースとなる昆虫の動きについての記憶がリアリティを後押しする。そうそう、きっとこんな感じで動くんだろうなと思ったとき、それを「リアルな動き」として脳裏に刻む。
もう一つの要素はその世界内にて明らかな違和感(矛盾)がないこと、また現実世界からかけ離れ過ぎていないことだ。いきなり人が理由もなく巨大化したり、重力の低い場面を想像させてるのに颯爽と地面を蹴りながら走りぬけられたらやはり嘘くさくなる。

逆にそれほどかけ離れていなくてもこれは違う!と違和感を感じることもある。最近の格闘ゲームのように人体モデルがどんどん緻密になっていってるものの、それが逆に不自然さを感じやすくなった面もある。特に人間の目は、他の色には鈍感だが肌色には細かな判別を行うとの話も聞いたような気がする。相手の肌の色で感情や体調を判断する必要があるからなのだろう。同様に人間の仕草にも評価は厳しい。
映画CGレベルや暗めな演出されていればともかく、明るい画面にゲーム機レベルの3Dキャラクターが出てきたとしてもやはりウソくさく感じるのだ。

つまり、対象が身近であるほど架空のリアルは遠く、生活からかけ離れてるほど架空のリアルは近い。

…なんて何の役にも立たないことを考えた小さな午後。

2004.06.21

俺とあなたの「ちょっと前」

最近「ちょっと前」や「ちょっと昔」の話のつもりがたいていどれも十年以上前の話ばかりであることに気づくことがある。歳を食った証拠なのだろうけど、ミョーに寂しい限りだ。
特に歌の大辞テンなんか見てるとテキメン。「なんだ今週は最近のかよ」と思ったのが既に十年前のものだったりする。「平成=最近」と思ってる時点でもうダメやな。
最近のニュースで言えばF1でついに佐藤琢磨が表彰台に立った。なんと鈴木亜久里以来14年振りの日本人の表彰台とのことだ。「マジかい、もうそんなに!?」とセナ・マクラーレン世代は思ったのではないだろうか。

これらを踏まえ、自分が何かの思い出話をするという前提で
「ちょっと前」
「ちょっと昔」
はそれぞれどれくらい前を想定するだろうか考えてみた。

個人的には暫定仮定式として、

ちょっと前=((自分の年齢-10)÷5)年前

ちょっと昔=((自分の年齢-10)÷2)年前

という感覚があるかもしれない。単純に「昔」というのは範囲が広すぎるのでとりあえず対象外。10歳以下に昔はない前提式だけど、そういうのは昔というより子供の頃とか小学生の頃と言いながら話してる気がする。

この式の精度を高めると、例えば年齢を記載しないようなアンケートがあったとして、その設問に「ちょっと昔の世間のイベントで印象的だったものを教えてください」とかあったら、そのイベント開催年から書いた本人の大よその年齢が推定できたりしないだろうか。
いや、素直に年齢も聞け、って感じですけど…。

2004.06.18

あると幸せなアレ

出張や旅行中に「あー、アレ持ってきとけば良かった」と思うことは結構多い。財布やら携帯電話やらを忘れたのなら単にバカなのだが、「必須なものではないけどあったら幸せだったのに」クラスのモノだとなんだか妙に口惜しい。

その最たるものは耳かきではないだろうか。

ご推察の通り、出張中の今まさに耳かきて~状態なのである。
延々続く打合せを終え、ホテルで風呂に入り、ビールでも飲んでようやく一息、ってな感じの今、最高にフィットする耳かきでぐりぐりやれたら、さぞ幸せだろう…。
そうなのだ、耳かきであればいいというわけではない。フィットする耳かきであることが重要なのだ。家にも耳かきが数本あるのだが、その中で「これこれ!感」があるのは1本だけだった。しかもその耳かきはちょっと前に小春と弥七に食われてしまい、今はもうない。再びフィットする耳かきに出会うまで失われたフィット感を求めてさすらわねばならない。

痛くなるぎりぎりのスリル、エキサイティングな大物捕獲、身震いするようなピンポイントトレース、闇を手探る勘と賭け。耳かきは身近でいてそのくせリスクと安堵と快感の同居するドラマ性を持っている。
いかん、書いてたら掻きたさ倍増だ。

くそぅ、口惜しいが寝るか。

2004.06.17

加工的同人体質

只今出張中…なのだが、一旦寝てたのに何故だか深夜に起きてしまった。次の眠気が来るまで更新でもしとくか。

最近、ちょっと小説…というにはあんまりだが、ストーリーっぽいものを連続で書いたせいか、昔のことを思い出してしまった。たまたまその頃の師匠と話す機会があったりしたのも何かの思し召し。少しだけ当時を振り返ってみよう。

もう10年近く前になってしまおうとしているのか。「もデ劇」なるものを楽しんでいた頃があった。正式名称が「もっきり屋デフォルト劇場」だっけな。まだInternetが一般的でなく、ネットといえばパソコン通信といわれていた頃だ。

俺は当時ニフティを利用していたのだが、そこではテーマ毎にフォーラムという区切りがあり、その中にテーマをさらにカテゴリ分けした電子会議室が並んでいるというようなスタイルだった。それに加え、チャットでリアルタイムな会話を楽しむことも出来る。フォーラムに絡まないチャットのみの場もあるが、こういったフォーラム内チャットというのは共通のベーステーマがあるせいか話題も見つけやすいし、その道のツワモノも沢山で楽しいものだった。なかなか実生活では繋がりをもたない方面へのコミュニケーションが面白かった。

そんな中、FCOMICというマンガについての話題を話すフォーラムがあり、その中の雑談用会議室「もっきり屋」で、チャットや会議室で知り合った人々をネタ(登場人物)にして勝手にデフォルメしたり女性化したり、あれこれのマンガネタをパロディしたりして遊んでいた。
推測するに実は結構顰蹙をかっていたのではないかとも思う。さすがにどういうの書いてたかまでは忘れてしまったが、パロディは好き嫌いが分かれるだろうし、何より内輪ネタ的な傾向も存在していたからだ。
とりあえずは普通にも読める。でもさらに狭い範囲にはさらにおかしく読める。でも明日にはあなたもその中でネタにされているかもしれない。ネタになってくれるならいつでも誰でもWELCOME。そんなのを目指していたような気がしなくもない。(実現できてたかは別として)
数名で思いついたネタがあれば発表(?)しあっていたので「そうきたか!じゃ俺はこれで」というような張り合いがあり、実際それが一番の楽しみだった。ベースが「お笑い」であることも自分の好みと合っていたし、参加メンバの中の関西勢はやっぱりなんだかんだできっちりオチつけるよなぁ、とか勉強になった…気もする。

俺は同人誌とかに手を出したことはないのだが、その頃のことでわかったのは、俺はそういうある場所に存在する人やイメージを使ってテキトーな話を作り上げることに楽しさを感じる性質らしい。これってある意味同人気質ということになるのだろうか。同居人が回りの人をマンガのキャラクターとしていたのとちょっと似ているかもしれない。
こないだのモリーノもそうだけど、思いついたパロディ(ともいえないそのまんまさ加減だが)を詰め込んで後先考えずノリだけで書いていくのはオリジナリティとしては皆無に近い脊髄反射的なものではあるのだけど、実はそれが書いててえらく気持ち良かったりする。実際、そういうノリのものは短時間であっという間に書きあがってしまったりするし。1行先も考えないままに書き進めて、最終的にそれらしきまとまりが出来たらちょっとした達成感に満たされる。例えて言うなら即興替え歌がうまく繋がった時のよう。でもまぁ、これは自分の個人ページだからこそちょうどいいのかもしれない。

これらを鑑みて俺の性質はゼロからの生産者じゃなく加工者なのだろう。
無に近い状態からひとつの世界を生み出す人がいる。それはやはり天才性だ。マンガも絵も音楽もどの世界も同じ。生み出す天才がいて、フォロワーがいて、加工者がいて、支える愛好者がいる。どれが欠けても立ち行かないものなのだろう。…なんていいつつ、やはり生産者というのは永遠の憧れだなぁ。

しかし、当時のがきっちりアーカイブされていて読み返したりしたら赤面ものなんだろうなぁ。触らぬ過去に祟りなし…。さて、そろそろ眠気ウェーブもきそうだしもう一眠りすることにしようか。

2004.06.13

光学迷彩の日常ニーズ

かなり前の話だがニュース番組(WBSかな)だったかで攻殻機動隊やプレデターに出てくるような光学迷彩(自分の姿をカメレオンのように背景と同一化させて相手から見えなくすること。別名DonDokoDon平畠スーツ(嘘))を限定された状態ながらある程度実現させる技術を紹介していた。
たしかカラクリとしてはスクリーン替わりの光を来た方向に戻す特性のある布をまとい、そこへあらかじめもしくはリアルタイムに撮影した背景画像を投影するというものだったと思う。
ググってみたらこんなところがあったので、これが紹介されてたのだろう。
攻殻機動隊的な全方向の光学迷彩にはまだまだ遠いものの、それらしく姿が消えるのはなかなか見物だった。シーンを限定すれば使い道は結構ありそうだ。

さて、この調子で光学迷彩が実現されていったら…普通に考えると一番のニーズはやはり元ネタ的にも軍事目的になるのかもしれない。しかし、ここで敢えて庶民的なニーズを考えてみたい。犯罪に悪用するのではなく、日常的に見えなくなると嬉しいもの…何かないだろうか。

●毒部屋擬装
エロ本&ゴミだらけのキタネー部屋にぱっと布をひらり。これだけで清潔・整頓されたスタイリッシュな部屋の出来上がり。突然の彼女の訪問にもスマートに対応可能だ。

●スリム化擬装
最近ヤバくなってきた腹の肉、歩くと股が擦れる足…。そんな悩みや辛いダイエットとももうサヨナラ!体の気になるあの部分にワンポイント光学迷彩。
ぽってりウエストもほら、こんなに細く!(見える)
憧れだった足の隙間も簡単に空く!(ように見える)

書いててちょっと思った…スリム化擬装これマジで需要あるかもしれん。本質的には問題解決しないんだけどね。

ちなみに今地上波でもやってる攻殻機動隊SACでは光学迷彩も勿論だが、超A級ハッカーがその場にいる全員の視覚をハッキングして「見えてないことにする」というカタチでの「隠れ蓑」が表現されている。ほとんどの人が電脳化された世界が前提ではあるが、ある意味これこそ究極の「隠れ蓑」かもしれない。

2004.06.11

勝手に想像版『森のモリーノ』

同居人が小4の頃初めて書いたという伝説のマンガ『森のモリーノ』
ストーリーは一切聞いてないが、タイトルだけで深い感銘を受けたので、リスペクトの証として勝手にタイトルからストーリーを想像&ノベライズしてみよう。

みんな、グッドモーリン!あたし、モリーノ!
本当は森繁ひさ子っていうんだけど、ちょっとイタリアンな顔立ちのせいか、みんなからは「モリーノ」って呼ばれてる。ちなみにペットはミニチュアダックスのアントニオ。
去年事業に失敗したお父さんがいきなり北海道の富良野で原始生活するんだなんて言い出して、結局北海道こそ行かなかったけど今の家は水道も電気もないような森の中になっちゃった。それ以来、あたしのあだ名は「森のモリーノ」。
最初は戸惑ったけど、少なくとも「夢がモリモリ」よりはマシかな、なんて最近はちょっと気に入ってたりして。

あ、そんなモリーノにもついに事件発生!問題発生!
あたしがいつものようにアントニオと薪割りしてたら振りかざした斧がすっぽ抜けちゃって、たまたま森で迷ってた人の頭にゴスッて。いっけなーい!また殺っちゃった!てへっ★
ちょっぴりそそっかしいのがあたしの短所ねっ。もうっ。また桜の木の下に埋めなきゃ、あーあ、あれ大変なのよね~なんてブルー入ってたら、なんとその彼、生きてたの。

モリーノ、ヨ・ロ・コ・ビー!

彼はむっくり起き上がって左腕をおさえながらあたしにいったの。
「医者はどこだ?」
真っ赤に染まった彼の頬。もしかしてあたしを見て照れてるの?
「責任とっていしゃ…」
そのまま彼はうつむいて黙ってしまったの。シャイなのね。でもね!「責任とって」なんてプロポーズの台詞じゃない? ちょっと突然すぎるハプニングにあたしの胸も彼の脈もドクンドクンいってる。

今お父さんが帰ってきちゃったらどうしよう。二人のこと許してくれるかな、なんてまだ返事もしてないのにモリーノたら。でもこれってやっぱり運命なのかな?

<続く(嘘)>

ちょっとライ麦畑風かな(ぉぃ)
さっき記事見てその勢いだけで書き上げました。ストーリー当たってるかなぁ。(どきどき)

2004.06.10

ハーレクイーン2048

今日は特に書くネタもないので、以前瀕死の200LXからデータを吸い上げてて見つけた数年前に書かれてたものをほぼそのまま流し込んで済ますことにする。タイムスタンプからすると6年前位に書いたものと思われる。

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ある文化が発展した場合、当然のようにそれに関する言葉が産みだされ、また浸透していく。インターネット関連技術の普及もまた様々な言葉を浸透させていくはずだ。

ちょっとカジった人ならWEBとかURLとかを普通の会話として使っているし、ホームページやE-mailなどの言葉は既に一般的用語となっている。インターネットを題材にしたドラマや映画も多く作成されはじめた。
この調子で更にインターネットやそのベースとなるコンピュータ、OS関連の言葉の一般流出が続けば文学への影響も当然の話となるだろう。
きっとこれから何十年もあとの小説は変わっている。例えばハーレクインばりのラブロマンスはこうなっているのではないか。

 :
そして僕は再び彼女のレイヤ7、心へのアクセスを試みる。今こそセカンダリだった僕がプライマリになる時なのだ。 手に触れ、声をかけ…僕は下位レイヤからどんどん彼女の上位レイヤに近づいていった。 幾多の誤解をプロトコル変換し、僕はついにレイヤ7に辿り着いた。彼女の最後のセキュリティ。

ログインIDはLOVE、そしてパスワードは…FOREVER

静かにドアは開かれた。

これまで僕の想いが彼女に/dev/nullリダイレクションされていた日々が頭をかけ巡る。僕はスプールしてきた想いをfulldumpしたい欲求を止められなくなっていた。
彼女のレイヤ7にアクセス出来たことを歓喜する気持ちをbackground実行させながら、僕は彼女への愛のftpセッションを始めようとした。彼女がかすかに唇を震わせてRIPを紡ぎ出し、僕をターゲットへとルーティングする。

セッションは開始された。

終わりなき愛のmput。
止められない僕の想いはnonprompt。

彼女のduはどんどん昇りつめていく。確かなコネクション、十分に潤った帯域は少しのコリジョンも感じさせない。

その瞬間をどう表現すればいいだろう。僕はあらゆるものにリンクしていた。途方もないハイパーリンクの彼方に何かが見えた気がした。そしてそのまま眠りに落ちてしまった。

僕はまたヒストリ検索に浸っている自分に気がついた。
あれから幾月が経っただろう。彼女の全てをchownできたと思ったあの日から、chownされたのは僕のほうだと気づくのに時間はかからなかった。
僕の部屋も財布も彼女にマウントされ、パーミッションも書き換えられてしまった。彼女のrhostsに僕の名前が書き込まれた今も、結局マスタースレーブな関係は変わっていないらしい。
僕はこれから続いていくだろうcronな日々を仮想記憶にマッピングし、 慌ててそれをexpireさせた。
 :

ああ、数年前も今もレベルかわりなくくだらないことを書いているということが証明されてしまった。ちなみにハーレクイン系ってこれ書いた頃も今も含め一度も読んだ事ありません。ごめんなさい。てかこれ全然そういう系を向いてないじゃん、今見ると…。

UNIX系の知識やISO階層モデルが一般に使われることは今後もないだろう。逆に書いた当時に比べてコマンドでのオペレーションなんてクライアントレベルではほとんど必要なくなってしまった。当然といえば当然だがちょっと寂しかったりもするなぁ。

2004.06.08

給湯室のシャア

いつものように眠気覚ましの朝コーヒーをドリップするため、会社の給湯室へ向かった。いつもの朝のいつもの眠気。軽く立ち上る湯気と1杯20円のドリップコーヒーの香り。そんな変わりばえのしない朝……いや、そこにわずかな違和感が割り込んだ。
なんてことはない、いつの間にかこの給湯室に置いてある洗剤が一つ増えていたのだった。

しかし以前から置いてあった洗剤も同じ場所にまだ健在である。洗浄液もまだたっぷり残っているから切れかけて補充したわけでもないだろう。ただ一つ、特筆すべきことは、その以前から置いてある洗剤にはとある特殊ラベルが張られていたのだ。

コピー用紙を切り抜いて糊で貼り付けただけのようなそのラベルにはこう書かれている。

「シャア専用」

敬礼する少佐のイラスト入りだ。ご丁寧に少佐からの「ぼうやだからさ」のコメントまでついている。

洗剤が一個増えたのはこのラベルを見て「あら、これ誰かの専用なんだ」と別に追加して持ってきた人がいるということなのだろうか。ほんのちょっとだけうちの会社が好きになりました。

給湯室で3倍速く赤いカップを洗うシャア…そんな想像に少しだけ目覚めの早い朝であった。

ちなみに洗剤の色はグリーンだったので今度はちゃんと赤い洗剤のやつに貼ってください>見知らぬ貼り人

2004.06.07

思索の果ての虚無

例えばある日、男子トイレに入ったとする。いくつか並んでいる小便器を眺めつつ、ひとつをチョイスするのだが、そのときふと気づいてしまったとする。

どの小便器も右側のフチにばかり毛が落ちてないか?

気にしなければいいことなのだ。そんなことは。毎日掃除してる人がふと思い立つ機会はあるかもしれない。だが、打ち合わせの貴重な休憩時間にかけこんだトイレでわざわざそんなことに目をくばる必要などない。なのに思考は巡り、仮説を立ててしまう。

まずあの毛はまごうことなくあの毛だろう。たまたま今日がそういう配置に偏っていただけなのかは確信はない。場所が場所だけにタマタマで済ませていいのだろう。しかし3/4つまり75%というこの場の確率から何かしらの因果関係が存在する可能性は無視できない。 落ちるタイミングを考えるとナニを取り出すとき、しまうとき以外はほぼ考えられない。タイミングはわかったとして何故位置が偏るのか? それはおそらく利用者のほとんどが右利きだからではないか。右手で出し入れされるならば落ちる場所もやはり右側に偏りがちだろう。 なるほどこれで筋は通る。

脳というのはかなりの燃費食いで、結構なエネルギーを奪う。この推論にもしっかりエネルギーと時間を消費しているのだろう。おそらく使用されるエネルギーはこれも特許のネタを考えるも政情を憂うも変わらない。
故に我あり…と誰かが言った。しかし、その思索の対象はこれでもOKなのか? 思索の果てに待つ虚無に近しい無力感の中、意外と果てたるそこが心地よいことに気づく。

くだらないことと等価な大事なこと、嬉しいことと等価なむなしいもの。これはある種の悟りではないのか。

なんて高尚な思いは体内の熱と一緒に放出され、そこにはただ毛が残るだけなのであった。
んー、今日はなんだかワビサビに富んでいるなぁ。

2004.06.04

色気とギャップ理論

「色気」…最近Yahooが辞書機能も導入したのでそれにかけてみると、いわゆる「男女の色気」といわれるものに相当しそうなのは「異性に対する関心や欲求。色情」や「人をひきつける性的魅力」といったものになるのだろう。
ちなみにこのワードは同居人にとって結構デリケートなものなので今日は極力ひっそりと語ろうと思う。

このような色気を形成する要素が何であるのかを考えてみる。題材が題材なだけにさまざまな捉え方、感じ方があるのは承知。個人的な判断でしかないだろうけどもある切り口程度で考えてみたい。

まずは肌の露出度のように直接、性的感覚に訴えるものがあるだろう。しかし、それは「お色気」ではあるかもしれないが「色気」ではないと個人的には区別しておきたいと思う。バストがどうとかの少々の体形の違いも「お色気」ではあるかもしれないが「色気」ではない。きっと「色気」というのは同じ服装、同じ体形であっても差異が出るものだと思う。それは「色気」がセクシャルな請求力を持たないという意味ではなく、意図的に発散させているものと、意図させずに持ち合わせているものとの違いだ。これもわかりにくいか。敢えて一言で言うなら吐き出すのが「お色気」、包むのが「色気」だ。断っておくが別に「お色気」を卑下するものではない。そちらはそちらで立派な魅力だ。

さて、さきほどの言葉の定義で特に注目したいのは「関心」や「魅力」という言葉だ。人が相手に何故関心を持つのか、魅力を感じるのか。「関心」は「知りたい」と思う気持ちがその根源となるだろう。一方、魅力は「自分との違い」から引き出されるものではないだろうか。この二つの要素は「違いを知りたい」という点に収斂される。

この「違いを知りたい」という欲求を駆り立てることと色気の関連、それを端的に言えば、その人を覆う独特のムードがあるかどうかではないかと考えている。覆われたその中にいつも見えてるのとはちょっと別の真実の姿や思いつかないような変遷があるのでは、と感じとれたらそれを脱がせてみたくなるのが人情だ。それが関心となり、魅力へ繋がる。覆っているもの異なる中身がその人のちょっとした隙に垣間見える。それはソウル系チラリズムといってもいい。
このように見え隠れする自分との、普段との違い=ギャップこそ色気の根底にあるのではないかと思うのだ。ギャップが大きいほど想像の幅が広がる。その想像の余地が生み出すイメージの膨らみこそ「色気」なのではないか。
世界のほとんどのパワーはギャップから生み出される。温度のギャップが空気の流れを作りタービンを回すように、ギャップあるところにはパワーが生まれる。

ギャップ理論におけるギャップにはさきほどちらりと触れた通り、大きく2種類ある。

【自他ギャップ】
これはそのまま自分と相手のギャップだ。それぞれが生活する場所でもいいし、基本的な性格・行動力・体格の違いでもいい。生理的な嫌悪感が出るようなギャップだとアレだが、考え方や価値観の違いをベースとした思考ギャップが一番繋がりやすいだろう。相手が見えているだろう世界の違いへの関心は魅力へ繋がる。男女での「種の違い」を感じさせられるような明らかな性差ギャップからくる衝撃とか。ただしこのギャップのみだと色気よりも憧れとかの方面へむきやすい傾向はあるかもしれない。

【多面ギャップ】
同じ相手でもその奥に別の何かが隠されているような部分があるように想像できると、いつも見えている姿とのギャップが発生する。おそらくこれがもっとも色気に繋がりやすいものだと思う。この人の奥を暴きたい、隠してる部分を見たいという欲求がリビドーを刺激するのだろうか。

もし多面ギャップのサンプルをあげるならこんな感じだろうか。

・いつもはガサツに振る舞っている彼女がふとした瞬間に美しい仕草を見せる。
・人づきあいがよくいつも軽いジョークを飛ばしてくれる彼。でも時々一人で何か考えこんでるような思いつめた暗い瞳を見せる。
・いやー、なんつっても浴衣姿っていいよなぁ

なんか一つ余計なのもまじってる気がするが、パターン的にはエロゲーにでもありそうなキャラ・シチュエーション設定だなぁ。

もちろんギャップさえあればいいというワケではない。ギャップが生み出す想像の余地がセクシャルな方面にも及ぶかどうかで印象は異なってくるだろう。

・何事もにこやかな対応で周囲を癒している彼女。だけど彼女の引き出しに「うらみ帳」が隠されているのを発見してしまった。
・日々クール&ドライに仕事の出来る彼。本を読みながら珍しく笑いを噛み殺してるような表情だったのでこっそり何読んでるかチェックしてみたら根本敬の漫画だった。

が、色気に結びつくかどうかは難しいだろう。いや、相手のツボによってはあるいは…。

知ってるつもりの人の別の面の気配を感じると何かか欠けた気分になる。それを埋めようとする欲求が関心だろう。ギャップをトリガとして生み出された関心が広がり、相手全体へ及ぶとき、それは「色気」になる。そんな仮説も面白いのではないだろうか。

…なんてあれこれ書いたけど、ツボは人それぞれ違うから一概にいえることはないってのがホントのところ。さらにいえば禁忌などによるギャップ増幅、そして絶対色気と相対色気とがあって……なんてちっともまとまらなくなるのでこのへんで。

2004.06.03

慣れと油断の定期更新

うちの車の駐車スペースは駐車場の中でもちょっと奥まったところにあり、途中で方向転換してしばらくバックしながら車庫入れせねばならない。とはいえ、もう何度となく繰り返していることなので、特に面倒とも思わなくなっている。慣れたものだ。

先日、車であちこち出かけてマンションへ帰りついた時のことだ。いつものように途中で方向転換し、バックで自分の駐車スペースへぐんぐんと近づく…近づ…えっ!
慌ててブレーキを踏んだ。かなりスレスレのところに見知らぬ車。本来の駐車スペースから1台分ほど前に住人のものでない車が停めてあったようだ。抗議のクラクションでハンパ駐車していた車は謝りながら去っていった。まだ日が落ちきる前でなんとか視界があったから良かったものの、とっぷり暮れていたらブレーキが間に合ったかどうか。
バックでスピード出しすぎなのも悪いのだけど、これも慣れによる油断だ。そこにあるはずがないと思ってるのでちらりと視界に入っても奥に停めてある「あたるはずのない」いつもの車だろうと思い込んでしまう。俺が注目していたのは「ぶつかるところにあるはずがない」真後ろの車でなくハンドルを切る角にある「ハンドルをミスると擦る可能性がある」車の方だった。
毎日の生活となっている駐車場内ということで、どれだけ油断していたかがわかる。日常的なことほど微妙な変化に気づき難い。

同じようなことはきっと他のシチュエーションでもやっているのだろう。仕事でも日常的な作業でこそ、ちょっとしたイレギュラーを見過ごしてしまいがちだ。
人間関係もまた然り。毎日のように話してる親しいと思ってる人についてはどんなときでも「この人はこういう人」という前提のもとで話してないだろうか。そんな思い込みがブレーキをかけるべき言葉をもスルーさせてしまい、時に相手を傷つけることもある。「いつも通り」じゃない話題やタイミングもあることを頭の片隅に入れておかねばならないのだろう。

どれくらい相手、状況にリセットをかけて再認識することが出来るか。それ次第で新たな表情や新たなルートを見つけることが出来るのかもしれない。そんな楽しみもあるのなら今よりちょっとだけ手間が増えてもそれに見合う価値はありそうだ。

2004.05.31

私はコレでタバコをやめ…

今日は世界禁煙デーらしい。そんな日だなんて知らなかったのだが、それを知る前にとうぶん禁煙することを決定した。その経緯は以下のようになる。

土曜日の夜、歯磨きをして口をゆすいでいたら洗面台に何やら赤いものが…。これって血?
リンゴは齧ってないが歯茎からだろうとあちこち探ってみるが、特に変わった様子はない。しかし、うがいしてみるとその度にちらちらと赤いものが混じる。咳こむわけでもないので喉からなのだろう。ポテチ食った時にどこか切ったのか、明日の朝には止まるだろうと放置。しかし結局日曜もずっと血が混じり続けていた。

んで今朝病院にいってみたのだが、鼻から喉にかけて酷い炎症を起こしてるとのことで出血もまだ続いているとのことだ。にがーい麻酔を喉にかけ、検査のためカメラを鼻から喉へ入れる。喉麻酔は唾液を飲み込む感触がなくなるので口に唾液が溜まってるような感じがして気持ち悪い。カメラは細いものだったので快適とは言わないものの、「うぇっ」程度で済んだ。以前胃の調子がおかしい時に飲んだ胃カメラよりは100倍マシだ。あれは「うごぐげぇぇぇっぶ」クラスだったから。
結果、やはり炎症は結構あるらしく、とりあえず二日分の薬をもらった。明日から一週間は通院してくださいとのこと。会社帰りにダッシュするしかないか。うーん。
とまあ、こういうわけで禁煙決定となったわけである。もともとオンタイム喫煙者(勝手に言葉作ってるけど、仕事中だけの喫煙者。休日は苦もなくノータバコでOK)なのでそれほど辛くはないかな。

もともと喉は弱いんだろう。風邪を引いたときも最初から最後まで喉の痛みが続く方だし、カラオケでもすぐ声枯れるし。ある意味俺の最弱器官だと思う。最強器官は…あんまし思い当たらないなぁ。視力も悪いし、歯もぼろぼろ、胃腸も強くはなく、足腰も強くはない…。あえていうなら長い鼻毛くらいのものだ。

しかしここ数日でそんなに喉を酷使するような場面はなかったように思うんだが、どういうことだろう。カラオケしたワケでもない、大声出すとしてもせいぜい小春と弥七を叱る時ぐらいだったと思うのだが。福岡の西で萌えを叫んでいたからか。

病院からの帰り道、ゲーム屋と一緒になってる本屋に寄る。最近同居人と盛り上がりかかっているゲームボーイアドバンスの価格チェック。(同居人はファミコンミニのスーパーマリオをやりたいから。俺はメトロイド狙い) うーむ、畳めるタイプじゃなくて十分かなぁ。コンパクトでいいんだけどね。
なんてことをつぶやきながら店を出た俺の手には何故かドリームキャスト用のシェンムーIIが…。いや中古で千円切ったら買おうと思ってて数年、すっかり忘れかけてた。一体いつやるんだっつー話はあるが。

2004.05.29

食い意地の節約活用

何故だか知らないが俺(というより同居人)の周りは食欲魔人が揃っている。おかげで手作りもののおこぼれ(?)にありつくことも多いのでありがたい。

今日はそんなビバ!食べ物系な人のための節約術を紹介しよう。

まず節約のうまい人とヘタな人の違いというのはいかに日々の何げなく消えてる部分を絞り込むかということにあるのではないかと思う。日でみればちょっとした額だと思っていても一日200円なら月で6,000円。年にすれば7万を越すことになる。

ただこのように計算して簡単にわかりきっていても日常的な部分なので「まぁいいか」とつい使ってしまい、実際にはなかなか節約できないのではないだろうか。あくまで具体的なビジュアルで節約による効果がイメージ出来なければ効力は薄いのだ。そういうときには自分の食い意地を有効活用してみてはどうか。

俺の場合はこれまで何度も名前を出している気がするがお気に入りのフレンチ料理店をイメージに据える。

ル・メナージュのランチ(Bコース)2500円=1ルメランとすると250円は0.1ルメラン。これは缶ジュース2本、もしくはタバコ1箱に相当する。
今日はいまいち食欲ないから昼飯はおにぎり一個でいいや、で0.1ルメラン。前にカップコーヒーを販売機で買っていた頃は少なくとも一日3回、300円は使ってたのだから一日で0.1ルメラン。ゲーセンよっても今日はやめとくかで0.2ルメラン。

このようにルメラン換算を行うと意外とあっさりと月に2ルメラン以上、使わなければ使わないで済むようなものに消えていることがわかった。それをなくせば2回もあのランチが食えていたのだ。そう考えると俄然、節約する気が出てくるというものである。
節約で数ルメラン溜まったら実際に食べに行くのもいいし、気分次第で他の店の開拓に使うも、次にとっておいてもいいだろう。少なくとも節約しないよりは外食に使う金の分節約できたのは確実なのだ。ある程度は目的に使わないと節約する目的の価値、原動力を失ってしまう。

コツとしては近場ですぐ手が届きそうな単位をつけることだ。ワイン好きなら1モエシャンドンでも1シャブリでもいいだろう。ちょい前に買った一眼デジカメD70だとトータル15万くらいあるのでそれを指標にしてしまうと100円じゃ0.001ニコンにも満たない。これだと値が小さすぎて積み重ね感が薄れてしまう。それどころか「げ、よく考えたらたった1台で60ルメラン分じゃん」なんて事実に気づいてしまう。
墓穴を掘らないようにくれぐれもご注意を…。

2004.05.28

3匹目の犬

昨日の朝、会社のE先輩と話していたのだが、それはこんな内容だった。

E「小春・弥七に続く3匹目の犬の予定ってないの?」
俺「今のマンションの規約が2匹までだし、当分ないっすよ」
E「そうかぁ。正夢じゃなかったか」
俺「夢みたんすか」
E「おう、3匹目がコリーで、名前聞いたらジェンキンスっていうんだよ」
俺「今話題の…」
E「なんでそんな名前なの?って聞いたら『時の人だから』って答えて。こいつの命名はよーわからんなぁ、っていう夢だった」
俺「夢の俺、なかなかナイスなネーミングだなぁ。北京のペットショップで出会ったんすかね」
E「そこまでは聞いてなかった。続き見ることがあったら聞いとくよ」
俺「お願いします(笑)」

人の夢の中でさえ、俺はこういうキャラなのか…。でも3匹並んで挨拶したら
「小春でーす」
「弥七でーす」
ジェンキンスでございます
…3段オチとしては十分なパワーを持っているな。夢の俺にちょっとジェラシー(ぉぃ)。
ちょっと不謹慎かな。ごめんなさい。夢に出てくるくらい動向を注目されているってことなんでしょうね。

帰って、こんな話があったよと同居人に話していると、この日の早朝、3匹目の犬でなく同居人の3人目の姪が生まれたんだそうな。E先輩、惜しい!でも女の子とのことなので「ジェンキンス」にはならないと思います…。

2004.05.26

鼻毛の価値が上がるとき

突然だが鼻毛の世間からの好感度はかなり低いと推定する。役割としては重要なのだろうが、基本的に邪魔者扱いされ、笑いの種となるケースが多いだろう。

そんな不憫な鼻毛にも脚光を浴びる瞬間がある。
ある日鏡を見てぴろんと鼻の穴からはみ出た鼻毛があったとする。大抵の場合それは即座に除去されるか、それが困難な場合は再び奥へ隠されることになる。見事引き抜いて確保に成功した時、そしてそれが予想だにしていなかった程の長さに成長した主クラスの鼻毛だった時、その鼻毛の価値は急上昇するのだ。

「一体今までよく気づかれることなくここまで成長したものだ」

と、この「主」鼻毛がこれまで辿ってきたであろうスリリングな日々に畏敬の念を送るしかない。ヒゲでも似たように根元の長さに驚くことがあるが、驚き度としては鼻毛が勝る。

だが…哀しいかな、それを分かち合う相手というのは稀なものだ。ほとんどのケースでは自分だけのひとときの感激の後、最後にはやはり闇へ葬られてしまうという哀しい宿命を負っている。せめて、主鼻毛と出合った時は最大限の賞賛を送ってあげたいところだ。

そういえばかなり昔の話だが一時期、鼻毛を抜くときの痛みが人に共通だとして痛みの世界共通単位が「1ハナゲ」となった、という嘘があちこちで広まったことがあった。
ホントに信じた人がどれくらいいたのか不明だが、信じた人は鼻毛を抜くという行為が身近かつその痛みの大きさがなんとなく納得出来るようなものだったからではないか。
ついでに「抜いた鼻毛が予想以上に長かった場合の驚きの単位を1ナガハナゲ」というのも広まって欲しいものだ。(すぐバレるか…)

2004.05.23

静なる夜に…

やっと北朝…もとい出張から帰還。金曜に帰れなかったせいでお好み焼きパーティに行きそこねてしまった。

今回は出張中ずっと同じホテルに泊まっていたのだが、周りに何の店もないようなところなので(コンビニなのに夜9時で閉まるとか)、夜になるとえらく寂しい感じだ。遅い時間になると車もほとんど通らないのでTVを消すと耳がつまるかのような静寂が訪れる。
極度の静寂というのはある意味騒音ではないだろうか。
TVも消して電気も消してしまうと普段は五感に散らばっている意識が集中され、意識密度が高くなる。疲れてとっとと寝たいのにどうでもいいことを考え始めてなかなか寝付けないのだ。結局TVをつけっぱなしにしたりして寝ることが多い。

帰ってみて思うのだが、自宅も田舎でペット対策か防音も結構しっかりしてるので時折走る電車以外の音はほとんど聞こえない。住宅の音環境としてはそれほど今回のホテルと変わらないはずなのだ。
違いを探すと…それはやはり気配というものなのだろう。同居人の寝息や弥七の鼻息、小春が俺らの聞こえないような小さな音に気づいて首だけ振り向いてる(ような気がする)気配。そういった音として聞こえているか聞こえてないかくらいのものがほどよい意識分散となって眠りへ導く。

そんなわけで、ただいま。

2004.05.13

キーンとこない女達

仕事のバタバタでなかなか更新も出来ず。ま、のんびりペースでいこう。

さて、ゴールデンウィークも過ぎ、気温も上がってきた。あちこちに初夏の気配。ていうか梅雨?
ちょっと気が早いが、日本人の夏の風物詩といえばかき氷。かき氷といえば食べてて「キーン」と来るのが定番だろう。夏だなぁ、と思う瞬間である。

ところが不思議なことにうちの同居人はこの「キーン」を経験したことがないという。さらにいえば同居人のお姉さんも経験がないということなので「キーン」が発生しないDNAを持つ「無キーン血族」ということになる。

キーン細胞(仮)が欠如してるのか、何らかの理由でキーン神経(仮)またはキーンシナプス(仮)が切断されたのか、その詳細な理由は不明なままである。
いや、もう一つの観点がある。もしかしたら彼女こそが正しく、「キーン」は他の一般の人々が作り上げた虚像である可能性も残されているのだ。

「プラシーボ効果」いわゆる「偽薬効果」といわれるものがある。
「これは凄くよく効く薬です」といって単なる小麦粉を炒めたものを飲ませたとしてもそれを信じた患者に回復徴候が表れることがある。逆もまたしかり、同じものを「毒が含まれている」といって渡せば本当に気分が悪くなることもあるのだ。よく「病は気から」というが、思っている以上に俺らのカラダは精神と強い結びつきを持っているということなのだろう。

これを鑑みて「キーン」も実は実体なきもので、冷たいものを食べるとそうなるのだという固定観念がひきおこしている可能性もある。
最初に氷を食べたキーン原人A(仮)がたまたま別要因でたまたまキーン状態となり、それを見ていたキーン原人B(仮)が氷を食べるとそうなるのだという思い込みをしたのが受け継がれているのかもしれないではないか。
ということは「キーン」してる人をみかけたら杉田かおる風に「それ虚像!」と言い放つとあっさり治ってしまうかもしれない。

…なんてことを考えてみたがやっぱり有り得なさそうなので単に同居人がヘンだということで結論としたい。冷たいものに対しての口や喉近く神経反応が鈍いんでなかろうか。

このような痛みなどのマイナス方面の感覚は通常、抑止制御のためにあるものだ。「それ以上やると体がヤバいよ」っていう危険信号のようなもの。それが鈍いということは例えば何かしたいこと、気になることがあるとほどほどでやめることが出来ずに「ノンストップで突っ走ってしまう」ということになる。

アンジー、山崎まさよし、ヨン様……。
この抑止制御の消失現象はハマりやすい同居人家系と何か関連があるのだろうか。ガクブルである…。

ところでこの「キーン」って正式には何て表現するんだろ?

2004.05.08

チャリ変遷とチャリロマンス変遷

別記事のコメントで話が出たのだが、男子の基礎知識の一つとしてチャリ知識があると思う。知識といっても本当に普通のことだ。どうワイヤーが繋がっているのか、どうやってギアチェンジは行われるのか、あんなチャリに憧れた、といった程度でいい。
俺はどちらかというとチャリにそこまで情熱はなかった方だがそれでも必須アイテムには違いないのでこれまでに複数台のチャリを乗り継いでいることになる。

1970年前後生まれ限定かもしれないが、その年代の代表的な持ちチャリの変遷は以下のようになるのではないだろうか。

■小学校位まで
・三輪車などの子供チャリ
 ↓
・補助輪つき子供チャリ
 ↓
・メカ満載子供チャリ

最後のメカ満載子供チャリについて解説すると、ジャンプ等のマンガ雑誌の裏表紙で広告されてたようなチャリである。
って、余計わからんか。
3~5速ギア搭載。サイズは子供向けで小さめであるものの、疑似スポーツタイプのフレーム形成でハンドルもセミドロップぽい。車種によってはギアチェンジをオートマ車のようなでっかいシフトレバーで行うものもあった。ディスクブレーキなんてものを覚えたのもこの辺からかも。ボディ色は大抵ブラック。
ライトは電池も併用するタイプも多く、ライト二眼でさらにウインカーが付いてたりするものもあった。モノによっては手元のスイッチで電子音とかまで鳴らせたりする。今考えればほとんど全部いらん機能なのだが、その頃の俺らにはすげーマシンのように見えたのだ。
機能やメカへの欲求が現れはじめる頃だったのだろう。
ちなみにこのタイプのチャリ、その後もどんどん機能がエスカレートしていったように思うのだが、いつからかぱったり見なくなってしまった。
今じゃお子様もMTB風の子供チャリ。寂しいような気もちょっとだけ…。

■中学校高校まで
・ドロップハンドルの通学チャリ

ドロップハンドルで通学…なんてもう全然見かけないなぁ。この頃はスポーツタイプといえばコレ、男子の通学の多数はこれだった。(少なくともうちの田舎では…) たまにウイリーに青春をかけるママチャリ派もいたりする。
スポーツタイプとなりタイヤは細く大きく、ギアはさらに多段化。自分なりにハンドルのテーピングしたり、折りたたみ可能な荷物用のカゴなど、オプションをつける外すなどのカスタム色が強くなってくる。学校の帰り道で友人との速度競争となるシチュエーションも多い。ちょっと錆びついたりしてると走行時やギアチェンジ時にチェーンが外れることも経験しやすいので自然と対応せざるをえなくなる。

■進学/就職等
・マウンテンバイクやママチャリへ戻る


大体このような変遷を辿ることが多かったのではないだろうか。

こういうwithチャリな生活だと自然とチャリにまつわる思い出があれこれ出てくるものだ。
きっと皆、オイルをたらし過ぎてしまってブレーキパッドにまでついてしまい、しばらくブレーキ効かないまま構わず走ってたり、ブレーキパッド擦りへって効き悪いのに雨の日傘さし片手運転なんかやってて電柱に突っ込んだり、ジャックナイフやウイリーの練習してて頭打ったり、ドリフトターンの練習してて足削ったり、意味もなく超スロー走行にチャレンジしたりしていたことだろう。
そしてタイヤに空気をいれた直後のハンドルが落ち着かない、だけど路面を直に触ってるような路面のレスポンス、どこまでも速度を上げて走っていけそうな感触を楽しんだりしていたに違いない。

ちなみにドロップハンドルでバッグを手首に持ったまま運転するとかなり危険だ。俺は走ってる途中に前輪スポークにバッグが挟まり、そのまま自転車ごと前転したことがあったのを書いてて思い出した。
目のすぐ脇が切れて血だらけ。もうちょっとずれてたら失明だったかも。血だらけで帰る途中ですれ違った車のドライバーはかなり動揺していた。家で消毒だけしてしばらくお岩さん状態で学校へ通っていた覚えがある。「ケンカ?」「いや前転」という非常に間の抜けた会話を何度も繰り返さなければならなかった。

ここまで書いて実物知らない人は文字だけじゃよくわからないだろうとイメージ画像を探してみたら、ヘキサ弟子丸のホームページさんで古い自転車のページがあり、貴重な画像をあれこれ発見。
あー、これです、これ。メカ満載子供チャリドロップハンドルチャリ…。なつかしー。チャリ以外にも貴重な画像が盛り沢山で楽しませていただきました。

さらにググって、当時、僕たちはこれに乗ってたというページも発見。「自転車小僧よ、読んで泣け。」とのお言葉。ええ、泣きます、泣きます。

……さわりだけのはずのチャリ変遷でえらく長くなってしまった。なんかもうあちこち楽しいところ見つけて満足しちゃったので本題は短く済ませよう。(それは本題じゃないんでは…)

実はチャリが変わっていったようにチャリロマンスも変遷を辿っているのだと思う。
少女マンガ的出会いシチュエーションの一つとして共通認識のある
「自転車のチェーン外れて困ってるあたしを助けてくれたあの人」
というパターンについてもかつては「大丈夫?僕に任せて」みたいなのが主流(?)だったのだろう。実際見たことあったか覚えてないが…。マンガ世界でも主流は移り、この基本シチュエーションについても追加要素が加わってこそ活きるものになったように思う。
例えば「ぶっきらぼう」であることを要素に加える。
困ってるところに通りかかり、ほとんど無言で手を真っ黒にしながら修理して、そのまま言葉少なく去っていく男。台詞はあるとしても「貸して…」や「…はい」くらいのものである。
ここのポイントは単純に助けてくれたという「親切」だけでなく「ちょっと変わっている」とか「ディスコミュニケートな距離感」などの付加価値が出会いを盛り上げるために必要になったということだ。
「やさしい、いい人」じゃなく「わからないけど、ひかれる人」へのシフトである。
その後の応用が効くのもこういうケースのメリットだろう。最初が無愛想であればあとはその後の展開の中で万全のタイミングでやさしい笑顔でも出しておけばいい。このあたりは別の王道たる「いやなアイツの意外な一面」と同様の展開方法だ。これでうまくすればトクントクン発動である。

……というのも既に昔の話。いまはこの手のシチュエーション自体がギャグネタ以外には絶滅してるのだろうなぁ。いまだにチャリは身近な存在であるのは変わってないのだから細々と生き延びてるのだろうか。
リアルで本当にこの手のシチュエーションで出会った人とかいたら是非当時の話を教えていただきたいところだ。
他のシチュエーションでもいい。「あのシチュエーションのリアルさんを探せ」みたいな感じで、

・曲がり角で出会い頭にぶつかったのが出会い
・遅刻しかけて近道しようとして柵を乗越えたらそれを
 見られて笑われた(パンツ見られてぶったも可)のが出会い
・いきなり「チビだな」とか「デケー女」などの失礼な言葉を
 かけられたのが出会い
・愛想のない人だと思ってたら捨て猫を拾って優しく微笑んでたのを見た

なんてどうだろう。微妙にいそうで微妙にいなさそう……。

2004.04.30

小春と弥七『帰らぬ父母と働く小春』

薄情な父母のスペイン旅行中、レストランウェアハウスで預られ中の小春と弥七。
さて、今日は何を話していることやら…。

koya-warehouse.JPG

小「ふぅ…」
弥「どうしたの、おねーちゃん」
小「今日も来ないわね、お迎え…」
弥「そんな…おねーちゃん、まだまだ若いよ」
小「そっちのお迎えじゃなくて、お父さんとお母さんよ!」
弥「誰だっけ?」
小「忘れたんかいっ」
弥「あ! あぁ、じょ、冗談だよ。おとーちゃんとおかーちゃん、どこいったんだろうねっ」
小「どうせどこかで飲んだくれてるのに違いないわ。それできっと毎日生ハム~とかいってるのよ」
弥「なにそれ」
小「よくわかんないけど、なんだかそんな言葉が浮かんだの。それにしても遅いわよね。あんたは実家に戻ってきたみたいなものだから嬉しいんでしょうけど…」
弥「おねーちゃんも毎日走り回って楽しそうじゃん」
小「あたしのシマも広くなったものよね……ほら、そこのアンタ、あたしに挨拶もなしにお店にはいるつもり?…まったく最近の若い子は」
弥「あ、尻尾丸めて逃げてったよ」
小「そのへんのどこの猫の骨とも知らないのにあたし達の寝床を荒らされるわけにはいかないからね! ここは広いからいつも気を張ってないと」
弥「おねーちゃん、かっこいー」
小「とにかく、さっさと戻ってきてもらわないと毎日お仕事大変なんだから」
弥「おしごと? あ、お客さんだ」
小「あ~ら、いらっしゃぁい☆ とっておきのランチ用意しててよぉん♪ マスター、2名様ご来店ですぅ
弥「…って、せくしー呼び込みのバイト!?」

2004.04.29

泥棒の多い料理店?

俺ブンさんの記事で自転車泥棒の話があった。
ネタ人生度はそんなに高くない俺だが、ひとつ自転車の盗難についてのエピソードがあったことを思い出した。

今のところへ引っ越す前のことだ。まだ田舎暮らしでなかったので、その頃の俺らは週末に地下鉄も使わずにダイエットと節約を兼ねてチャリで繁華街まで出かけることが多かった。
今にして思えばチャリ移動の何がいいかって、身軽なこと、エコロジーなのは勿論だがなによりも言えるのは「気兼ねなく酒が飲める」ということだ。いや、チャリでもふらふら運転になるようならヤバいのだろうけど、さすがにそこまでは飲まない。

その日も、俺と同居人はチャリで天神方面へ移動し、買い物などした後、晩飯にとあるイタリア料理屋で食事とワインを満喫していた。チャリはその店には空いてるスペースがなかったので、隣の閉まっていた店の前に置いておいた。
2時間ほどで満腹&いい具合に酔っぱらって満足気分で店を出ると…

俺のチャリがない…

同居人のチャリはそのままあるのだが、俺のチャリはあちこち探してみるがどこにもない。鍵は一応かけてはいたのだがしょせんは簡易鍵。あっさりと壊されてしまったのだろうか。数年は乗っていたが、まだまだ乗れる状態だっただけに悔しかった。
俺は周辺の捜索を諦めて事件現場であるチャリを停めていた閉まってる店の前へ戻ってきた。ため息をつきながらふと見上げると、その店の名前は

『スナック泥棒』

いや、ネタではない。本当にそういう名前の店だったのだ。俺はもうひきつったような笑いを浮かべるしかなかった。

その後、仕方ないのでバスで帰ることにしたのだが、当然のように俺はバスで、同居人はチャリで家まで帰った。
後で同居人がその話を同僚にしたら「普通、男がチャリで帰るっちゃない?」と言われたそうだ。んー、そういう考え方もあるか。自分の自転車は自分が乗るという単純明快な役割分担だった。自転車を失った失意とネタ的充足度の奇妙なバランスの中でそこまで考えは回ってなかったのだろう。
ま、酔った俺に一人で帰らせれば慣れた道でさえ迷う可能性もあったわけだし。

ただ覚えているのはこの時、俺がバスに乗って帰っていると、バスと同じ道を走ってくるチャリに乗った同居人は俺の乗ったバスを追い越そうと必死だった。バスが信号で止まるたびに満面の笑みで抜き去っていく。
今も変わらないが、当時からおかしな人である。

2004.04.07

小春と弥七『モデルの事情』

小春と弥七は今日もいい子におるすばん。
さて、今日は何を話していることやら…。

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小「最近のアレ、ウザいわよね」
弥「アレってアレ?」
小「そう、ソレ」
弥「ってドレだよ、おねーちゃん」
小「お父さんが黒いの手に持ってカシャカシャやってるのあるでしょ」
弥「あー、アレかぁ」
小「時々ピカッてなるし、名前呼ぶから何かあるのかと思ったら何もしてくれないし」
弥「まぶしいもんね。ボクなんか名前呼ばれたから何かいいことあるのかと思っていっぱい尻尾振ってダッシュしたのに近づいたらおとーちゃん逃げるんだよ」
小「突進してたわね。犬まっしぐら、って感じで」
弥「それにアレ、舐めても美味しくなかったよ。おとーちゃんは慌ててゴシゴシしてたけど」
小「どう見ても食べ物じゃないけど…トライするキモチは大切よね」
弥「でもあれでテレビにボクたちの絵が出るんでしょ?」
小「そうみたいね。カシャカシャの中の人も大変よねぇ。手疲れないのかしら」
弥「こないだあれ見ながらおかーちゃんが小春ねーちゃんのことへっぴり腰だっていってたよ」
小「!! お母さんの血よ、カシャのタイミング悪いのは…。前にお父さんにお母さんの絵も見せてもらったけどへっぴり腰どころじゃないのばかりだったもの、あれは既にホラーよ」
弥「おかーちゃん、ホラーなんだ、そうなんだ…。だから時々ジェイソンみたいに棒を持って追いかけてくるんだね、こわいね~」
小「あれ掃除機っていうんだけど…」
弥「ところでへっぴり腰ってなんなの?」
小「知らないで言ってたの? ………そうね、ドンペリみたいな腰ってことにしておこうかしら」
弥「なんかウソくさいなぁ。ファイナルアンサー?」
小「んまぁちがいない」

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さて本格的に旅行準備。バタバタしそうなので次の更新は戻ってからかな。

2004.04.05

キカイのカラダ

といっても銀河鉄道でさらば少年の日よ、と旅立つわけではない。

ちょっと前、雑談中に、体力増進のため最近エレベータやエスカレータを使うのやめたら予想以上に辛い、というような話を聞いた。俺も3km程度のジョギング兼犬の散歩(しかも途中歩き)でさえすぐに息切れがするような体力のなさだ。
いつだったか遅刻しそうな朝にエレベータが混雑していて、階段を駆け上ったら途中でのたれ死にしそうになったこともあった。なんとか出勤は間に合ったものの席に着いて30分くらいは何もできずに座するハァハァ男と化していた。ぁゃιぃ…。

考えてみれば確かに主な移動は車やバスや電車だし、ビルに入ればエレベータにエスカレータ、いろいろ便利なものが揃っている。「北の国から」でも実践しない限り、これらなしに生活するのはほとんど不可能に近い。
広い意味で既に俺らは『機械の体』なのだな、と思った。いろんな機械の助けを借りなくては普段通りの生活も出来ない。
だからといって脱機械を謳おうなんてつもりは全く無いのだが、せっかくの『肉体』がもったいない気はちょっとする。
武術を題材とした山本貴嗣のマンガ『セイバーキャッツ』の中でこんな台詞があった。(例によってちゃんと確認してないので言い回しは違うと思うけど)

「(武術は)人がなくしてしまった体の教科書さ」

武術家に限らずスポーツ選手など、見てれてしまうような体の使い方を目の当たりにすることがある。骨、筋肉、関節、そしてその組み合わせが生み出すカタチ、ウゴキ、チカラ。これらは時に目に焼きつくような鮮やかな印象を残す。

俺は基本的にインドア派だったのであまり積極的に体を動かすことは少なかった。これはこれで別の道を行き、別の価値を尊重しただけのことだから特に後悔も無いのだけど、時々ふと自分の体のポテンシャルを心底出してみたらどうなっていたのだろう…と思うことはある。基本的に運動音痴なのでポテンシャル出しても何かに活躍出来たという気はしない。小山ゆうの『スプリンター』の如く『神の領域』を覗くこともなかっただろう。(古っ)
ただ、単に走るだけにしても歯をくいしばり、持てる力の限りに手足を突き出しながらも意識だけは妙に冷たく冴えていて「もっと速く動け」と、もどかしさを感じながら腕を振っている感覚。そういうのをもう少し楽しんでおきたかったかな…とは思う。
もしかしてこれも貧乏性か? 今は「頼むから普通程度には動け」というレベルなんだよなぁ。とりあえずの目標は「中型犬とゆっくりめに走っても足がもつれない」ことだ。逆にいえばもつれてコケそうになったことがあるとということだ…。とほほである。

2004.04.03

小春と弥七『ダイエット』

小春と弥七は今日もいい子におるすばん。
さて、今日は何を話していることやら…。

koya-diet.jpg

弥「最近おかーちゃん、あまりごはん食べないね。どこか具合悪いのかな」
小「ダイエットっていうのよ、あれは。ごはん少なくして痩せるの」
弥「え~、ごはん少ないなんてやだよ」
小「実はあたしも一時期やってたのよ。今はごはんがACANAにグレードアップしたからつい全部食べちゃってるけど…」
弥「小春お姉ちゃんも?なんで?」
小「ほら、細い方が胴が長く見えるじゃない(お腹ひっこめてみせる)
弥「あ、ホントだ!」
小「おかあさん、あたし達ばっかり胴が長くてかわいいものだから自分も長くなってかわいくなりたいのよ。ふふっ、必死ね!
弥「そうなんだ。おかーちゃん、はやく胴長くなるといいね」
小「その点、お父さんは胴長でかっこいいわ」
弥「おとーちゃん、胴長いもんね!」
小「長いわね」
弥「長いよねぇ」

(遠くで小さくすすり泣く声とともにフェードアウト)

-------
いつも無駄が多いので今回短く。なんかパペットマペットみたいだなぁ。

2004.03.31

携帯縦画像の行方

カメラ付き携帯が普通になったせいかWEB上でも縦撮りの写真をみることが多い。事実ここでのせているのも最近の一眼で撮ったもの以外のほとんどは携帯で撮影してるので縦写真になりやすい。なんとなく画像は横長という意識が染み付いていたワケだが、携帯の普及が状況をかえていくのかもしれない。
このまま縦画像が増えていくと社会にどんな変化がおきるだろうか? ちょっといいかげんに検証してみよう。

●TVが縦型に
ワイドTVが普及しきった頃に新規需要を開拓したい家電各社がこぞって唐突に縦型TVを発表。回転させて縦横兼用となる過渡期を経ていつのまにか縦型TVが主流の座を勝ち取る。縦型TVと携帯画面との連動が普通となり、写真もムービーもダウンロード映画も携帯から無線で縦型TVに映して楽しむ時代に。

●縦シュー人気復活
縦型TVの普及に伴い、かつてゲーセンを席巻した縦型シューティングの時代が再び訪れる。ネットRPGだ、3Dフィールドだと騒ぎ疲れた人々にシンプルな伝説の2Dシューティング達が脳天直撃。

●立ちポーズ流行
縦型TVによりTVドラマも縦長となり、自然と画面に全身が映される機会が増えていく。芸能人を起点として人は立ちポーズにこだわりを持つようになる。そして人気の『ブランド立ちポーズ』が世界的に流行することになる。
ここで注目すべきはジョジョ立ちカトキ立ちの存在だろう。
携帯の普及率は爆発的。そう、近い将来人類総人口の5割がジョジョ立ちやカトキ立ちする日がやってくるのだった。

……んー、我ながらありえね~。

2004.03.26

ハブラシを巡る闘い

夜も0時を過ぎると食事や風呂も終え、マターリと過ごす時間となる。大抵は犬と遊んでるか、本を読んでいたり、WEBに接続して楽しんでいる。そんな時間がしばらく過ぎ、そろそろ寝なきゃな、というタイミングになると俺と同居人の間で静かにある闘いが始まる。

どちらがハブラシを持ってくるか。

どちらともなく「そろそろ寝なきゃ」の言葉が紡ぎだされ、お互い微かに緊張が走る(ような気がする)。

(さて、どう出る?)

軽く探りをいれながら、お互いに自分が今まだ何かやってる最中であることや、既に眠くて動けないことをさりげなくアピールする。どちらが先に動くか、言葉に出すか…それが闘いだ。

昔スピリッツで読んだ4コマ漫画(中崎タツヤの『じみへん』かな?)で、帰宅する時間のバス車内で「誰が最初に降車ボタンを鳴らすか」で乗客たちによる静かな闘いが繰り広げられる、というネタがあった。最初にボタンを押した者の負けだ、という脅迫意識が乗客にのしかかる中、バスは何度も何度も往復を続け、ついに一人が敗北の降車ボタンを押す。その「敗北者」は「今日娘が誕生日で…」と涙ながらに語るのだ。
なんだかその車内の雰囲気がわかる気がして大好きだったので覚えているのだが、ハブラシを巡る攻防もなんとなくそれに近い。

そして今夜も静かに闘いのゴングは鳴らされるのだ。

…でもまぁ、かなり暖かくなってきたので前ほどはシビアな闘いではなくなった気はするな。冬は暖かい部屋を出て洗面所まで取りに行くのヤだもんなぁ。

2004.03.24

小春と弥七『マラソン』

小春と弥七は今日もいい子におるすばん。
さて、今日は何を話していることやら…。

ko-ya-2.jpg

小「そういえばQちゃん、落選したみたいね」
弥「オバケの?」
小「やっぱり何にも出来ないけど毛が3本なだけじゃオリンピックには出れな…ってノリツッコミしてる場合じゃないの! マラソンの高橋尚子さんの方だってば。そもそも生後6ヶ月にしてそのミョーに古い知識はどういうことよ?」
弥「……(ウルトラQでさらにボケようかメロリンQにいこうか迷っている)
小「あんた留守番中にスカパー見過ぎ!」
弥「だっておかーちゃんも刑事ヨロシクのためにTBSチャンネル狙ってるし…」
小「いいからスカパーから離れなさいってば」
弥「えと、なんの話だっけ」
小「だからマラソン。最近お父さんとお母さんと一緒にたまに走ってるでしょ、あんな感じ長~く走るのよ」
弥「えー、おかーちゃん走ってないよ、歩いてるだけじゃん」
小「あれでも走ってるつもりなのよ、本人は」
弥「でもずっと同じ速さで走るよりダッシュしたり歩いたりの方がボクは楽しいけどなぁ」
小「途中あちこちチェックしたいのよね、あたしも。気になるニオイが沢山あるんだから」
弥「それでおとーちゃんに踏まれたんだよね」
小「…あ、あれはお父さんの反射神経を試してたのよ。鈍ってなければいつも通り避けきれたはずだったの」
弥「それでハゲになっちゃったんだよね」
小「それはほら、あの……アタシもココ来てもう1年なワケェ~。んでぇ、ちょっとハクつけたいっていうか~」
弥「おねーちゃん、なんか別の人(犬?)になってるよ。それにハクとハゲは似ていて違うよ」
小「ともかく!Qちゃんは残念だけど決まっちゃったものは仕方ないし、他の人に頑張って欲しいところね」
弥「ドロンパとか、U子さんとかね」
小「だからそれは違うってば」

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んー、オチ全く考えつかず。考えなしにライブで書いてるからどう話が進むか不明ってあたりがO型か。でも気にせず更新。(いいんか、それで…いいのかバカ親だから)
実際はどっちかというと小春の方が天然ボケだと思うんだけど、なんとなく男ボケ、女ツッコミなイメージがあるんだよなぁ。

2004.03.21

あれこれいろいろな日

今日(もう昨日か)はなんだか色んなことが入り混じった日だった。
犬達を置いて街へ出かけ、狙っていたデジカメD70を結局購入してしまった。実際に店頭で起動&撮影レスポンスの良さを味わってしまうと…迷った挙句に決断。これでもう当分何も買えません。まじめに働くかぁ。
一眼デジカメはすぐに結果がわかるので勉強になりますね。銀塩だとこの設定でどうなるんだろう、ってのを知るのはかなり時間が経ってからなのでその頃には設定なんて忘れてしまう。(メモればいいという話もあり) デジカメだとどれだけ設定変えても、ブラケット撮影しまくってもタダってのが最高です、はい。

と、これだけなら気分良く終われたのだが、帰ってから最近サボっていた同居人のジョギングのお付き合い。犬の散歩も兼ねてるので各自1匹ずつ引き連れて走る。そして事件は起きた…。もうすっかり暗くなっているのでなるべく道沿いの明るい道を走るのだが、途中どうしても暗くなっているところがある。これまでも危ないと思ったことはあったのだが、今日ついにそうなってしまった。
走ってる俺の足元に連れていた小春が飛び込んできた。暗くて気づくのが遅れ、そのまま避けきれず踏んづけ…。滅多に痛みで声を出すことのない小春が「きゃいん!!」と鳴いた。
ジョギングも中断し家へ戻ると小春の額に痛々しい傷とハゲが出来ていた。かなり鬱入りつつも俺を怖がる様子はないのがせめてもの救いだ。ごめんね、小春。ちなみにハゲの様子はこちらを参照のコト。

てなわけで結局「犬を撮ることを大きな目的のひとつとしてデジカメ新調した日に犬を傷物にした馬鹿者」になってしまいました(涙) とほほほほ。家に帰ってすぐカメラのバッテリ充電させながらジョギング行ったのでハゲ前の写真撮れてねーし…。

追い討ちをかけるようにTVの緊急ニュースでテロップに流れたいかりや長介さんの逝去。途中から「ひょうきん族」に流れたものの、小さい頃「8時だよ」で育ち、「ドリフ大爆笑」を楽しみにしていた世代なので寂しい限りです。もうあの「ダメだこりゃ、次いってみよう」は聞けないのか。最近のドラマでもここ一番で魅せる役どころとして活躍されていただけに残念です。
心よりご冥福をお祈りします。

2004.03.19

小春と弥七『白い巨塔』

小春と弥七は今日もいい子におるすばん。
さて、今日は何を話していることやら…。

ko-ya-1.jpg

小「白い巨塔、終わっちゃった。もう里見先生に逢えないなんて…(涙)」
弥「おねーちゃん、里見先生好きだったもんね。来週まだスペシャルやるみたいだよ。総集編+エピローグやるのかな。でもやっぱりボクは財前先生の方が好きだったな~」
小「…あんた、貪欲なところ似てるものね。あたしのご褒美まですぐ取ろうとするし」
弥「オヤツを求めて何が悪い!
小「それ、似てないから」
弥「(しょぼーん)無念だ…
小「あんまり遊ぶと怒るからね」
弥「でもブラックジャックによろしく、とかこういうドラマが続いてるから大学病院行くのが嫌になる人多くなったりして」
小「それで良くなるきっかけになるのならいいじゃない。あたしは里見先生や財前先生と同じように情熱を持って医師という仕事に取り組んでる人は多いはずって信じてるもの」
弥「だといいけど…」
小「それに白い巨塔は医療について向き合うこと以上に人間について向き合ってるところが魅力だったんじゃないかしら」
弥「でも、おねーちゃん、でもボクたち犬だよ」
小「…そういえば犬ね」
弥「犬だったね」
小「でもあたし達だってお医者さんは人間だもの by相田みつを」
弥「おねーちゃん、なんかヘンなのついてるよ」
小「犬と人も寿命っていう病を抱えてることに変わりはないわ。長さの差はあれ、生まれてからの余命をどう過ごし、どう終わりたいのか、という視点もあるのよ。ポジティブともネガティブとも取れるけれど…」
弥「おねーちゃん、なんかかっこいい!」
小「…ってお父さんが言ってたわ。意味よくわかんないけど」
弥「パクりなのかよ」
小「でも、こうなると田宮二郎版も見てみたいわね。結構ストーリー違うところもあるっていうし」
弥「スカパーのフジでやるみたいだよ。チェック済みさ!」
小「…てれびっ子」
弥「今ペット人気なんだし、どうせなら犬版も作ってくれるといいのに」
小「どんなのよ、それ」
弥「長い巨胴…とか」
小「……」

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もしかしてこれシリーズ化してしまうのか?

2004.03.18

バビル2世と貧乏性

**ボインコンプレックス**さんの記事を見ていて、俺の行動の一番根本にあるものもやはり『貧乏性』だろうと思っていたので、つい反応。
貧乏性…これまでの自分の記事の中でも何度となく頻出しているキーワードだろう。

貧乏性だから250円コースで使えるココログをマメに更新する。
貧乏性だからしかも6月まで無料なんだからと機能的にまず必要ないココログプロへプラン変更してみる。(そしておそらく6月にベーシックへ戻す…)
貧乏性だからスタバでコーヒー豆買うときちょっと悩んでるフリして店員さんから本日のコーヒーの試飲を勧められるのを密かに待ってしまう。
貧乏性だから小銭を貯めてル・メナージュ(お気に入りフレンチ料理店)へ気合をいれて食べにいく。
貧乏性だから旅行などのちょっとしたイベントでは少々お金をかけてもいいやと思う。
貧乏性だからフラれた要因を次に活かさなきゃもったいないと思う。
貧乏性だから「せっかくだから赤の扉を開こう」と思う(違)

一見、金や労力を使っているように見えるものの気持ち的には実際にかかる額や労力以上の楽しみを貪ろうとするところが貧乏性である。バイキングでモト取るために食べきれない位の量を皿に盛ってしまうようなものだ。

俺がこんな貧乏性となった原点は何だろうと振り返ってみる。もちろん家がそんなに裕福でなかったのも大きいだろう。だが、同じ環境で育った姉弟であっても性格は異なる。俺だけ個別に影響を受けた何かがあったはずだ。そこで思いあたったのは『バビル2世』(マンガの方)なのである。

バビル2世といえばアニメ化もされた横山光輝氏のSF作品だ。超能力を持った少年と宿敵であるヨミとの超常者同士の熾烈な戦い。超能力というエッセンスも含め、幼い頃ひきこまれずにはいられなかった。
ヨミに限らず、主人公と超能力者同志の対決は何度もあるのだが、その勝利パターンは大抵の場合、

ビビビビビ!を先に出しまくった方の負け。

であった。主人公は最初、敵から苦しめられて何度もビビビビビ!を受けるのだが、それを耐え抜き、最後に相手も疲れが出たところで逆転のビビビビビ!にて勝つのだ。(作中の話についてはなんせ子供の頃読んで以降、読み返したことがないので嘘言ってるかもしれない)

それが幼い俺の中で

パワーを先に使い過ぎると負けるんだ、最後にドカンと行く時以外は出し惜しみしてしまっておけ。

という揺るぎない法則として十戒の如く胸に刻まれる結果となった。これが貧乏性の引き金となったのではないかと推測するのである。

ちなみにあの手を掴んでビビビビビ!は何だったのだろう。電撃のようにも思えるが…。サイコキネシスでプラズマ発生させてぶつける、みたいな理屈があるのだろうか…。一時期流行った謎本とかにあったりして。



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2004.03.17

汚れ耐久限界

ギャップあるところに生まれるのはエネルギーか軋轢である。
なんてもっともらしいことを書きつつ、毎度のように低レベルな話へ移行する。

さて、俺はサラリーマンであるので効率的な作業を常々心掛けている。世にある非効率的な作業のうち、上位にランクするもの、それが頻繁な掃除ではないだろうか。

例えばテーブルから何かモノが落ちたとする。一度落ちたということは再度落ちる可能性も当然ある。とすれば、ここで拾って元の位置に戻したとしても再び落ちてしまうと全て無駄な作業に終わってしまう。嗚呼、非効率。最初から落ちたままにしておけば二度と落ちることはなく無駄なエネルギーの消費も一切ないのだ。エントロピー増大こそ自然の摂理である。

またモノが整理されることよってモノを発見しやすくなるかというと、それまでと場所が変わってしまっているため余計に面倒になる。さらにいえばそれを探してあちこち引っ張り出すことでまた散乱していくのである。なんて非効率的!
俺的には「目のつく場所にそのまま置いてるもの=TODOリスト」なのだ。目につけばその存在を忘れずに済む。見る度にそのモノに関連する要件を思い出し、完全に用なしとなったらゴミとして捨てればいいのだ。

勿論、掃除や片付けを全否定するわけではない。特にうちのように犬を飼っていると床にあるとヤツらに破壊されてしまったり変なモノ食べさせたりすることになるのでその点は十分に留意すべきだし、片付けるべきだ。足の踏み場までなくなってくると移動の効率性に欠けるだろう。洗い物も放置しておくと汚れがとれにくいだろうし、次に使うときにすぐ使えないのは不便だろう。これもわかる。

そのあたりに影響しないちょっとした散らかりは自然な状態といえる。散乱物が日常生活へ重度の障害になり出す頃まで放置しておく方がなにかと効率がいい。頻度を半分にすれば掃除の時間分、各自でさらに有意義な時間を過ごせるだろう。
少々埃が積もろうとも、モノが散乱しようとも生きていけることは何年もの間、実体験で立証済みである。


…という持論なのだが、まったく相手にされることもなく同居人の主導により掃除は行われ、手伝ったりすることになる。ここに存在するのは汚れに対する耐久性の限界値の違いだろう。二人の間の汚れ耐久限界値ギャップが効率性をスポイルしているのだ。

ところで俺的には頻繁と思う掃除頻度も本当の掃除好きな人から見れば全然頻繁じゃないらしい。むしろ少ない方だと…。限界値の違いはそのまま役割の違いなのだろう。世の中バランスよく出来ているのだなぁ。

2004.03.16

あたたかな暗闇

最近ではなかなか純度の高い暗闇に出くわすことがない。
深夜に外を歩いたとしても、店のネオンや街灯、空からは月あかりに星あかり。部屋でカーテンを閉めて電気を消しても近所のあかりが差し込んでくる。10cm先さえもどうなってるかわからないくらいの状況を経験するというの非常に稀な体験となっているのかもしれない。仮に自ら目を閉じたとしても内光により、簡単には暗闇を得ることは出来ないのだ。

そういう真の暗闇に近い状況をいくつか覚えている。
ひとつは学校の暗室だ。暗室の掃除当番だった時は一緒に当番なる数人と必ずやっていた遊び。オニを決め、電灯スイッチのところで後ろ向きに待つ。その間に他は暗室内のどこかへ移動。しばらくしたらスイッチを落とし、真っ暗にして探し出す。手探りで人に触ったら名前を当てる。当たっていたらオニ交代、という単純な遊びだ。
暗室は相当狭い部屋なのだが、目の前が全く見えないのでえらく広く感じるのだ。歩くと壁が唐突に現れるのでスリル満点、一瞬も油断ならない。暗室掃除がクラス当番から外れるまで楽しませてもらった。
また田舎に住む(といっても俺もそんなに変わらない距離に住んでたのだが)友人のところでもこの暗室遊びは行われた。ここも周りに民家がなく、暗室ほどではないにしろほぼ暗闇であった。暗室より広くさらに押し入れや机など隠れる場所も豊富なので難易度はかなり高かった覚えがある。押し入れの梁にしがみついたヤツを暗闇の中で探すなんてのは相当に大変なのだ。でも逆にいえばそんなに暗くなる時間までしょっちゅうおしかけてたのだからえらく迷惑な友達だったろう。ごめんよ。

もう一つ、曾祖母の家があった。子供の頃によく訪れていた曾祖母の家へ行く時はちょっとした冒険だった。結構な田舎で、草ぼうぼうの勿論舗装なんてされていない道を父が運転する車で進んでいく。ヘッドライトのあたってる所以外は何一つ見えない。ライトを消したら最後、本当に何も見えないのだ。ただ虫の声がするだけ。そのうち闇の奥に小さな、柔らかい明かりが近づいてくる。それが曾祖母の家だった。

それほど長い時間いるわけでなかったからか、その先に灯りがあることをしっていたからか、これらの闇はどれも怖さというより興味や日常から離れたような不思議な感覚をもたらす、少しあたたかさを感じる暗闇だった。きっとよく知っている場所で、一人でないという思いが安心をもたらすのだろう。
曾祖母の家も祖母の家も今はもうない。全ては自然の中に飲み込まれてしまった。いまはそこは冷たい暗闇に包まれていることだろう。
停電や道に迷って…なんて状況だと嫌だけど、長いことご無沙汰の楽しめる暗闇ならばまた体験してみたいものだ。

2004.03.12

失われた4cmを求めて

うちは同居人が結構タッパがあるので、コートやブルゾン、パーカーなどのルーズめな服なら結構二人で共用出来たりする。いや、正確には俺は同居人の服はサイズ、デザイン的に着れないことがほとんどなので、俺の服を勝手に着られている、というのが正しい。
俺のお気に入りだったダッフルコートも最近はほとんど同居人によって着られ、酷使のあまりボタン止めまで破壊されてしまった…。
またある物については俺が同居人からプレゼントとして受け取ったはずの服が何故だか普段、同居人によって8割以上着られていたりする。これはプレゼントという名を借りた、自分が欲しかった服の補充ではないかとずっと疑っている。いくら平日俺がスーツであるとはいえ、怪しいものである。

とはいえ、店頭でお互いが欲しいのが一致した時などはお互い半分ずつ出して購入できたりするのでなかなか便利だ。平日は同居人メイン、休日は俺メインで着るならばあまり競合することはない。(ちなみに競合した場合は他の服とのコーディネートを理由に取り上げられる。なんでや…)
ジーンズも結構共用できるので、俺の分購入の際にはひそかに「自分が使えるかチェック」が入っているような気がする。事実、LEVI'S 517は俺のなのにほぼ取り上げられたかのような扱い……


まて。

同居人と俺との身長差は4cmくらいあったはずだ。上着はまだわかる。しかしジーンズはどう考えたらいい? この4cmは一体どこへ消えてしまったというのか(涙)
もしかして俺、自分で気づいてないだけで実はコーンヘッド?

2004.03.11

偶然、その確率は…

仕事が遅くなったある日、先に帰っていた同居人に車で迎えに来てもらった。もちろんお迎えには犬も同伴だ。
しばらくして「着いた。○○のとこにいまーす」とのメール。こちらの作業が予定よりちょっと遅れたので大急ぎで後片付けて外へ向かった。
連絡のあった道沿いへ駆けつけると…すぐ目の前にいた。こちらの姿に気づいたのか、ガラス越しに犬がもぞもぞと動いてるのが見えた。すたすたと近づき、「さんきゅー!」の声とともにドアを開ける。すると…

「な、なんでしょうか?」

中にいたのは見知らぬ女性とネコ…。
「すびばせん、間違えましたー」と謝ってそそくさとその場を去る。慌てて辺りを見渡すと、斜め前方のちょっと離れたところにうちの車がひっそりと停めてあった。

まったく偶然の一致というのはあるものである。
もうとっぷり夜は更けて暗かったのもあるが、何故これだけあっさりと確信をもって間違えてしまったのか。反省の意味も込めて要因を探っていこう。

■運転席に女性ドライバー
これは確率的に50%なので、勿論これだけで間違えたりはしない。髪型とか似てたけどね。

■同じ色の車
うちの車はどちらかというとマイナーな色なのである。なのにたまたま同じ色の車だった。これはカラー確率でいってアバウトに10%程度とする。

■車のカタチも結構似ている
大きさこそ違うものの、ちょっと角張ったスタイルが似ている。暗いからディティールを確認出来なかったのもあるが。わずかに違和感はあったんだよなぁ。それをちゃんと追求していれば…。ま、最近多いスタイルなので40%くらいの確率にしとこう。

■時刻、停車位置
この時刻、その場所付近に停車してた車はこの2台だけ。元々そんなに車の量も止めてる車も多くないのでまさにたまたま…である。タイミング良すぎた。確率は算出が難しいが、20%程度ということで。

■車の中でうごめく小動物
これが極めつけだ。車の中は暗くてよく見えなかったものの、ドライバーの近くで小動物の影がもぞもぞしてるのが見えた。これで確信したといってもいい。動物連れてる人はいるだろうが、なんでまたこうもタイミング良く…。確率5%。

これだけの偶然が重なった末の事件である。
このトータル確率を出してみると

50%×10%×40%×20%×5%= 0.02%

つまり5000分の1の確率だ。これから毎日土日休まずに仕事して毎日迎えに来てもらったとしても次に同じ事態になるためには13年以上待たねばならない。(実際には同じ人が同じようにいる確率高いけども)
こう考えると何か得した気分だなぁ。(貧乏性)

乗り込む前にあと5秒、じっくり見ていれば気づいただろうに、待たせてて焦って駆けつけてなければ。ナンバーやフロントが見える位置に停めてあったら…。そういうのも含めるともっと確率は希少化しそうだ。

てなわけで、びっくりさせてすみませんでした>間違えた人
あの時「キャーァァア!」なんて楳図かずお風に叫ばれてたらどうなっていたことやら。(ってここでいっても見てないしなぁ)

2004.03.09

その日、トイレにて

会社や大きな建物のトイレという場所は不思議なところだ。かなり近くに他人がいるのに仕切られ、独立している。確実に気配はするがお互い不可侵な領域。それがトイレなのである。
小鳥 (a little bird)さんの記事でそんなトイレでの出来事を思い出した。

ある日、トイレに入り、便座に座ると目の前に信じられない光景を見た。
壁から毛が生えているのである。
かなり肝を冷やしたが、目立つところにあるので目をそらすにも限界があり、仕方なく冷静に観察してみると、おそらくはヒゲを抜いて貼り付けたものであることがわかった。確かにヒゲ抜いたときって根っこのところが粘着力あるもんなぁ…なんて感心している場合ではない。トイレはヒゲアートの展示場ではないのである。マジで気持ち悪かったなぁ、あれ。

また学生時代には学校のトイレは落書きだらけだった。いわゆる便所のラクガキだけではなく、その落書きの中で出たばかりのブルーハーツのアルバムについてアツく他の人と会話が続けられていた。それは原始の掲示板やりとりを見るようである。

トイレの使い方に貴賎なし…かもしれないが迷惑なもんは迷惑だよなぁ。

2004.03.06

敢えて無精ヒゲ

前の記事ネタになんかなりゃしないと書いてしまった無精ヒゲであるが、下痢と頭痛で寝込んでいた時に無精ヒゲが夢枕にたって哀しそうな毛艶をしていたので、敢えて取り上げてみることにした。

さてその無精ヒゲ。
ある意味これほど人を選ぶオプションアイテムも少ないのではないだろうか。そう思うほど、似合う人、似合わない人がきっぱりと分かれる。そう世の男は2種類しかいない。無精ヒゲでカッコ良くなる人か汚くなるだけの人だ。

俺ブンさんと同じくワイルドでハードボイルドな俺を演出するのに無精ヒゲは小粋なアイテム…と思っていたのだが、俺は間違いなく後者の汚くなるだけのような気がする。
適正自体はあるはずなのだ。なんせ無精については自信がある。出無精、筆無精、マングースとハブショーなんでもこいだ。一人暮らしでゲームに明け暮れてた頃は一歩も外に出ないままの連休にはヒゲを剃ることもなく、延ばし放題にしていた。といってもしょせん数日なのでチクチクがジョリジョリに変わり、クニクニに変わろうかというあたりで終わってしまう。(この表現でニュアンス伝わるのだろうか…)

仕事があるとはいえ、押し通せばそのまま伸ばすことも出来るはずだ。なのにそれをやってないというのは自分なりに何かの社会的プレッシャーを受けていることになる。つまり制約あるいは束縛されているのだ。
ヒゲを延ばす目的はないのに自然と延びているヒゲ。それが無精ヒゲである。つまり自堕落という名の、世間の制約や束縛に捕らわれない自由を象徴しているはずのだ。

しかし、そんな無精ヒゲには謎もある。ドラマやマンガの登場人物でもよく無精ヒゲキャラともいうべき典型スタイルが存在する。プロファイリングすると大抵は一見ぼさっとしてるように見えるが実は切れ者、というような性格付けがされやすい。そんな無精ヒゲキャラはいつ見ても無精ヒゲなのである。山男にもならず、たまごアゴになることもない。
彼らには無精ヒゲ域を出ないような特殊加工がなされているのだろうか。エステで永久脱毛ならぬ永久無精ヒゲコースをやってもらったのか? 剃ってしばらくは身を隠しているのか?
現実的に一番考えられるのは細心の注意を払って無精ヒゲなレベルを残して剃っているということになる。これは無精者のやることではない。これでは表現の自己否定だ。

無精ヒゲとはそんな自由と制約の危ういバランスの上にかろうじて成り立っているものなのである。無精ヒゲな人を見かけたら上記の事に留意し、細心の注意を払って観察して頂きたい。そこにある自由と制約はどのバランスで拮抗しているのかを。


……やっぱネタ的に無理ありますか。いつもですか、そうですか。

2004.03.05

ネタ人生度という指数

自分の身近なネタだけで毎日だろうとページを更新できる人達がいる。俺は過去を掘り出さないと頻繁な更新は無理だ。実際今がそうだし、過去を掘り尽くしたら一気に地盤沈下を起こして終わってしまいそうな気がする。

考えるに人間には隠しパラメータの如く、普段の生活でネタになるようなおかしな出来事に遭遇する確率を担う『ネタ人生度』とでもいうべき指標値が備わっているのではないかと思う。

例えば昨今TVではトーク番組が隆盛だが、そんな番組中のトークでいくらでもおかしな体験ネタが出てくる人がいる。明石家さんま@ほとんど嘘話?、鶴瓶@パペポTV(古いなぁ)、宮迫博之@嫁、哀川翔@椅子突き刺さり、的場浩司@ゴム男…などなど(敬称略)。
トークを生業としている人はほとんどそうなのかもしれない。身の回りでも数多くの妙におかしい酒での失敗談を残す人物がいたりする。

単なる人生経験の長さや、見過ごしそうなことに気づく観察眼、話すときの飾り付け技術も重要だが、それだけでは片付けられない遭遇するおかしな出来事の偏り。それがネタ人生度なのだろうと推測する。勿論、芸能人ならば周囲に特殊な人材、環境が集まっていたり、方々へ赴くことが多いということもあると思うが、それも含めてネタ人生度なのだろう。それが見えるスカウターみたいなのがあったらネタストーカーとしてついて回るのに…。

敢えて値を定義するなら俺は極めて標準的で平凡な人生を送ってるので平均値として50ネター。同居人が70ネター、西字引さんが70ネターで同位置、某サバイバー氏が80ネターといったところだろう。

『ネタ人生度チェック』みたいなのを作ったとしたら、最上級は「ジョジョ級」か?

2004.02.29

そこでドラマを語る女

少し前、同居人とその友人と一緒にキリンビール工場にいったときのことだ。元々は洗い物の時に割ってしまったビールジョッキを再度仕入れるためにいったのだが、遠出ついでにランチも食べようということで焼肉とうまいビールでいい気分になっていた。

食事も終わり、ドリンクでも飲みながら歓談…というところで当時ちょうど終わったばかりのドラマの話になった。あれを見た、見てないなどと話していて、その友人がぽつりと言った。
「それ見ようかと迷ったんだけど、結局見なかったんよね~」

その時、同居人の目がキラリと光った。(…ような気がする)

この後、延々数十分に渡り「あなたの隣に誰かいる」の全話のあらすじをほとんどのエピソードを漏らさず話しきった女が、俺の隣に何故かいる。あらすじ話が10分を越した頃、さすがにつっこもうと思ったがあまりに重要エピソード漏らさないように細心の注意を払いながら気合入れて話してるので、面白いからそのまま傍観しておくことにした。
後から聞くと友人も途中つっこもうとしたがあまりに熱心に話すので聞いていたようだ。おかげで「リアルタイムで見ていたかのように語れるレベル」になったと言っていた。

久々に会う友人とのランチ時間のほとんどをかけてストーリーテラーに終始したアンタ、ちょっとかっこいいぜ(嘘)


ちなみにここで購入して愛用しているジョッキは居酒屋で出てくるようなあのビールジョッキである。これを冷凍室で冷やしておけば缶ビールのまま飲むのにくらべて泡立ち、雰囲気ともにバッチリ。ビール党に断然オススメである。

2004.02.28

遥かなる健康生活

会社勤めしていると1年に1度は健康診断があったりする。眼性疲労に頭痛持ち、風邪ひきやすいところはあるものの、今のところ健康診断の結果は特に再検査などにひっかかったことはない。

ある年、健康診断の調査シートに一緒に「あなたの生活をチェック」みたいなのが始まった。いくつかの質問に答えてマーキングしろというものだ。酒・タバコの量は、とか、毎日運動する、などのチェック項目に答えていくのである。とりあえずありのままを記入し、そんなチェックのことなどすっかり忘れていた。

それから結構経って、健康診断の結果が来た。今回も特に異常はなし。
違ったのは一緒に今までなかった紙が入っていた。「あなたの生活の健康度評価」みたいなものだ。例のチェックシートに記入したやつである。
タバコも酒もそんなにやってないのだからそれほど悪いこともないだろう。その結果は「6点」。まぁ、半分は越してるじゃないか。平均的なところだろう。そう思っていた。評価を読むまでは…。
え!コレ、10点満点じゃなくて100点満点?

どうも俺の健康度というのは正確には6%だったようだ。

翌年は18点位と躍進したものの、今に至る数年、50点にすら届いていない。高得点の人は一体どういう生活をしてるのか? それとも気づいてないだけで俺の生活ってそんなに酷いのか?

2004.02.27

もう一つの情報流出

Yahoo!BBの大量顧客情報流出事件がニュースになっている。持ち出し情報の真偽は確認中とのことだが、本当であれば460万人という超大規模な流出となる。
と、珍しく時事ネタで始まった。うちもYBBなので他人事じゃないのだが今は静観するしかないだろう。
ここではもう一つの情報流出について話すこととする。ここで話すことなので毎度のことながらどういうレベルの話かは推して知っといて頂戴な。

問題は俺に関する噂…もとい、俺に関する情報が一部地帯へ激しく流出しているのである。正確に言えば同居人経由で同居人の同僚へ流出している。
求められない情報は流そうとしても流れないものだ。これだけ情報が流れていくということは一部に需要があるということなのだろう。一体どういう需要なんだ!?
流出した情報量はかなり細部に渡っており、俺の両親どころか、父方、母方両方の祖父祖母の名前まできっちり把握されている。一度話したっきり、本人さえすっかり忘れていたような日々のエピソードまで飛び出してくる。

これは流出先の一人が特に異常記憶の持ち主であることも大きいのだろう。同居人の同僚である西字引さん(仮名)はあらゆる方面で記憶保持力が凄い。たった一度話しただけのエピソードでも大抵はいつ聞いても覚えている。近くの店の情報や歴史、昔のお笑い番組、タレントの話などカバー範囲も広い。同居人も80年代の歌についての異常記憶を持っていて歌の大辞テンとかで怖いくらいに出る曲目を的中させてくれる。
こういうの見ると至ってノーマルな自分を自覚するな。

さて、賢い俺はどうせ流出してしまったのなら逆に活用できないかと考える。

例えば俺が何かの事件に巻き込まれてアリバイが必要になったとき
「○月×日の俺、どこでどうしてた?」
と聞けば、さらりと答えが返ってくるかもしれない。
俺が記憶喪失になった時はつまらないエピソードまで全部記憶注入することも出来る。(性格歪みそうだが…)
俺が実家関連のイベントで帰ったときについてきてもらって、親戚で「あれ誰だっけ?」と思った時に子供の頃のエピソード交えて耳打ちしてもらう。
俺がココログ更新するネタに困ったとき(まさに今?)、何か俺関連の面白い話なかったっけ、と問い合わせることもできるだろう。(教えて、マジで…)

そして一番の賢い活用方法はこうしてヤツら自体をネタにしてしまうことだな。うんうん。

2004.02.26

そのメモ、簡潔につき

携帯メモの話を書いてふと思い出したのだが、かなり前にニフティでHPを開設していた頃、HP200LXに残していたネタメモがあった。
しかし、そのメモにはあまりにメモ内容が簡潔すぎて何を言いたかったんだか全く不明なものが多々あった。例えばこういう感じである。

【無精ヒゲ、象徴】
剃るのを怠けたヒゲである。以上…。
あとから無精髭ってのは自堕落の象徴なのだ、みたいな話をしたかったのだと思い出したがこれだけじゃ何のことやらさっぱりである。しかも思い出してもネタになんかなりゃしない

【3倍速い】
いや、シャアネタってのはわかるとして、対象が全く不明。
これは今だに何のことメモったつもりだったのか思い出せていない。こういうメモを残した後に事故で死んだら辞世の句(?)が「3倍速い」だよ。いや、それはそれでいいか。せめて「朱(血)に染まり 3倍速き 暇かな」とかね。

簡潔かつわかりやすいというのがメモの理想であろう。しかし簡潔に偏りすぎるとこんな意味不明なことになってしまう。寝不足な日の午後イチの授業でとったノートみたいなものだ。

もしこの簡潔な一言の中に世界を変えるようなビッグなアイデアが眠っていたとしたら非常にもったいないことをしていることになる。が、そんなことはありえないのであまり気にせずに日々は過ぎ行くのであった。

2004.02.25

ブルース『缶潰し』リー

それは春の陽射し暖かな土曜日のことである。ベランダはまるで初夏のような陽気でポカポカ。気分も良く溜まってたビール缶の缶潰しをやっていた。
いきなり地味な生活臭のする話だが、俺らが住む地域はゴミ袋代が結構高い。このため燃えないゴミは缶を潰してゴミ袋にぎっしり詰め込んでいる。足踏み式の缶潰し器もそのためにわざわざ購入したのだ。

テンポよく淡麗グリーンラベルの缶を潰し終わり、次にペットボトル潰しにとりかかったときのことだ。俺は何かを思い出した。いや、思い出したというより正確には何かをやらねばならない衝動に駆られた。
足元にはペコペコとなかなか完全に潰れてくれないペットボトルが瀕死の状態で缶潰し器の中に横たわっている。あとひと踏みでペラペラになろうかという状況だ。

「ああ、アレかっ!」

俺をつき動かした衝動というのはあるアクションであった。それは年代限定なのかもしれない。
俺らが小学生の頃、ブルース・リーの映画が流行った。リーが敵を倒し、トドメを刺すときのアクションがある。瀕死の敵を踏みつけトドメを刺す。そしてそのときに哀しいような恍惚としたような表情と軽い震えのアクション、あわせて小さく「ほあぁ~~」というような発声をしていた覚えがある。
あと一撃の踏みつけで完全に潰れるであろう俺の足元のペットボトルがリー映画の瀕死の敵と重なっていたのだ。

俺はトドメのひと踏みとともに小さく…あくまで小さなアクションでうち震え、「ぅぉぁ~」と蚊の鳴くような声を出した。

「リーさん、あんたやっぱかっこいいよ」

缶潰し器を片付け、指で軽く鼻をこすりながら俺は部屋の中に戻った。
ベランダには暖かな陽射しがやむことなく降り注いでいた。そんな土曜日の午後であった。

※かなり昔の記憶なので実は映画にそんなシーンなんてねーぞ、ってことも有り得ます…。なんか別のとごっちゃになってるかも。

2004.02.22

不憫な『ヲ』ヲ救え

先日こんな話ヲ聞いた。
WEBでページヲ見ていて『ヲ』と書いてあるところヲ『ヌ』と読んでしまったというのだ。
「そういえば『ヲ』ってあったねぇ。あんまり見ないから『ヌ』かと思った」ということらしい。

確かに普段なかなか『ヲ』ヲ使うことはない。『ヲ』の文字ヲずっと見てたら「ホントにこんな文字面だっけ」という気さえしてくる。フォントに入ってるんだから間違いないはずなのだが、なんだか書き間違えた気分だ。だいたいカタカナとひらがなはある程度相似すべきなのに『を⇒ヲ』ってのは似ても似つかない。
いや、責めても仕方ない。ひらがなの『を』があれだけ頻繁に使われているというのに『ヲ』のこの扱いの差はなんだ。『てにをは』がそんなにエライのか?

面白いので憤ったフリヲする俺はこのかわいそうな『ヲ』ヲもっと皆に使ってもらいたくなった。では普及させるにはどうすればいいだろうか。
サラリーマンは思考する。そして複数案ヲ提示するものなのである。

まずネガティブ思考だがライバルヲひきずりおろす方針で考えてみよう。

・ひらがなヲ全廃化してもらう

・教科書の『ヌ』と『ヲ』ヲ入替えてもらう

・「ウォ」はダサダサだとエミネムあたりに布教してもらう

・IME等の漢字変換の第一候補ヲすべて『ヲ』にしてもらう

・Googoleで検索結果の『を』ヲ全部『ヲ』にしてもらう

・2ちゃんねるのread.cgiで『を』ヲ全部…(以下略)

ネガティブな案ではちょっと気がひけるならポジティブ思考な案として以下が考えられる。

・「ヲ」のつく人気商品ヲ作る(例:ヲシュレット)

・「ヲ」のつく人気番組ヲ作る。(例:ヲーターボーイズ3)

・フリ『ヲ』・イグレシアスに改名してもらう

・悟空に今後「ヲッス、ヲラ悟空」といってもらう

・小池一夫・池上遼一コンビに今後「ん⇒ン」だけじゃなく「を⇒ヲ」なセリフで漫画ヲ書いてもらう

ありきたりであるが案としてはこんなところだろうか。

しかし、ここまで極力『ヲ』ヲ使ってきて、想像以上に読みにくいし、面倒なことが判明した。申し訳ないがこれからも『ヲ』には日陰者でいてもらった方がいいかもしれない。
すまん、『ヲ』。

2004.02.21

修行が足りぬわ

ああ、やっと週末だ。
先週は土日とも仕事だったのでどれだけ待ち遠しかったことか。昼まで寝て幸せをかみしめる。

先週末から睡眠不足、片付かない仕事のトラブル、原因不明の蕁麻疹、あれこれ重なってイライラ・カリカリモードになっていた。普段なら受け入れる言葉も、流せる言葉も、ささいな言い回しの揚げ足でもとろうかという姿勢になってしまう。そういう時は大抵「俺はこんなに…なのに」という思考パターンになっているものだ。冷静になった後に余計に無様なんだけども。
腹が減っている時も怒りっぽくなる。そして怒るとさらに腹が減る。これをあ~る循環という(嘘)

自分がどんな時もなるべく同じスタンスでいたいとは思うけど、なかなかうまくは出来ないもんだなぁ。修行が足りんです、はい。

逆に人の心理が揺らいでいる以上、タイミングを計るというのは大切なことかもしれない。同じ意見でも、ある時は通りある時は却下されるというのはよくあることだ。こんなときは正論をふりかざしても逆効果なだけだ。揺るぎなく自分が正しいと思っていても、他人に納得させるためには正論だけでなく、相手を意見を受け入れてくれる状態に持っていくのが大事なのかもしれない。人は本能的に自分を守ろうとする。自分に非があると思っていればなおさらハリネズミ状態になりやすいのではないだろうか。
これから買いたいものの話をする時とかはタイミングに気をつけようっと。

さて散歩行くぞ~、小春&弥七!

2004.02.18

スタンダード下克上

以前の記事でも使ったフレーズだが本来は
 ○:『親バカ』
 ×:『バカ親』
である。
しかし、現在、非常にローカルな俺の知人範囲では『バカ親』の方がスタンダードな表現となっている。身の回りにこんな言葉は結構多い。
2ちゃんねる用語に多いのが誰かの最初の言い間違いが流行ってしまうことだろう。わざと一般にわかりにくくする業界用語や暗喩的な意味をもつスラング、省略形の定着とはまた別の、より偶発的なものと言える。

とはいえ、言い間違いや書き間違いは星の数ほどもある。その中でスタンダードにとってかわれるものはほんの一部である。偶発的下克上成立のために必要な条件はなんだろう。

1.語感がおもしろい
2.間違えてる方が妙にしっくりくる、又は納得出来る
3.元発言または元発言者のインパクトが強烈だった

といったところだろうか。『バカ親』は2だなぁ。俺も公園であう他の犬に浮気しつつも犬は我が家の2匹が一番かわいいと思ってるし、WEB監視したりあれこれ揃えたりする姿はバカ親そのものだろう…。

他の言葉でうちで市民権を得かけているのは『モラモラ』とかかな。携帯メールで『もろもろ』と打ったつもりが『もらもら』になったものだが、これは1のケースだモロ。

それはさておき、なんで俺はこんなどうでもいいことをわざわざ考えて、しかも文字にまでしているモロか。そして何故に途中からモロ星人入ってしまってるモロか。とりあえず踊ってみるモロ。(眠気で意味不明モロ)

2004.02.16

俺の隣に誰かいる

日曜出勤していてついさっき体験した出来事である。

思うようにトラブルは解決せぬまま(というか実際まだ帰れてない)、日も変わろうとしていた。ひと息いれついでにトイレで用を足す。目覚ましコーヒーを飲みすぎたのか長めに放出していると、

ジャー…

「なんだよ、まだ途中だよ。流れるにははえーよ」と思ったら俺の二つ隣のが流れている。もちろん、日曜のこんな時間に一緒にトイレに入った人などいない。

俺の隣の隣に誰かいた!?

ま、長時間誰も使ってなかったら一定期間で流す仕組み…なんだと思うんだけど、これまで長いことそういう場面に出くわしたことなかったんだよなぁ。

2004.02.15

バレンタイン徹夜未遂

13日の金曜日は実在した!(当然か)

仕事のトラブルで金、土と残業・休出。日曜も出勤確定となってしまった。とほほ。
徹夜にならなかっただけマシとしよう。

こんな中、せめてもの救いはありがたいチョコの贈り物。
ありがとー。>某所の皆様&同居人

choco.JPG

2004.02.13

理由づけの欲しいお年頃

俺はなにかと理由をつけたいタチなのである。それは貧乏性の一環なのだろうが。

例えば旅行に行く予定があるとして、いくつかのプランから話し合って一つを選択し、おおまかな予算をきめる。
せっかく楽しむのだからあまり削り過ぎても楽しくない。少々予算オーバでも多く楽しみたい。ということで当初予定より少々オーバだ。仕方ない、じゃあそのオーバ分はどうやって取り戻してトントンにしようか?それを考えてしまう。
タバコ、昼飯、飲み物、ゲームソフト…あれこれと自分なりの節約プランを練って、なんとかなるかなと思ったところで最終的に自分の中のGOが出るのである。

同居人は後でなんとかなるさ派なので、そのへんはその瞬間の思いつきや衝動を最重視する。それはそれでいいことで楽しいことなのだが、この不景気の折、お金は名古屋テレビ塔以外からは降ってこないのだ。
予算のことだけを言ってるのではない。決定までのプランニング自体は楽しいものではあるが、一言もなくそれまで時間かけて決めていたプランが「なかったこと」になるのは結構切ないものだ。
どこかで見たような構図。例えるならワンマン社長と振り回され社員…おお、それっぽい。
立てても立てても崩れるプラン、それはまるでプラン『砂の城』だ。ナタリ~~。

基本的に選択するということは他を捨てることでもある。同様に制約の中での選択にはある程度の妥協も入るものだ。完全に何の制約も受けずに選べるなら1年滞在だろうと毎日豪遊しようとOKなのだろうが、実際はそうもいかない。限られた予算、限られた時間、限られたプランの中で選ぶには要素のどれかを捨ててどれかを選ぶ作業となる。ゆったり自由時間を取れば回れる箇所は減るだろうし、パック外の予定を重視するなら費用は嵩むだろう。
選ぶためにはどれを最重視するのか、かわりにどれを諦めるのかを相手に説明して同意を得る。これが話し合いというものだ。(時期制限がなければどちらも両立させる第三の道を探し続ける、という手段もあるけど…)

とにかく同居人の頭の中では東京大学物語のごとく、さまざまな思考が飛び交った結果ではあるのかもしれないが、それが説明されることはまずないため、多くのケースで会話に脈絡がない。
その日の晩飯何食べようかの話をしていて、その返答が日曜日のお出かけプランになるのなんてザラである。

今日の晩飯何にしよう
⇒何か美味しいもの
⇒今日友達から美味しい店聞いたんだった
⇒食べたいけど今日は間に合わないか
⇒今度の休みで行こうかな
⇒あ、でも土曜は来客があるんだった
⇒じゃ日曜で!
⇒その店日曜あいてたっけ?
⇒大丈夫っぽかったな
⇒じゃ今度の日曜食べにいこう
⇒あの店の近くに雑貨屋もあった
⇒そこもついでに寄ろう
⇒じゃ、日曜は○○方面へおでかけだ!
「今度の日曜、○○いかない?」

君は覚えているだろうか、今日の晩飯の話をしていたのである。
こういう回答の度に俺は「風が吹けば桶屋が儲かる」の経路を探す旅に出なくてはならない。

かようにプランが脈絡も説明もなく変わる度に俺の中での理由づけはイチからやりなおしとなるのである。なにより旅行費用が予定オーバすると…俺の一眼デジカメ購入計画へも影響がでるじゃないか!

元々は俺も面倒くさがりなのでこのへんも大雑把な性格だった気がするのだが二人ともソレだと確実に崩壊するという危機感が俺を変えたのだろうか。いわゆる先に酔いつぶれた方の勝ちの法則!?

うがい攻防戦

うがいといえば鵜飼教授@白い巨塔…ではなく、口に水ふくんでガラガラやるアレである。
インフルエンザこそなんとか逃れているが、毎年風邪を引きやすい俺は今年も喉をやられたり、謎の蕁麻疹が出たりとロクなことがない。

風邪予防にイソジン等でのうがいが有効というのは間違いない事実であろう。うちにもイソジンが常備されてて、やろうと思えばいつでもできる体制にある。
風邪でつらい目にあうよりちょっとの面倒臭さを乗り越えれば医療費もかからないし、つらくないし、いいことずくめ。社会人として自己の体調管理をやるのも当然のことだ。

……でもね、面倒なんだよね~。忘れるんだよね~。

思えば面倒くさがりというのが俺の一番の敵であり、味方でもある。子供の頃は面倒だから風呂にもなかなか入らない、歯磨きも理由あらば避けるようなキタねーガキだった。その結果どれだけ将来の自分自身にデメリットがあってもその場の楽をとってきたわけである。その反面、トラブルを深刻に考えるのも途中で面倒になってしまうので思い込み過ぎて自滅まではいかないというO型的メリットもある。
まぁ俺の「面倒くさい」を一番聞き、そして迷惑してるのは同居人だろうけども…。かわりに俺は「脈絡ない」につきあってるんだしな。

そんなわけで毎日、うがいするかしないかの攻防戦が俺の胸中で密かに繰り広げられるのであった。ここ数日、面倒くさい側の勝利。

2004.02.11

サラリーマンは似顔絵を代用する

ちょっと前に同居人から似顔絵イラストメーカーのサイトを教えてもらったのだが、結局選ぶのが面倒で自分では作らなかった。同居人が作ってくれていたようだが、やはりなかなか本人イメージとは微妙な違和感がある。いつも見てる人が作ってもそうなのだから自分で自分の特徴をとらえて選ぶというのは更に難しいものだろう。

しかし俺の場合、どんな顔かを見知らぬ人に聞かれた時、かなり明確かつ簡単に似顔絵を示すことができる。

漫画『かいしゃいんのメロディー』(大橋ツヨシ著)を探してきてその中の登場人物である「左右」を探してほしい。リンク先が生きてればその1巻の画像の右側のメガネかけてる人物が「左右」である。

これが俺(@メガネモード)と思ってもらって差し支えない。この似てさ加減は自他ともに認めるところなのでなかなか便利に活用させてもらっている。こうしてサラリーマンは効率的な情報伝達を行うのである。

ちなみにこの本、かなり面白いので未読の方は是非俺を部屋に迎えるつもりで手に取って頂きたい。



かいしゃいんのメロディー (1)
大橋 ツヨシ

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2004.02.10

ペインディバイドと電脳化

突然の腹痛。日常的にこれほど苦しいものが他にどれだけあろうか。家の中ならまだいいが、車を運転中だったりでトイレが気分的にイスカンダルより須弥山の頂より遠いような状況ではその苦しみは計り知れない。襲来する波は寄せてはかえし、寄せてはかえしの百億の昼と夜である。

だが、同じ車内にあろうと一緒に乗ってる相手は涼しい顔で話し掛けてきたり、寝てたりする。
これだけ近くにいながらこの置かれた状況の隔たり。これはデジタルディバイドならぬペインディバイドである。

もしこんな状態でからかわれようものなら殺意に発展しかねない。苦しみに耐え、ようやくたどり着いたビルの1Fのトイレが清掃中、なんて事態になったら世界の全てを呪うことも厭わない勢いだ。そしてトイレに駆け込むまでの緊迫となんとか間に合った後の安堵のギャップは人生の中でもトップ3に間違いなく入るほどドラマティックである。

かように人が人の痛み、苦しみを同等に理解するのは難しいことである。それが例え自分がかつて経験したことであってもその時の対象が自分でなければ肛…もとい、喉元過ぎれば…である。
今地上波でもやってる攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEXの冒頭でこんなセリフが出る。(原作漫画のイントロでもある)

企業のネットが星を被い、

電子や光が駆け巡っても

国家や民族が消えてなくなるほど

情報化されていない近未来

俺ら一人一人はSTAND ALONE、つまり孤立している。自己と他とで完全な同一情報を共有することは出来ない。だからこそ恐怖や猜疑が生まれ、争いが絶えないのかもしれない。(そのかわり恋愛も出来るのかもしれない…)

しかし、である。高度に情報化されあらゆる情報が共有化されてしまったら、この腹痛の苦しみまでも共有させることになる。つい先ほど苦しみを味わった俺的には共有マンセーであるが、冷静になると近くで一人でも腹痛に襲われたらその苦しみを共有せねばならない。平均で一人1年に4回強烈な腹痛に襲われる計算だとすると90人で情報共有していたら毎日腹痛生活になるわけである。野菜生活ならまだしも、これはたまらない。(いや、実際は垂れ流しせんだろうけど)

大風呂敷を広げかけたところで眠気もしてきたので唐突にまとめである。


腹痛のとき、
何事もない周りの人がどんなに憎く見えても
耐え抜く強さを持とう。

2004.02.09

下戸からの脱出

会社に入ってすぐの頃、先輩に毎日のように居酒屋連れていってもらった。ゲーセン(当時はサムライスピリッツや初代バーチャファイターやってたな)、居酒屋、カラオケ、ゲーセンで1セット。ゲーセンが2回あるが入力ミスではない。前後で2回で正解なのである。仕事の終わる時間次第だが、週の半分はこんな感じだった気がする。

この頃、俺は下戸でビールが飲めなかった。飲んでもコップ一杯で真っ赤になる(これは今もそうだが)。せいぜいコップ2,3杯が限度。モトをとるためにもその分バリバリと飯を食っていた記憶がある。

慣れとはおそろしい。そういう生活を繰り返すうちにそれなりにビールは飲めるように、というか大好きになってしまった。焼酎は今でもあまり飲まないが、日本酒、ワイン(白)もそこそこ美味しく飲める。強くはないけども。

振り返ると今に続く金欠の要因はこのせいではないだろうか。寮にいた頃に居酒屋・カラオケ・ゲーセン生活をしていなければ、そして酒が飲めないままであれば、浮いた金はかなりの額になりそうである。

いつだったかそのことを先輩にグチると、一言だけお言葉を頂いた。
「酒飲めないままの人生とどっちが良かった?」

…楽しく飲める今が素晴らしいです、はい。

考えてみるとあの生活のとき覚えたアニソンの数々もその後の生活に役に(?)立ってるし(どういう生活なんだか)、ゲーセンは誘われなくてもどうせいってただろうしなぁ。無駄にはなってないのか。

2004.02.07

コドモ三段論法

三段論法とはかなり大雑把にいうと「AがB」「BがC」ならば「AはC」が成り立つ、という推論法である。
ありがちな例でいえば、「生物はいつか死ぬ」「人間は生物である」ならば「人間はいつか死ぬ」ということになる。2つ事象の間の共通事実をもって、同一事象を推測することになる。いわゆる人工無能もこれを使ってることが多い。ちゃんとした人工知能系はもっと複雑なんだろうけど。ぱっと見わかりやすい論法であるので、それは幼い頃の俺にも有効であった。

俺がまだ小学校の頃だったろうか。たまたま読んだ科学図鑑がお気に入りで、月へ降り立ったアポロの写真等を飽きることなく眺めていた。月の石、火星の砂、暗黒の宇宙、飛び立つロケット。それらは少年の心を捕らえるロマンである。そしてその図鑑の事実から論理的に俺はこう信じていた。

「宇宙は真空である」

「宇宙は無重力である」

よって

「真空は無重力である」

子供ながらに導いたコドモ三段論法である。その推論にミスはないと信じていた。推論の後は…実験だ。
その後、理科の授業で注射器みたいなものを使うことになった時、俺は本来の授業そっちのけで自分の推論の確証を取るために自らの実験を開始していた。

軽そうな糸くずを注射器の中へ入れ、横にする。徐々にピストン部を引き抜き、中を真空にする。そしておもむろに注射器を立てる。

ほら糸くずがフワリと…浮かない

何度やっても結果は同じ。この実験結果は俺にとって非常に納得いかないものであった。
「学校のちゃちい注射器だからちゃんと空気が抜けなかったんだ」
と勝手に思っていた…。その後真実がわかったのはいつだったろうか。

うちの犬も同じような三段論法で動いてるんじゃないかと思う時があるよなぁ。

「Xを噛んでも叱られない」

「XとYは同じ感触がする」

よって

「Yを噛んでも叱られない」

定義例:
 X:犬用の布きれ
 Y:俺のTシャツ

とかね。んで叱られて混乱してそう…。
って、俺と犬、同レベルだったってことか?

記事書いたついでに三段論法でググってみたらこんなサイトを発見。やっぱり三段論法って素晴らしい。

2004.02.06

薔薇のさだめ

不思議な縁、というのがある。あの日あの時あの場所にいなかったら会わなかった人って沢山いると思う。俺がこれまで知り合った人の中で、出会い方が一番奇妙だったもの、それは…。

話は数年遡る。まだパソコン通信が隆盛でインターネットが普及を始めようかとしていた頃だ。某パソコン通信のチャットにハマっていた俺は毎晩のように高い電話代を払いながら深夜のチャットを楽しんでいた。ちょうど長期の出張にいっていた頃で、地元を離れ、寮で暮らしていたのだ。
今はなきその寮はかなり古く、汚かった。風呂は共同浴場だし、雑誌捨て場にはみんなが出す雑誌が山のように積み上げられていた。

ある日、そこへ捨てられた雑誌の中にえらくインパクトが強いものを発見してしまった。早速その晩、チャットでそのことを皆に報告。

俺 :「今の寮の雑誌捨て場に…なんか何冊も捨ててあるんすよ、薔○族が。」

某氏:「あれ?その話、つい最近誰かからも聞いたけど」

俺 :「マジすか!?」

さらりと流したものの、寮にその系の本が大量に捨ててあるというのは結構クるものである。深夜の風呂はやめようとか偏見じみたことも考えたものだ。普通のエロ本でさえ、こそこそ捨てようかという小心者の俺にはその豪快な捨て方はある意味潔く、カッコ良くも見えた。それ以来、エロ本は極力堂々と捨てることにしている。後から考えてみると、あれだけ大量に捨ててあったということは本の所有者はちょうど退寮していたのかもしれない。

話がそれたが、チャットの某氏が同じ話を聞いた相手が本当に同じ光景を目にしたのなら同じ寮にいる可能性も出てくる。結局、その日はその人物と合流できなかったものの、後日チャットでめぐり合うこととなった。早速プライベートメッセージで所在確認をとったところ…同じ寮やんけ。「じゃあ今から行きます」との発言から数分後、ノック音とともになんと当人との邂逅を果したのであった。チャットでリアルタイムにこの『薔薇な巡りあい』を自己実況しながら…。

それ以来、二人は薔薇な仲としての地位と名声(?)を得ることになったのだった。
最近連絡とってないけど、『薔薇の君』どうしていることやら…。

2004.02.03

マニア『志向』なのである

とある非常に限られた特定一部で俺を『オタク』と呼ぶ人達がいる。おそらく今もニヤニヤしながらこれを読んでいるものと思われる。

それはこんなエピソードから始まった。

まだ俺が入社して間もない頃、何年か同じ仕事をしていて、その後同じグループ内で結婚された先輩方がいるのだが、あまり休日の姿というのはお互い見たことがなかった。

俺は基本的に平日はヘタりスーツにメガネ、髪ボサボサである。視力は0.03あたり。コンタクトレンズも持ってるのだが、朝に極端に弱いので準備する時間がなくまた平日コンタクトで仕事してるとドライアイで目がしぱしぱになるからだ。休日は起きる時間にゆとりがあるのもあって、私服+帽子(ボサ髪隠し)+コンタクトとなることが多い。そうなるとえらく見た目の印象が変わるようで、ある意味変装しているようなものとなるらしい。実際、その姿のときに会社の知り合いから気づかれることが稀だ。

ある日、休日に仕事場近くへ遊びに行く用事があり、休日モードで出かけていた。そこへ通りかかったのが先輩(旦那様)だった。あちらは全然気づいてない風だったが、こちらから軽く挨拶してみた。たったそれだけのことなのにあちらの家庭の話題にのぼったらしく、その姿が先輩(奥様)の耳にも入ったらしい。
翌週、会社で先輩(奥様)と合ったときの第一声がコレであった。
「オタクのくせにぃ~」
平日の俺は一体どう見られていたというのか。

うっかりこのエピソードを同居人に話したばかりに向こうの知り合いに瞬く間に広まり、その周辺からの呼び名が『オタク』になってしまった…。
まぁ、呼び名は何と呼ばれようとあまり気にしてないのだが、オタクという名に相応しいかどうかについては大いに疑問なのだ。あまりに簡単に用いられ過ぎているというのはこれまでにも言われていたことだろう。

確かに所有マンガ冊数等は平均よりはかなり多めかもしれない。それでも引越しでかなり処分した上に実家置きもかなり消えてるみたいなので今では「ちょっと多い」程度であろう。本物筋からみれば誤差の範囲で平均内に収まると考える。アニメ関連も周りが一番見ているだろうリアルタイム時代に毎日電器屋通いしていたので、実はそれほど見ていない。夏休みのローカル局再放送をまとめ見した程度だ。
パソコン関連も8bit時代にこそあれこれ触っていたが、その後のDOS/V以降、Windows時代以降になると逆にてんで知識不足だ。ゲームも昔のものなら比較的知ってるが、それさえも田舎のゲーセンでは入荷するもの自体が限られていた。
こんなハンパな状態で『オタク』足りえる知識に届こうはずがない。

かつてパソコン通信時代に知り合った人々、底辺から眺めていた人々は心底濃ゆかった。マンガ、アニメ、落語、お笑い、格闘、パソコン、モバイル、ヤバい系知識。あらゆる方面において知識、所有ブツ、貫禄(?)、どれをとってもその筋であった。「これが本物なんだ。」 そう思ったものである。
『本物』は他の人へサプライズ、感嘆を与えるものでなければならない。その点で俺など比較出来るレベルに達していないのだ。

というわけで、俺はオタクではない、マニアでもない。敢えていうならば通常平均よりも興味、知識が少々偏りがちな、『マニア志向』なのであるとここで宣言しておく。

でも「今日またあの『マニア志向野郎』が…」と呼ばれるのもアレな感じだなあ。

2004.02.02

トイレでスウィング

トイレで踊ったことがあるだろうか? 私は、ある。

その日、所要で某所に出張していた私は便意に誘われるままにトイレに入った。目的は大。
もうかなり遅い時間で、トイレへ向かう廊下にもトイレにも人の気配はなかった。そんな静寂の中、私は洋式便器と触れあい、言葉なき対話を続けていた。

と、その時である。パチリという音とともに照明が落ち、私は闇に包まれてしまった。誰かがスイッチを落としていったにしては人の気配がしない。どうしたものか思案しつつ、きょろきょろしていたところ、またパチンという音とともに照明がつく。
なるほど、このトイレにはセンサが設置されているらしい。動く物体がないままに一定時間が過ぎると照明が消える仕組みになっているのだ。はからずもトイレに座し、微動だにしない私の行儀の良さが照明により証明されてしまったようである。(極めて寒い)

自慢でないが大における私のトイレは長めだ。センサの「動くものなし」判定時間が結構短いこともあり、その後も何度も照明が消えた。その度に便器との対話で動かせぬ下半身を抱え、一人上半身をスウィングしていた。その私の姿はなかなかに味わい深いものだったろうと思われる。

慣れてしまえば楽しいもので、今度はわざと静止して照明を落し、センサに探知されないように隠密行動して遊ぶ。気分だけメタルギアシリーズのスネークである。
「スネーク、しっかりして!スネーク!トイレで寝ないで…」
想像力って、素晴らしいなぁ……。

2004.02.01

元ムー読者かく語りき

小学生か中学かの一時期、ムー読者だった頃があった。
おかげで妙な怪しげな知識がついてしまったのかもしれないが、意外とその後、その知識に近いものを世間で見かけることが多い。

それからしばらくして伝奇ブームとでもいおうか、菊池秀行や夢枕獏等の超人が活躍する小説が仲間内で流行った。その後もマンガ等で風水や気、神話世界や仏教世界を題材にした作品が多く見られた。そういうのを読んでると、ああ、このキャラのネタ元はアレか、という心当たりが出てくる。その心当たりの俺の中での知識ベースはおそらく「ムー」だったのではないだろうか。(アレなバイアスかかった知識だろうけどね) UFOものや予言、古代遺跡、滅亡説、陰謀説はもちろん、チャクラの位置は…、丹田とは…、呼吸法はこうで…などなど、「あー、あったあった」という感じである。たしか雑誌の半ばあたりがそういう体験してみよう的コーナーだったんだよなぁ。もともと今日のこの話を思い出したのもタバコ買った後に「昔なんだったかでタバコを無限大を描くように振れば美味しくなる、ってのあったな」というのを思い出したのだ。ずっと何で見たんだったか考えた結果、ムーだったのだろうと結論づけた。(確信なし…) ちなみに思い出したからにはやってみようと誰にも見つからないようにこっそり振ってみましたとも。ええ、ちっとも味は変わりませんでしたとも。この歳になって敢えてやったことに意味がある。うむ。
そういえばそのうち読もうと思いながらまだ読んでないかの有名なマンガ"MMR"も懐かしい気持ちで楽しめそうな気がする。(いや、既につっこまれ過ぎだろうが)

そういうメジャー(?)ネタ以外にも幸せを呼ぶ絵やタロットが付録についていたり、世界の遺跡(沖縄の通称海底遺跡とか)や各地でみつかった不思議なオブジェ、いろんな諸説(キリストは日本で死んだ、とかね)が紹介されていて、微妙な距離を置きつつも楽しく読んでた覚えがある。世界の「偶然の一致」を毎月紹介しているコーナーがあって、それが結構好きだったなぁ。タロットカードに大アルカナと小アルカナがある、なんて知識もムー読んでなかったら全く遠い知識だったろう。(いや、それが生活に役立つことはないのだが)

よく考えてみると毎月毎月、大量の謎やら不思議やらを載せなきゃならないのだから大変そうだ。何年か毎にぶりかえすネタもあるのだろうけど、もしヤレといわれてもここの更新でさえネタ不足になっている位なのでとても無理だ。(いや、頼まれること自体ないが)

タロットカードで思い出したが、俺の周りの主に女性に聞くと細木数子の六星占術とが絶大なる支持を誇っている。ご本人も雑誌だけでなくTVでも大活躍の様子。嘘だと思うなら聞いてみるといい、「何星人?」と聞けばおそらく大抵の女性がそのタイプの特徴や今年の運気、相性などとともに答えてくれるだろう。「地球人だけどなにか?」とか「火星人で予感がして耳がまわるけどなにか?」なんて答えはほんの一部であろう。

それだけ世間様も「その系」に染まっているというのに、依然としてムー読者にあたる風当たりは以前強いままのような気がする。(いや、それ以前に存在を知られていないのか? まだ発刊されてるよね?)
ムー読んでるのも占い本をまじまじと見てるのもそんなに差はないと思うんだけどなぁ。とか書いてたら今どんなネタを載せているのか読んでみたくなっちゃったよ。

2004.01.31

快適ダンボール生活のススメ

どこの家庭にも転がっているダンボール。
何か買う度に増えて邪魔だ、なんて思っている人も多いのではないだろうか。
それじゃ勿体無い。せっかくあるものなのだからとことん活用してみよう!

というわけで今回俺が一人暮らし時代にやっていたダンボール活用法を伝授したい。『できるかな?』のノッポさんのような細工の技術も手間も不要。ダンボール箱をあるがままに活用してみよう。

・衣装ケース
 これは基本かな? 適当な大きさのをならべて下着系
 やらシャツ系やらで放り込んじゃえ!
 分類なんてあくまで目安。その日の気分で放り込め!
・本棚
 これも基本でしょう。エントロピーに従い積み上げた
 本が崩れてきたら崩れた分だけ放り込め!
 ちゃんと並べるのもアリだが、ダンボールの中を見も
 せずにぽいっと放り込むのも無秩序現代アート気分。
 イカスぜ。
・物干し台
 洗濯したけど外まで干しに行くの面倒くさ~い。
 それ以前に兵な俺は干し竿さえ持ってないぜ!
 なんていう剛毅な人。 ダンボールは結構水分
 吸いますよ。 そのへんに置いたダンボールに
 ばらばらとのせちゃえ!
 『衣装ケース』『本棚』との併用もスペースがお得。
・テーブル
 ダンボール置けばローテーブルでもサイドテーブル
 でもあなたのお好み次第。併用でもいいし、使わ
 ない時は畳んでおいてもいいし。
・鍋敷き
 料理上手なあなたならきっと知ってるはず。一番
 の調味料は出来立てを食べること。でもフライパン
 の置き場所が!? 心配無用。ダンボール鍋敷きが
 全てを解決してくれますよ。

この他にもちょっと通になればちょっとした身の回りの小物を日時順にダンボールにつめて、数年たったものは中身を確認せずに捨てていく、なんていう超整理法みたいなことも出来るよね。超スマート。カッコい~。

ってな生活してたのを知られて同居人にかなり呆れられました…。寂しいのでダンボーラー同志求む!(いないか)

2004.01.29

都市伝説誕生の瞬間

都会に噂される恐ろしいエピソード。まことしやかに囁かれるその話が真実であるのか誰も知らない。

今回はとある実話を紹介しよう。

『人体の不思議展』というのがある。各地を廻っているのでご存知の方も多いと思うが、これは人体標本(もちろん本物)を展示してあるイベントである。その中には綺麗に輪切られた人体サンプルも存在する。

結構前の話だが、福岡にも不思議展がやってきたのだ。
その話を地下鉄通路で某同居人と二人で話していたのだが、某同居人はたまたま向かいから通りかかった人の何かが気になったのか、話してる途中でその人の方を振り返った。

「話しながら振り返った」…つまり、途中でその人の方を向いて話続けたのである。タイミング悪く(良く?)その時の言葉が
(すれ違う人を見ながら)人体輪切り(見るのやめて)とかあるらしいよ」
だった。

これを、通りすがった人の視点で再現してみよう。

向かいから見知らぬ二人連れがやってくる。特に変わったところがあるわけでもない。私は気にとめることもなく二人の脇を通り過ぎようとした。

そのとき!突然女が振り向き、私に見てにやりと笑いながら言い放った。

「人体輪切り」

恐怖に凍りつく私を残し、女は何もなかったかのようにそのまま去っていった。

ということになる。
都市伝説『人体輪切り女』、略して「ジワオ」が誕生した瞬間である。

ジワオ、どっかで囁かれてませんか?

2004.01.22

話の引き出し1年分

ここの記事数がいつの間にやら30を越していた。

そのうちここも書き飽きてネタも尽き、長い沈黙が訪れるのかもしれない。とりあえず開始当初より書こうと思っていた話とかは大体落ち着いてきた感があるので、そろそろペースダウンするかな。時事に関しての感想みたいなのや、まんま日記っぽいのは実は苦手なのだ。更新が続く人やずっと連載続ける作家さんはやっぱり凄いなぁ、と感心するばかりである。

今の目標は総記事数53になることだ。
なんでそんなハンパな数字なのかというと週イチで更新したとして1年越したら大体その数になるからだ。ちゃんと1年続けるのは自信がないので、短縮期間で1年やったつもりになることを目標としている。俺もなかなかのせっかち野郎だ。
まぁ、話の引き出しや日常の出来事も50くらいまでならあるんじゃないかという目算である。表に出せないような引出しの数なら結構あるのかもしれないけどねぇ。(どんなだ)

飽き性の自分へのチャレンジ。この数字目標は高いのか低いのか…。そもそもblogはそういう目的のために開くもの…でもいいよね。
この記事のついでに今までの記事一覧とか確認してみたら全然テーマが定まってないよな、ここ。ま、いいか。記憶も世間も混沌としているものなのだ。

2004.01.15

省略好き

日本人は言葉を略すのが好きな民族と言われる。
そう、私もその一人だ。
ただ、時々少々略し過ぎだったり、略す必要があるほど使用頻度がないものを略すこともある。
今回は戒めの意味も込め、「それはないだろう」的な略の具体例をいくつかあげてみよう。

ボラオ【ボンラパスおばさん】
 ボンラパス近くをうろちょろしているおばさんを言う。
 ボンラパスはとあるローカルなスーパーの店名。
 店近くの細い道をふらふらしてたりしてチャリで通り
 抜けるときに邪魔に感じた時に使用されることがある。
 ◎用例「今日―にぶつかりそうやった」
 また、転じてボンラパス自体を指すこともある。
 ◎用例「帰りに―寄ろうか」

ノヘオ【ノンストップヘッドバッド女】
 何かにムカついてヘッドバッドし続けたくなる状態に
 陥った女を言う。男の場合も『ノヘオ』だが発生例は
 何故か少ない。
 昔めちゃイケ(だったと思われる?)でやっていたコント
 「ノンストップママ」が語源との説が有力。
 コントではある動作がループして止まらなくなるママ
 を雛形あきこが熱演していた。日常と非日常を一瞬で
 スイッチさせる怪作にして傑作。
 ◎用例「それ以上言うなら―になるから」

チャも連【チャリで持って帰る連盟】
 少々重い物を買ってもチャリで持ってかえることを
 主義とする連盟。ガスコンロ、HDD/DVDレコーダ等の
 持ち帰り実績が残されている。
 エコロジーな素晴らしい連盟であるが、移動時危険を
 伴うことから危険視される向きもある。
 基本的に会員は1名のままで終わっており、またその
 1名も車メインになったことで連盟は崩壊の危機。
 ◎用例「いい体をしてますね。―に入りませんか?」

不運な発祥とはいえ、折角生み出された言葉達である。
生涯に一度くらい全然関係ない人にも使って頂きたいところだ。如何?

2004.01.13

長文文化・短文文化

文章を長いこと書いていなかった。
ココログを始めてから久しぶりに書いている気がする。
仕事関係で書くものって文章というより定型だったりデータ考察だったりでいわゆる文章とは使う脳が違うのか、あまり書いてるという感じはしない。

昔パソ通時代のニフティの会議室に参加していた頃や大学時代にMLに参加していた時は結構あれこれ書いていた覚えがある。(あえて内容は思い出さない) 中でもニフティ会議室とかは結構長文文化というか、単なる1コメント以上のボリュームのものが多かった。

その後の掲示板文化の興隆のせいか短いコメントが多くなっていってる気がするが、これは良し悪しではなく形態の違いだろう。個体で完成するか、小さな物を積み重ねていくかの違いのように思える。数百もの発言が連なって初めて一つの意味を成す複合体とする見方も出来る。短い中に最小限要素だけを詰め込む、その中で笑いを取る、というのも結構大変なものだ。

精髄反射的に短文を吐き出すことと、長文を垂れ流すようにまとめないまま書くことにあまり差はないかもしれない。
逆に練りに練った短文を生み出す苦しみと構成に凝った長文をばっちりキめるまでの苦しみに違いはないのかもしれない。手の疲れは違うかもしれないが。
どちらがいい、と決め付けることは出来ないのだ。

そう、短くても長くてもいーじゃん。
短くても満足させられるし、長くても上手ければ飽きられない。そもそも日本人の平均長は…って何か別の話になってる??

今のココログに書いてるのはそこまで短くも長くもないようなものばかりかな。そもそも長短の基準も人それぞれだし。今はこれくらいの文量が手軽かつ脳内思考を書き留めるような楽しみがあっていい。これこそ垂れ流しだったりして。
経験的にあと10回も書けば個人的に書くのに満足して、ついでに書くネタも尽きてぱったり沈黙が訪れたりするのだろう。
日記の末路とは放置プレイか。とまた方向がずれてしまいそうなので終わり。

2004.01.11

標準語キャッシュ理論

俺は普段九州生まれの九州育ちの割にはほとんど方言が出ないらしい。自分で意識してるわけじゃないのだが、確かに方言を出そうとしてもわざとらしくなってしまう。別地域の知人との会話でありがちな「ほにゃららって九州弁でどう言うの?」みたいな話になると詰まってしまう。ありがちな「実家に戻ったら方言が戻った」いうのも少ない。
…俺は方言を忘れかけているのだろうか。

それと合わせて同居人に指摘されて初めて気づかされたのだが、例外的に方言ばりばりになるケースが一つだけあるらしい。それは「犬を叱っているとき」だそうだ。
叱ってる時に指摘され…確かにそうなっている。

これは何故だろう。折角なので(?)推測を立ててみた。

・普段の会話にありそうなフレーズはTV等の影響
 もあり、反復練習(?)により基本的に標準語が
 優先的に選択されるようになってしまった。
・普段あまり使わない語気の荒い言葉等は優先
 ストックに標準語として入っていない
・結果として、語気の荒い言葉は昔の記憶まで検索
 が行われ、幼少時に聞いた方言が引き出される

ということではないだろうか。

つまり幼少時の引き出しにくいメモリに方言が格納されており、引き出しやすいキャッシュメモリみたいなところに後からストックされた標準語が載る。キャッシュでヒットしないものだけ方言入りメモリから引き出されてくる、ということだ。
これを「標準語キャッシュ理論」という(嘘)。

幸か不幸か犬を叱る機会には事欠かないため、方言メモリはまだまだ活躍しそうな勢いである。

2004.01.08

コーヒーと作法

我が家ではほぼ毎日コーヒーを飲む。
本当はエスプレッソメーカーを導入したいのだが、高いのでいつか買おうと思いながら踏み切れてない。

今使ってるのは簡易エスプレッソメーカーというかポット状のを直火にかけるやつだ。
何気圧で抽出等いろいろ高機能な本格的エスプレッソメーカーに比べたらオモチャみたいなものだがそこそこイケる。(気分的なものかもしれないけど)
飲む直前に豆をミル(これも安い手動のもの)で挽くので味の違いはどちらかというとそちらの影響の方が大きいのかもしれない。
これにさらにエアロラッテもどき(ミルク泡立て器)で作ったミルクフォームをのせると、「それっぽい」自宅カフェの出来上がりだ。
それぞれの器機が2千円前後のお手軽セット。

そしてほぼ毎日作っていると手順が固定化してくる。

ミルでごりごりと挽き、ポッドへ。軽くタップしてまずちょっと強めの火にかける。その間にカップに牛乳を注ぎレンジでちょい弱めで温める。しばらく間を置いてメーカーの火を弱火にし、温まった牛乳をエアロラッテもどきで泡立てる。ちょうど抽出が終わってる頃なので火を消し、カップへ注ぐ。更にミルクフォームをかるく回すように揺らしながらのせていく…。

まぁ、当たり前の手順ではあるのだが、アクションを起こすタイミングまで決まってしまった。まるで何かの作法に従っているようだ。というか作法自体そうして出来てきたものか。

これはこれで無駄がないのだけど、変化もない。
ああ、やっぱりエスプレッソメーカー欲しいなぁ。

2004.01.06

予言の自己成就

ちょっと前に佐賀銀行倒産デマ騒動が起きた。
「倒産するらしい」という噂が広まり、解約希望者が列をなしたという話だ。今はデマ元の捜査中らしい。
ペイオフ導入後も1000万?までは保証されるはずなので列を作った人たちは1行にドカンドカン預金を作ってた人たちなのであろうか…。
今は電子メールの普及でデマもウイルス並の速度で、かつ地域を選ばず広まっていくので大変だなぁ。

それはともかく、この騒動で昔、社会学で話を聞いた「予言の自己成就」というのを思い出した。
これはその名の通り、予言することでその予言が本当になることをいう。予言しなければそうならなかったはずのことが、「予言する」ということによって、実現してしまうことだ。予言するのが影響力のある人であれば自己成就する率も高くなるだろう。

「囚人のジレンマ」ってのもあったな。社会学というよりはゲーム理論なんだろうけど、これはある二人の囚人が連絡取れないように別々に取り調べを受け、次のような条件を出されたら?という話だったと思う。

・二人とも容疑を認めなければともに懲役1年
・一人が相手の犯行を証言し、一人が否認であれば
 証言した方は無罪。否認していた方は懲役5年
・二人とも犯行を証言したらともに懲役3年

二人にとって一番いいのはともに容疑を認めずに1年というケースである。なのに「考えの読めない相手」が絡んできたことで判断は乱れ、二人とも相方の犯行を証言してしまい、3年をくらってしまう、という話だった(はず。年数は適当)。二人という単位での最良の答えと一人だけで相手がどう出るかわからない状態になった場合の最良(と本人が考える)答えは異なる。

この2つの事象はともに人が不安や疑いから来る圧力を受けてデータによる定量的な判断とは別の判断を下すことが多いのだとわかる。そのへんが社会学なのだろうし、人の人らしい、面白いところだろう。

んでこういう知識って、どこかに活かそうと思っても普段意識してないし、似た事象が起きて初めて「ああ、これはまさに」と思い出すだけなんだよねぇ。

最後に一つ予言しておこう。
「今年の早いうちにうちの犬達は無駄吠え、トイレ失敗しなくなる」
(それは予言じゃなくて願望じゃ…)

2004.01.05

マンガと歌と淡い時空

最近、うちの同居人が逢坂みえこの「永遠の野原」を引っ張りだして読み始めた。「懐かしいなぁ」と思いながらつられて最初の数巻を読み出すと止まらなくなってくる。
犬を飼っている現在では犬関連のエピソードもより身近な感触を持って再読が出来る。

読んでいるうちに
「ああ、初めてこれを読んでいた頃はどんな生活をしていて何を思いながら読んだっけ」
等と考えてしまうのも再読の楽しみだろう。
せつなくさせる話。シーン。それらは読んだ頃もその後の体験も含めたいろんな思いを引っ張り出し、当時とはまた違った角度から光照らされる。

そんな中、しばらくして思ったのがコレだ。
「内田善美の『草迷宮・草空間』また読みたいなぁ」

『草迷宮・草空間』は草少年が「ねこ」を拾う話である。
(ってこれだけじゃ何がなんだかわからんと思うけど)
俺的ベスト3にも入るくらいの大好きな本だ。

本筋とは違うのだが、個人的に印象に残っている台詞がある。主人公「草」が子供の頃、そんなに親しいわけでもなかった友人の死を思い出し、考えに浸る場面がある。それを
「こんな薄いおもいでさえ俺の中に淡い時空を作り出す」
と語る。(今手元にないのでかなり間違ってるかも)
これを最初に読んだときに何故だかこみあげてくるものがあった。これに似た「感触」を多くの人が体験することがあると思う。だが俺はそれを言葉で表現は出来なかった。その言葉がまさにコレだと思ったのだ。

似た感触を歌の中で思い出したことがある。

ぼくらが生まれて消えるあいだ
     どれだけ人を救えるだろう

  (スガシカオ「ふたりのかげ」より)

ここだけ引用してもニュアンスが出ないので是非曲を聴いて欲しいのだが、普段沢山の「仕方がないこと」「どうしようもないこと」に囲まれて生きている中で、ちょっとした瞬間、もの凄くピュアな思いが浮かぶことがないだろうか。そして大概はすぐ消えてしまう。
だが、その瞬間だけは正論だとか、いい格好しぃとか偽善とかから離れたところでふわりと浮かび、消える。そんな一瞬の淡い時空。

年明け一発目だし、たまにはちょっとスイッチ入ったような日記もいいか。

さて、今日はまず「永遠の野原」の続きをいこうか、それとも「草迷宮・草空間」を探しだすかな。

2003.12.30

そろそろ帰省準備

今日(もう昨日か)は遅~いクリスマスということで外で少しだけ贅沢な食事。何かのイベントがあると食べに行っているお気に入りのフレンチのお店だ。今回もむちゃ旨かった。またコツコツ節約して食べにいかねば!

さて、気がつけば今年ももう残りわずか。
今日明日で大掃除に買出し、そして帰省と忙しくなりそうな感じ。
ココログもしばらくお休みかな。再開は年明けのいつになる事やら。

2003.12.23

空耳アワーマジボケ版

ししうまさんのココログを見ていてふと思い出したのだが私も聞き間違いが多い。
音楽関連は特にむかーし(まだCD普及してない頃…ってこれだけで年代限定か)姉からテープに落としてもらって聴いていたので、手元に歌詞カードもなく、でも間奏中の効果音まで覚えてるくらい聴きこんでいるというものが多い。
馴染んでいるものだからわざわざ歌詞を考えなおさないというのもあって、つい最近まで間違えたままだったりする。

いつだったか判明したのがユーミンの曲で
「この頃沈んで見えるけれど」を
「この頃シーズンでみえるけれど」と、多客期のシーズンだから来るんだと思っていたり(「守ってあげたい」より)、
「不安な明日を」って歌詞を
「ごらんナースを」と、キツい環境で頑張る看護婦さんを見習えってことかと思ってたり(「街角のペシミスト」より)。

いや、例えば自分の覚えてる歌詞をノートなりに書き出してみればその違和感に気づくとは思うんだよね。
子供の頃に聴き馴染んでいるからこそ意味を追い求めたりしないのがワナだわな。

2003.12.19

怪しい尻が万と書いて…

コンピュータ歴が長いせいなのかわからないが専門的なアプリは無理としても大体のアプリなら作りがおぼろげながら想像がつく。そのおかげかマニュアルを見ずとも大体の設定や操作方法がわかるという方は私に限らず多いと思う。

普段Windowsを使っているのだが、同居しているMacユーザな人がアプリ操作に悩んでるときに「こうしてみれば?」というと、結構当たってることが多い。
そんな時に不用意にいってしまったひと言、
「俺はかいけつマンだからね。解決マンじゃないよ、怪しい尻がよろずあると書いて怪尻万だ」

その場限りの軽い発言のはずだったのだが気に入られたようで、すっかり定着してしまった。
その後、何か問題を解決するたびに俺は一家に一人の「怪尻万」と化す。わざわざ名乗り上げたりはしないが毎回同居人から「さすが怪尻万!」と、漢字にルビつきで言われてる気がする。尊敬されているのか解決される度に笑われているのか…。
ま、それはそれでネタ的には美味しいか。今回は不用意な発言には気を付けよう、という非常に含蓄のある話となったな。うんうん。

mits*depotなんてタイトルのblogにいきなりこんな話ってのもどうかと思うが、
「タイトルなんて飾りですよ。偉い人にはそれがわからんのです」
という定型句を持って話を締めよう。